虜同士
────パシャリ。音が聴こえて、意識が浮かぶ。
まどろみを振り切れぬ内、最初に覚えたのは身体の冷たさ。次に身体の温かさ。そして節々に感じる筋肉痛のような鈍く染み渡る疼痛が少々。
ゆっくりと、目蓋を持ち上げれば……。
「…………………………なにしてんすか斎さん」
「こっちの台詞ですよ? 騎士様」
目に映ったのは、微笑と共にカメラを構える浴衣美人が一人。
ぼんやりと返された言葉を受け止め、読み解き────壁を背に布団も被らず寝こけていたというのに、身体が冷え切らなかった温もりを見て溜息を一つ。
「…………マジ申し訳ない。不覚です」
「まあ、私は別に全然構わないのですが」
「そこは構ったほうがいいと思います……っと、と」
お喋りを続けるまま、どちらからともなく落ちてしまったらしい。いまだ膝の上、俺の胸に頭を預けて寝息を立てる少女が身動ぎしたのをそっと支える。
起きる気配は……ない。
「ふふ……────お昼寝ならともかく、こうぐっすりだと絶対に朝まで起きませんよ。お姉ちゃん兼メイドのお墨付きです」
「はぁ……」
「ちなみに、強引に起こすとぽやぽやふにゃふにゃで大層お可愛らしい様子が見られます。……という訳で、いかがしましょうか?」
「いかがもしませんよ。寝かせといてあげなさい」
斎さんに釣られて普通のボリュームで喋ってしまっているが、腕の中の相棒はピクリとも反応しない。お墨付きとやらは伊達ではないようだ。
ともあれ、
「あら、そのままでもいいですのに」
「いや、よかないでしょうに。身体痛めますってば」
起きないのであればと遠慮なく抱え上げ直し、真にスヤスヤしているソラさんをフカフカ布団へ至極丁寧にレッツランディング。
…………敷布団と掛布団の間に上手いこと収めるため割と容赦なしコロコロ転がしたのだが、寝息に一切の乱れがない。〝絶対〟は本当に絶対である模様。
寝る子は育つ、いいことだろう。
「……昔から変わらず、だそうですよ。五歳の頃、盛大にベッドから転げ落ちても起きなかったなんて伝説を旦那様から聞かされました」
「えぇ……」
「つまるところ、そらは寝相が……ふふ、それはもう奔放だったと。そちらについては流石に多少は落ち着いていますが、今でも淑女らしいとは言えな────」
「なにサラッと乙女のトップシークレット案件をバラしてんすか。聞かなかったことにするんでマジやめてあげてくださいフリじゃないかんなメイドこら」
と、いつもの如く形容し難い距離感の会話を挟みつつ。
「…………斎さんは、昔から一緒だった訳じゃないんですね」
「あら、珍しい」
不意に気まぐれめいて興味を向けてみれば、ふふりと茶化されて終わり──
「────三年……いえ、そろそろ四年になりますか。ちょうど仮想世界への扉が現実に開かれた頃でしたね、この子が私の〝主〟になったのは」
──かと思いきや。寝かせたソラの脇に腰を下ろし、優しく少女の髪を梳きながら、彼女は穏やかな声音で言葉を綴り始めた。
「初めに彼……千歳和晴さんから突然に話を持ち掛けられた時は、一体なにを言っているのかと呆れるまま不審者として通報しようかと思ったりもしましたが」
「へ? 和さん……ぁ、徹吾氏の代理で?」
「というより、彼が私を旦那様へ推薦したんですよ────【千歳】は代々より〝仕え人〟の家系らしく、旦那様は初め彼の父親へ相談を持ち掛けたそうです」
「は、はぁ……」
なんだか長くなりそうな話が始まったが……いや、いいか。
ここは他でもない旅先。ゆったりのんびり知人に対する無知を埋めることほど、有意義な時間の使い方はないだろうから。
「それで、元を正せば私も立派な『お嬢様』だったのですが」
「サラッとデカい情報ぶち込みましたね」
「となれば、お抱えの使用人なども当然おりまして……そこで、夏目と千歳も繋がっていたんです。そして当時、誰より優秀な〝仕え人〟を欲した四谷当主……四谷徹吾様の申し入れを受けた千歳の家は、広大な人脈を辿った末に私を見付けました」
「…………」
「勿論、とんでもないことですよ。貴族なんて大層なものではありませんが、それでも大家の令嬢を仕える側として寄越せなどと。父と母は当時、それはもう怒り心頭……────なんてことは特になかった訳ですが」
「なかったんかい」
全くもって、どういう心持ちで聞いていればいいのやら。相も変わらず、ある意味で恐ろしいほど話し上手なメイド様(元令嬢)である。
「そもそも私が、幼い頃から親の言うことを聞かない困り者でしたからね。一存で海外へ留学してしまった辺りで、いろいろと諦められてしまいました」
「いちぞ……え? は、え…………んん???」
「確か、十歳少々の頃でしたでしょうか。ありとあらゆる手を用いて不可能を実現させてみようと頑張った結果なのですが……ふふ、中々に愉快な経験でしたね」
「なにこの人こわ……」
言っている言葉の意味が隅々までサッパリわからない。
つまり彼女の両親同様、俺も理解など早々に諦めた方が良いのだろう。
「ともあれ、そういう訳で。とびきり優秀な変わり者を御所望ならばと、父が私を紹介したそうです。スカウトも説得も全部勝手にやってくれといった風に」
「親子仲、大丈夫です?」
「縁は切られていませんよ。稀に顔を見せれば、父も母も喜んでくれますし」
「稀なんだ…………特殊な家庭、ということで納得しときます」
十人十色、千差万別。世の中いろんな家族が在るはずだ。本人が問題なしと言って楽しげに語っている以上、アレコレ考えるのも余計なお世話だろう。
「そして……────面倒なので、もうガッツリ端折ってしまいますが」
「面倒なので???」
「そらに会わされて、まんまと一目惚れです。この子を支え助けるために人生を使っても良い、そう思わされてしまいました。……少なくとも、私の目には」
俺の茶々を、いつもの如く無いもののように受け流して。
「この子が、世界のなによりも眩しく、輝かしく……──そして、儚く見えた」
言葉通り、なによりも大切なモノを慈しむように、瞳と心を尽くしながら。
「私が、この子を守ってあげないといけない。一目で、そう思わされてしまったんです────その役目を、やり遂げる自信もありましたので」
楽しそうに笑んで、過去から紡いだ今を尊むように彼女は言う。
「なにせ私は……不可能を可能にできる優秀な変わり者、でしたから」
「…………」
想いを感じて言葉を噤む俺へ、真に大人びた瞳が向けられる。大袈裟な話だと、笑ってくれて構わないと促すように……なればこそ、
「笑えませんってば」
そうとも、誰が彼女を笑えようか。
「斎さんが現実世界での『虜一号』なら、俺が仮想世界での『虜一号』ですよ」
共に一目で心を奪われた者同士。
俺だけは、彼女の『大袈裟な話』に心底わかるぜと首を縦へ振れるのだから。そう言えば、斎さんは珍しい顔……不思議なものを見るような目で、俺を見た。
今更である。
俺は俺のことを、根本のメンタル感や考え方的には一般人と変わりないと思っているが────その一方で、心底おかしな変わり者であるとも自覚している。
「……………………そう、ですか。……────希さん」
「はい。……え、はい? のぞ、なんで急に」
「同じ立場であると仄めかして同調を演じるのは、女性へ近付くための常套手段だと思われますが……もしかして私は今、口説かれていたりするのでしょうか?」
「寝言は寝てから言ってください。そろそろ失礼しますよ」
もっとも、この人を相手に友人を気取るなど今の俺には難易度が高過ぎる。ゆえにまだ暫くの間、巧みな揶揄いには逃げの一手を打たせてもらうとしよう。
「おやすみなさい。斎さん」
「ふふ……────はい。おやすみなさい、春日さん」
そうして立ち去る際にも、やはり。
どこまでも穏やかな微笑を見て、随分と遠い未来まで〝暫く〟が続くのだろうなと……そう確信しながらも、どうしたことか。
全くもって、悪い気はしなかった。
それではこれより迫真のメイド√へ突入することを宣言いたします。
2025/04/01 11:50
嘘に決まってるでしょ。
2025/04/01 23:59