良い子は寝る時間
『────────《千遍万禍》ッ!!!』
「────ほえー……んじゃ、つまりこれでまだ発展途上ってこと?」
「…………これで?」
「アホだな」
「凄いね……」
「まあ、うん。発展途上というか『Ver.1』もとい『Ver.0』というか」
夕餉を終えども宴は終わらず。
卓上を贅沢三昧な料理から持ち寄りのツマミへと変えつつ、飽きることもなく俺の解説やソラの感想を求めながらの鑑賞会が続くこと暫し。
「結局のとこ、制御もなにもなく単純ぶっぱしたのがアレな訳で────っと?」
軽々に日を跨ぐ頃合い、身体の片側に降ってきた重みに目を向ければ……。
「あらー」
「……ふふ」
「かわ……」
ここまでも猫かわいがりしていた大学女子三名より生暖かい視線を頂戴しているのは、眠気が限界に達したのかパタリと力尽きてしまった少女が一人。
知ってた。普段から深夜帯とは縁遠い良い子なソラさんであるからして、自宅での稀な夜更かしならばともかく旅で体力を消耗したとなれば致し方なし。
暫く前から舟を漕いでいたのにも気付いてはいたが、本人がまだ此処にいたそうにもしていたので斎さん共々そっとしておいただけ。
「付き合わせすぎちまったかー……」
「ま、楽しそうだったし。気にしないでいい」
ほんのり申し訳なさげな俊樹へ言葉を返しつつ、肩からずり落ちていく身体を緊急確保。仮想世界で触れ合いには慣れているといえど、やはりというか現実世界だと感じる体温その他に言い知れぬ遠慮を覚えてしまう。
が、顔に出したら弄られ必至。
ゆえに迫真のポーカーフェイスを演じながら……傍でニコニコと笑顔を向けてきているメイドに何かを言われるまでもなく、ミッションへ臨むものとする。
然して、当然のこと慣れた手際で相棒を抱き上げた俺を見やり、満足気に頷いた斎さんが続いて立ち上がり友人連中へ会釈を一つ。
「では、お先に休ませていただきますね。おやすみなさい」
「「「「おやすみなさーい」」」」
抱き上げられてなお目を開ける様子のない少女を気遣っての、囁くような休みの挨拶。気のいい若者たちへ好ましげな表情を絶やさず、浴衣姿も堂に入ったメイドはこちらを促しつつ部屋を後にして……────
「ごゆっくりぃ」
「また明日」
「希君も、おやすみなさい」
「俺は一人部屋でも構わんぞー」
「こいつら……」
結局は友人たちからの弄りを頂戴して、俺は溜息交じりに斎さんを追い掛けた。
◇◆◇◆◇
「────ちょっと待てメイドこら」
そして十数秒後、お隣の夏目姉妹部屋前。そこには真にいつも通り悪戯っぽく微笑む自由人と、いつも通り振り回される犠牲者の姿が在った。
さて、なにが起きているかと言えば……。
「ご安心を。心配なされずとも、こう見えて私とっても強いので」
「そういう心配してんじゃないんですよ。いや深夜に女性の一人歩きも感心しませんけども、それよりなにより大問題があるんですよ」
「あら、悲しいですね。春日さんはメイドのことなど心配していないと」
「してほしいんだかいらないんだかハッキリしてくださいよ。じゃなくてぇッ」
「大丈夫ですよ。ほんの二時間ばかりで戻りますので」
「なにも大丈夫じゃないのを理解した上で言っ────あ、ちょ、こらッ……!」
そして、颯爽と去って行く浴衣メイド。向かう先は当然ながら部屋の中などではなく、目的地は通路の先の先の先にある旅館外にて夜の街だ。
つまり、そういうこと。
「わかった。あの人アホなんだ」
ソラを抱えたままでは軽快な小走りに追い付くことなどできるはずもなく、呆然と見送るしかなかった俺はやはり呆然と真理を呟くのみ。
腕の中を見る。可憐な少女はスヤスヤスヤリ。
「……………………………………………………っ……はぁあぁぁああぁ……」
いつまでもこうしていても埒は明かず、選択肢は一つのみ。そう自分へ言い聞かせつつ、物言わぬパートナーを連れて姉妹部屋へとお邪魔した。
当たり前だが部屋の造りは男部屋と全く同じ。けれども雰囲気が全く異なっている理由は、隅に置かれている荷物の違いと布団が敷かれているか否か。
流石は高級旅館、シーツの端までピッシリ綺麗な見事極まる職人技だこって。
……………………………………………………さて。
「ソラさん、狸寝入り上手だね」
「────っ……」
なんの疑いもなく話しかけられて仰天したのだろう、空色の瞳がパチッと開く。真っ直ぐ向けていた俺の視線と交わり、少女は何度か瞬きをすると……。
「いや、それは無理がある」
ふいっと顔を背けつつ再び目を閉じて知らんぷりをしようとするが、そうは問屋が卸さない。いや判るよ、これでも人を抱えるのに関しては玄人なもんでね。
意識があるとないとでは、負荷諸々が全くもって違うんだなこれが。
「………………………………」
「ったく、このお嬢様は……」
布団の上は流石に憚られたので、その脇に腰を下ろしつつ。
まさか放り出す訳にも行かず抱えたままの相棒は、変わらず……というか、意固地になって目を瞑ったまま迫真の狸寝入りを続行する構え。
友人四人は騙せただろうが、おそらくというか確実に斎さんは気付いていただろう。つまりそこまで含めて二人とも故意犯だ。
ソラは別に結託しているつもりはなかったろうが、メイドのは間違いなく援護射撃のつもりだろう。全くもって余計なことをしてくれる。
「こら、起きなさい」
「…………」
「起きないと放り出して出てっちゃうぞ。安心しなさい、扉はオートロックだ」
鍵はメイドが持ち去ったが、セキュリティに関しては心配無用────
「………………………………一人に、しちゃうんですか?」
──と、ちゃちな脅し文句で柔らかな意地は呆気なく瓦解。バツが悪そうに、拗ねたように、ゆっくりじっとりと目蓋を持ち上げ、空色の瞳が俺を見る。
「……斎さん、言ってましたよね。ハルが傍にいてくれるなら、諸々大丈夫って」
「そうだね。ただそれは、外出云々に関した話で」
「一人に、しちゃうんですか?」
重ねての言葉。見つめる空色。
抱きかかえられたまま、離れようとせず、彼女は俺の浴衣を摘まんでいる。
────勘弁してほしい。どうにかなってしまいそうだ。
「……こんな策を弄さずとも、言ってくれりゃいいのに」
「…………」
「いつもそうしてるだろ。ソラに限って、わりと俺はイエスマンだぞ」
「……この頃は、私に限っての話じゃない気がしますけど」
「いきなり刺してきたな。あー、えー……いや、それでも、こう…………」
「……わかってます。それでも、私を一番に特別扱いしてくれているのは」
「ご本人から自覚を述べられると恥ずかし」
「ハル」
照れ隠しを交えた会話の果てに、浮かんだ色を見逃さない。
「子供ですね、私」
自嘲とも、自責とも違う。ただただ事実を口にして、変えられない現実を歯がゆく思っている声音────なればこそ、今この時。
俺が言葉にして伝えることは、ただ一つだけ。
「…………言い忘れてた訳じゃなくて、タイミングを窺ってたんだけど」
「はい……?」
空気を読んだ上で。おそらくは、これが最善手だろうと。
「浴衣、ビックリするぐらい似合ってる────綺麗だよ」
「────……」
明かりも付けぬ夜闇の中。窓から差し込む月の光を映して、空色が揺れ煌めく。
きっと、今に限っては『可愛い』よりも嬉しいはずと思い伝えた言葉。それは果たして、予想以上に────白状すれば、期待通りに。
「……っ、……っ」
恥ずかしそうな、この上なく愛らしい表情を引き出すことに成功した。ゆえに胸を叩く、全くもって痛みもなにもない責め手は……。
まあ、駄賃とでも思っておこう。
とってもわるい子だから、おやすみはまだ先。