宴と縁
「────それでは皆さーん! 我らが曲芸師の『トライアングル・デュオ』大暴れ、もとい大活躍の祝賀&慰労その他アレコレ一杯諸々、そんでもって来たる大一番『緑繋』攻略への応援&壮行を兼ねましてぇっ!」
「なんで翔子が仕切ってんだ?」
「テンション的に適役ではある」
「あはは……」
「まあ、うん。毎度毎度お疲れ会だのなんだのと言いつつ、お疲れの人間が何故か仕切り役をやらされてたのが可笑しかった訳でして」
「若々しいですね、皆さん」
「あはは……」
と、そんな感じで日は暮れて夜。
場所は旅館の宴会場……ではなく、元より備えた防音性に加えて両サイドを女性陣の部屋で固めたことでセキュリティを引き上げた男子部屋。
そもそも一部屋一部屋がアホみたいに広いため七人ばかり詰めたところで無問題。料理やら何やらを運んでいただき、即席パーティールームと化した場で、
「はーいゴチャゴチャ言ってないでせぇーの!────かんぱーいっ!!!」
流石は親戚同士のご令嬢とでも言うべきか、見事に一致した楓とソラの『どう反応したものやら』と困ったようなダブル苦笑いは迫真のスルー。
そして主に俊樹のツッコミと、美稀の女子的には誉め言葉にはならないであろう一言と、過去を振り返りつつぼやいた俺の言は快声一蹴。
掲げたグラスには煌めく甘露のジンジャーエール。なにやら今回の旅行に際して普段に増してテンション高めな翔子の元気有り余る音頭取りに……しかし、
「「「「かんぱーいっ!!!」」」」
ゴチャゴチャ言いつつも、乗る時はしっかり乗るのが大学生という生き物だ。
「ぁ、えと…………か、かんぱーい……!」
プラス一名。後に続いた控え目かつ愛らしい少女の声に、各員きっちり和みを得つつ────旅行一日目。長い長い、そりゃもう長い宴の夜が始まった。
若さに燃える生き物の叫びに、どこぞのメイド(浴衣)がノリノリで相乗りしていた件については……ひとまず、見なかったことにしておこう。
『────松風が派流』
さて。古今東西に共通するであろう常として、宴には酒と肴が付き物だ。
『────結式、一刀』
そこんとこ、我らは未成年。
ゆえに『酒』はジュース等々お利口さんなもので代用するとして。もう一つ重要な『肴』に関しては……騒ぎに生きる若者が、料理だけで満足する訳もなく。
『──────さぁ、行くぞ……アイリスッ‼』
「「Fuuuuuuuuuuuuuuuuuッ!」」
「かっこいい」
「何度見ても、褪せないねっ……!」
揃って浴衣に装いを変え、集った七人で囲むのは和室らしからぬ大型モニター。
そこへ〝相手〟を変えつつも絶えず映し出されているのは……見知っているどころでは済まない、泣きたくなるほど元気な馬鹿が一人。
「────……ソラさん」
「な、なんでしょう」
「介錯を、頼む」
「そんなこと言われましても……!」
「では、僭越ながら私が」
「いつ────姉さんも、なに言ってるんですかっ……!」
即ち、怒涛の『【曲芸師】鑑賞会』……それが、友人の集う場にて決行された宴の肴にして人の心を欠いた悪魔の催しであった。
「おーおー……今になって見てもヤッベーなぁ」
「その分だけ、開戦から後の会話が拾われてないのが凄く凄く凄く残念」
「それねーほんとそれねー。ねぇノゾミン、結局この時ってお姫様となに話して」
「黙秘します」
「ちぇー……………………………………………………やっぱ実は口説い────」
「口説いてはいません黙秘しまーす!!!」
ケラケラ笑う翔子へ半眼を向けるも、笑顔が無邪気過ぎて怒る気にもなれない。おのれ欠片も悪意を感じさせず人に赦させる天才め。
「はぁ……結局これじゃ、ちっとも心の休養にはならないっつの」
「そう言う割に、お顔が笑っていらっしゃいますが」
「俺は元からこんな顔です」
「ハルは、その返しでいいんです……?」
左隣へ座っている黒髪ロング鎮圧を早々に諦めぼやきを零せば、すかさず弄りを差し込んできた右隣のそのまた隣へ憮然とした顔で言葉を返す。
俺とメイドの間に挟まった右隣さんからもツッコミが入るが、ささやか過ぎて最早この場では清涼剤に他ならない。やはり持つべきものは相棒────
「はーいちょい失礼、美少女おひとり借りてきますよーっと」
「本人以外のプレイヤー目線で感想を聞いてみたい。おいで」
「わうっ……!? ちょ、あの、え……っ────!?」
なんてことだ。相棒が連れ去られてしまった。俺はもうおしまいだ。
「介錯、しましょうか?」
「いつまで言ってんすか。……ったく。意外というかなんというか」
悪戯っ気を引っ込めようとしないメイドの手にあるのは、学生の輪に準じたジュースが一つ。つまり宴の席とはいえ酔ってはいないはずだが……。
「ソラのことなら、私は別に『過保護』の姿勢で在る訳ではないので」
「…………」
と、俺の思考をバッチリ読み取った斎さんは淑やかに返答一つ。
心を繋ぎ合った者の以心伝心とは全く異なる、一方的な読心術。それがピタリと当てはまっているのだから、やはりこの人はおっかない。
「彼女らが信頼に足るか否かは、会う前から識っています。外出についてもデート前に伝えた通り、貴方が傍にいる限り〝妹〟の安全は保証されていますから」
「…………根拠も知らされず保証って言われても、なにがなんだか」
「根拠ならありますよ。私がそれに納得して、信を置いているという根拠が」
「あー……………………それは確かに、絶対の根拠っすね」
やっぱりこの人怖い────怖いほどに、頼もしい。
あの日あの時。大切なものを手放さないため勢いのまま歩み切ったことで、彼女から多少なり気に入ってもらえて良かったと……心底、そう思う。
「それに、友人の方々に関しても」
〝妹〟へ目を向けた〝姉〟は、遠慮なく距離を詰めようとしている年上連中に戸惑いつつも……時折、確かな笑みを滲ませている姿を優しく眺めながら。
「あの子が世界の誰より信頼している人が、信頼している人たちですもの。怖がることなく関われる者は……とてもとても、貴重な存在ですから」
愛おし気に〝お嬢様〟を見守る彼女の瞳から読み取れるのは、そのもの愛だけ。随分と『俺の信頼』を買ってくれているようで、笑えるくらいの重圧だ。
ならば当然、
「いい奴らなのは、それこそ保証しますけどね。ただちょっと、ノリやらテンションやらが妹様の教育的にどうなのかなって懸念が拭えない点については……」
「そこは勿論、春日さんのフォローに期待しておりますので」
「ですよねー……はいはい。仰せの通りにしますよ、っと」
彼女が俺へ向けてくれる信頼と好意に、全力を以って応えるのみ。
重たい腰を、重たいような気がするだけの腰を、よっこらせと持ち上げて。向かう先には、困ったように……けれども、間違いなく。
淑やかに、楽しそうに、笑っている少女がいた。
以上、保護者の会は偽装婚約者と自称メイドでお送りいたしました。