歩く要隔離空間
斯くして荷解きもそこそこに、時刻は昼時ちょい越え午後一時。
「お、女子連中が昼飯がてら出歩くってよ。護衛兼荷物持ちの召喚要請だわ」
然らば『どうせなら旅先で』と揃って昼食を抜いていたため、次なる予定は当然のこと一択。連絡を受けた俊樹に声を掛けられずとも、元よりそのつもりと──
「んじゃ、馳せ参じますか」
「んじゃ、また後でな」
「は?」
「あ?」
「え?」
「ん?」
財布とスマホを散歩用のレッグポーチへ突っ込み、いざ参ろうかと応を返せば友から向けられるのは『なに言ってんだコイツ』と言わんばかりの顔。
なにそのナチュラル仲間外れムーブ……などと、怒涛のイベント続きで鍛え上げられ苦労を重ねる思考回路が鈍々しく一々すっとぼけることもなく。
「…………あのな、そんなわっかりやすく気を遣う必要は」
「っはん。ところがどっこい、気を遣わないために気を遣ってんだなぁ」
とりあえず、軽々に、俺とソラに時間を作ろうとしているのだろう。
ゆえに「そんなもの逆に諸々やりづらいだけだ」と苦言を申し立てようとすれば、俊樹は若干腹立つ得意顔で首を横に振って見せた。
「チームとして、流石に後半はマジでゆっくりさせてやろうって話してっけどな。今日明日の前半くらいは、ダチとして付き合わせるつもりな訳だからよ」
「はぁ……」
「はぁじゃねんだわ色男め。初見の俺らですら気付けんだから、お前が気付いてない訳ねえだろよ。……察するに、我慢してアレなんだろ?」
「……あー、っと」
列車の中、当たり前のように隣へ納まった時のピタリとした距離感。次いで、初対面かつ年上の面々に囲まれているというのに安心しきった顔でお昼寝突入。
仕舞いには〝姉〟の悪戯を咎めるでもなく、公衆の面前で躊躇もなく俺の手を取った────そりゃまあ、流石に誰が見ようとってなもんだろう。
「んじゃ、また後で。な」
「おっす……」
御し切れず、今か今かと、甘えたがっているのが丸わかりと。
そうして、激励なのか何なのか肩をポンと叩いて先に部屋を出ていった友人に謎の敗北を喫しつつ。……わざわざ焚き付けられずとも、諸々しっかりやるつもりだったんだぞと誰へともない言い訳や弁解を浮かべながら。
男部屋を後にした俺は、特に躊躇うこともなく、隣部屋の戸を叩いた。
◇◆◇◆◇
────結果として、せっつかれて良かったと感謝すべきなのだろう。
なぜかと言えば、その理由は明々白々。
「……そんな捕まえておかなくても、俺の腕は足生やして逃げ出したりしないぞ」
「なに言ってるんですか?」
「なに言ってんだろうね……」
俺の左腕をしかと両手で確保したソラさんが、デートに誘った瞬間から一時も絶やさぬニッコニコ笑顔の上機嫌でいらっしゃるからに他ならない。
なお俺たちを送り出す際のメイドの顔もニッコニコだったが、それはまあ至極どうでもいいので忘却の彼方へ蹴っ飛ばしておくものとする。
さておき旅先ゆえに、道行く人々は二度顔を合わせる可能性も万に一つの他他他人。加えて例の〝眼鏡〟が謎パワーを発揮しているので、俺の顔は俺が許した相手以外に正しく認識されないという絶対的なセキュリティが発動中。
ソラも仮想世界のアバターとは瞳や髪の色合い主として見た目のイメージが違い過ぎるため、いくら顔の形が同一といえど並べて比べでもしなければ判別は困難。
即ち、普段よりも人目が気にならない旅行マジックが働いている。
そのはず、なのだが……。
「…………帽子、しっかり被っときなさいね」
「はーい」
流石に、あまりにも、多過ぎる。
なにがってそんなもの────誰もが振り返る天使のような美少女が、包み隠さぬ好意を以てベッタベタに甘えている光景が集める、視線の数に他ならない。
身バレは余程のヘマをしない限り心配いらない……と思っていたのだが、流石に注目され過ぎて避け得ず不安と冷や汗が湧いてきた。
「判断を誤った、かなぁ……」
外へ出掛けるにしても、人混みの中は避けるべきだったか。いや観光地ゆえ、どうせ何処へ行こうが人混みはあるのだろうがそれにしても──……と、
「ふふ……呼び方だけ気を付けておけば、大丈夫だと思いますよ。一応ですが私、学校の親しい人たち相手でも全くバレる気配がないですし」
「驚きなような、そうでもないような……こっちの名義で通してるんだよな?」
「はい。なので、どっちで呼ばれるのも慣れてるんです。……ので」
まあこれでも、なんやかんやあり視線を受け止めるのは慣れ始めている今日この頃。培いつつある技術というかなんというかで精神防御壁を展開しつつ、こっちもこっちで俺より慣れってか経験値があるのだろうソラさん……もとい、
「こっちも〝私〟ですから、遠慮なく呼んでくださいね。────希さん」
「……はいよ。承りました、陽お嬢様」
「いらないのがくっ付いてます。それはこっちでも禁止です」
「やめて抓んないで痛い痛い……!」
「もうっ……なにかと言えばすぐに揶揄うんですから」
「これに関しては別に揶揄ってる訳じゃなく、つい口から出るというかですね」
謎に口へ馴染む不思議な言葉『お嬢様』────あと、それはそれとして。
「さておき違和感がヤバい。背中が痒くなる」
「……お忘れかもしれませんが、元々は〝さん〟付けでしたよ?」
「いや絶対に忘れる訳がないけどもさ。そりゃもう一言一句を覚えてるとも、言葉どころかアレコレ思い切るまでの長い長ーい間とか全部そっくりそのまま」
「ぁ、い、いいです。思い出さなくていいですからっ……」
「『これからは、あの……対等なパートナーに────」
「ッッッ、もうっハ──、もうっ!!!」
「ごめんなさい痛い調子乗りました痛いヤメテごめんなさっ……あー! 腹減ったよなぁ! でもどの店を見てもなにがなんだかわかんないよな困ったなぁ!!!」
「むぅっ……‼︎」
そんな風に、いつもの如くじゃれ合いながら。
旅先にて記念すべき一発目の思い出には、和やかに賑やかに────可愛い相棒とのデートという贅沢が過ぎるイベントが、恙無く刻まれた。
観光温泉街にて無差別テロ発生中。