チェックイン
快適直行の旅列車に揺られること、一時間強。
世界で最も賑やかな人種こと陽キャ寄りオタク四人組は、主たる話の種が立場上のアレコレで公共の場では声高に話しづらいこともありセーフモード。
ソラこと陽お嬢様は〝前回〟をなぞるかの如く。出立より暫し車窓からの景色を楽しんだ後は、いつの間にやらスヤスヤスヤリお昼寝へ突入。
友人たちのニマ顔に耐えながら相棒に肩を貸しつつメイドに目を向ければ、非メイド服の大人一名はハチャメチャに絵になる様子で読書に興じていた。
トータル、思いの外ってか随分と静かな道中であった。
そして────
「────うぉおう、人ぉぃ……」
「ひゃー、観光地ぃ……!」
目的地は箱根の駅前通り。
物知り顔のメイド……もとい斎さんと、旅行経験の多い楓。そして親友に付き添うパターンが多いのか同じく玄人だという美稀を除き、俺を含む残る四人は活気に満ちた人混みを前にして各々で慄いていた。
一晩クオリティで適当にリサーチはしておいたが……無意識に零した独り言へ反応した翔子の言葉通り、流石は観光地といったところ────
「……さて。早速ですが、ひとまず宿へ向かいましょうか」
と、先導するように歩き出したのは唯一の大人にして一応の保護者枠。思えば既にそこそこの付き合いを重ねたにも拘わらず、初めて目撃することと相成った普段着姿が全くもって違和感しかない夏目姉こと斎さん。
ソラと同じく、いまだ車中で簡単な自己紹介を交わしたのみではあるが……。
「「「「はーい」」」」
一応は以前から面識のあった楓はともかく、否が応にも漏れ出す『できる大人』感にて格好良いものには目がない大学生連中は篭絡済み。
諸々の本性を明かす予定があるのか否かは知る由もないが、お嬢様ガチ勢の自由人メイドの評価がここからどう推移するのか、見守らせていただこう。
…………で、なんすかね。
振り返って俺に意味深な微笑を向けて、なにを言おうとしてんすかね。
「春日さん」
「ハイ」
「ご覧の通り、とてもとてもとても人が多いので」
「ハイ」
「可愛い私の〝妹〟が人波に攫われて、はぐれてしまわないよう」
「……は、ハイ」
「十分に気を付けて、よろしくお願いしますね」
にっっっっっこぉ……────
「………………」
「……、…………」
「「「「……………………………………」」」」
えぇい揃いも揃って俺を見守んなヤメロやめろ。見世物じゃねえぞ前を往け友人ども。そんでもって、残る約一名。
「はぁ……ったく────ほら行くぞ。お手をどうぞ妹さま」
「な、投げやり…………えへへ」
そんなジッッッッッと熱心に見つめなくても、しっかり務めは果たすから。
はいそこ四條ご令嬢、愉快に悶えてないで歩きたまえ。置いてくぞ。
◇◆◇◆◇
斯くして人混みの中を往き、留守番組の姫君が確保してくれた『宿』へ辿り着いたのは午後一時手前のこと。遠目の時点で外観からアレな予感はしていたが……。
「────春日様。ようこそ、お越しくださいました」
「どうも、お世話になります……」
入り口を潜った俺たちを歓迎してくれたのは、当然のこと外観に劣らぬ雰囲気満載の内装及び暴力的なまでの貫禄を纏った年配お二人。
装いや雰囲気からして、おそらくはご主人&女将さんの親方コンビ。
でもって、一見の大学生グループを一目見てお偉いさんと理解できる方々が揃って恭しく出迎えた辺り……いや、わからない。まだそういうアレと決まっ──
「『お姫様』からお話は伺っております。諸々の配慮はお任せいただき、どうぞ心ゆくまでお寛ぎくださいますように……」
……と、やはりというか、そういう感じらしい。
観光地で急な話に対応してくれた御宿ってな訳で大体の察しは付いていたが、アーシェ或いはホワイト家云々と繋がりがあるところなのだろう。
つまるところ、ランクはあまり考えない方がいいということだ。ってな訳で、
「……っし────それでは、三泊お世話になります。チェックイン……えーと、受付はどちらでお願いすれば、よろしいです?」
「こちらにお名前だけ、お願いいたします。あとは私共が」
手渡された台帳に言われた通り名前を記し、受け付けは終了。
「ありがとうございます。それでは、よろしければ早速お部屋の方へ……」
「はい、よろしくお願いします。っぁ、荷物、大丈夫ですよ。お気になさらず」
「かしこまりました。では、こちらへ」
高級旅館における客としての立ち振る舞いなんざ知る訳がない。ゆえにテンプレ好青年めいたノリでいかせてもらったが、女将さんの反応は上々だ。
そうして、また一つ礼をして案内を始めた彼女へ追従する俺の後ろ。
「────度胸あるわぁ……」
「────やっぱコイツ根本が……」
「────コミュ力おばけ」
「────慣れてなくとも何とでもできる感……」
喧しいぞ友人ども。粛々とついてきたまえよ。
◇◆◇◆◇
アーシェが確保していたのは迫真のキッチリ三部屋。よくまあ通ったものだと呆れ半分、感心半分だったが、女将さんが言うには元よりそういうものらしい。
要するに、VIPの急な要望に対応するため用意しておく枠だという。
いまだそういうのは別世界の話感が強過ぎてついていけないが、享受すると開き直ったからにはゴチャゴチャ考えずに甘えさせていただくとしよう。
で、
「oh……これはまた」
「一介の大学生が泊まっていいクオリティじゃねぇな……」
案内された先。「春日さんはこちらでも構いませんよ?」などと沸いたことを宣いソラとの二人部屋へ誘う自由人をスルーして、入室した男部屋。
ドアを開け、ふすまを開けば現れた広々快適……どころではない空間に慄くは、実際の立場はどうあれメンタル的には真実『一介の大学生』に過ぎない男二名。
呆ける俊樹が零した通り、寝ようと思えば布団がなくとも寝られる無敵の男子学生には勿体ない部屋だ。絶対に費用諸々を想像してはならないだろう。
「希ぃ……いや、希さん」
「どうした友よ。次その感じで〝さん〟付けしたら部屋風呂に叩き落とすぞ」
「ごめんて。いや、あれだ、純粋に感謝というかなんというかをだな」
「それは無茶苦茶を通した『お姫様』に言ってくれ」
「言えるもんなら言うけどよぉ…………マジ、人生ってわかんねぇなぁ……」
まるでこの場でのソレが自分だけのように言っているが、忘れることなかれ。
「ほんと、それな」
俺もまだまだ、そっち側なんだぜ我が友よ。
わたしもりょこういきたい。