出立
────旅行と言えば列車。
誰からともなく挙がった提案が約一名を除いた全員より特に迷いもなく可決され、お姫様プロデュースの突発旅行は行きも帰りも旅列車と相成った。
なお出発日は話が降って湧いた翌日に設定。そして当然の如く移動のための『席』も旅先で身を置くための『宿』も、なんの問題もなく確保遂行。
即ち全部お姫様が一晩でやってくれましたってな訳だが、果てしない幸運に見舞われたのか或いはアレやコレやと力を行使したのか……うん、まあ、謎。
謎、それか前者ということにしておこう。心の安寧のためにもそれがいい。
ともあれ、あれよあれよと特別扱いを享受させられてしまうのは今更のこと。慣れることはないが、一々ツッコミを入れていても最早キリがない。
然して、ホワイト家ご令嬢の無茶苦茶っぷりを呑み込んだ俺に命じられ……もとい任されたタスクは一つ。周囲へ休養を報せること及び一部に対する許可取り。
即ち、アーシェを除いたお二人さんへの伺い立てだ。
結果として、一瞬なりゴネたのは片方だけ。
【曲芸師】の専属チームとはいえ、流石にほぼほぼ一般大学生の友人グループへ混じることは遠慮した……というか、そもそも『緑繋』攻略を目前に予定が詰まっているのだろう同行を辞退したアーシェ同様。
ノータイムで『お留守番』を選んだリリアニア・ヴルーベリ嬢が薄っすらほんのりそこはかとなく置いてけぼりに拗ねてみせたが、スキンシップ許容期間を来月頭の一週間まで延長する埋め合わせを提案すると一秒フラットで笑顔になった。
いろいろな意味で掌の上が過ぎる己が流されっぷりに泣けてくるが、それこそもう今更のこと。思いの外アッサリ納得してくれて有難いと思うべきだろう。
…………で、だ。
ゴネた方は然したる問題ではなく、問題ってか大問題ってか「え? マジで言ってる?」と俺から真顔と間抜け声を引き出したゴネなかった方。
「────初めまして。〝夏目陽〟と申します」
企画が立ち上がった昨日の今日。昼前十一時発の旅先直行列車へ乗り込んだ俺たち大学生グループの輪に交じる、聞き慣れない名の誰かさん。
風もないのにサラサラと揺れる綺麗な黒髪。パッチリ大きく柔和な光を湛える空色の瞳。楚々としたワンピースをメインとした上品なファッションが演出するは、非一般人の風格を抑えつつも目を惹く絶妙な『お忍び令嬢』感。
勿論、見知らぬ〝陽さん〟とやらではなく────偽名ではない二つ目の名前を用いるのは……他でもない〝四谷そら〟こと、大事な俺の相棒殿。
少女はチラリと、隣に座る俺の顔を窺った後。
「いつも私のパートナーが、お世話になっております」
「……否定はしない、けどもさぁ」
律儀か、あるいはイタズラか。
容姿、声音、雰囲気、立ち振る舞い。彼女を構成する全ての要素でもって、数分前の出会いより俺の友人たちを圧倒────というよりも、
「おぉう……ぅおぅ…………」
「かっっっっっっっっっっわ」
「……これは、天性の、美少女」
「お嬢様だ……」
エンカウントから物の数分で骨抜きにしながら、ニコニコ笑顔でいらっしゃる。
言語を失した俊樹や普段のノリ通りな翔子は置いといて、ややバグり気味の美稀さんと全バグり気味の楓さんは大丈夫だろうか。
特に後者。君も立派な『お嬢様』だということを忘れていやしないかね。
「ふふ」
てかソラさんよ。前々から思っちゃいたが、この子アレだな、現実だとつよい。
秘めながらも失われることはない四谷令嬢という肩書きがそうさせるのか、はたまた俺と同じく仮想世界にいる間とは大なり小なり異なるメンタル感なのか。
正真正銘の初対面かつ大して心の準備をする時間もなかっただろうに、顔を合わせた四人に対する姿は堂々したものである────
「どうかしましたか?」
二列八席貸し切り。前方四席を反転させたボックス内にて計七人、内の過半数の胸を小首を傾げるアクションで軽率に撃ち抜きながら。
諸々の経緯を経て呆れやら驚きやらに足を取られ、当事者ながら一切ついていけてない俺のボケーッとした視線に純粋無垢な空色が応える。
昨日、連絡するや否や『私も行きます』と問答無用で同行を決めた少女は……わざわざ窺うまでもなく、それはもう上機嫌なようで。
「ソ──……ひなたさん。あなた学校は」
「昨日も言いましたけど、私の学校では急な旅行くらい普通のことなので」
「相変わらずの異世界でいらっしゃるな……勉強、大丈夫?」
「前回のテスト、学年総合六位でした」
「わぁ、優秀ぅ」
「えへへ……お勉強、嫌いではないので」
「良い子の擬人化め…………いや、良い子は学校サボって旅行には行かないな?」
「ハ──そっちが、いけないんですよ。急に旅行なんて言い出すんですから」
「いやあの、言い出したのは俺じゃなくてですねぇ……」
とまあ、なんだかんだ言いつつ『おでかけ』が好きなのだろう。前回の旅行でも終始テンションお高めお嬢様だったが、やはり今回も同様に……──
「「「「…………………………」」」」
「………………よし、今すぐ全員その顔を止めないと晩飯抜きだからな」
四方から殺到するは、生暖かい視線。
なんだよただ普通に会話してただけだろと言いたいところだが、自分でも顔や雰囲気その他が緩んでいた自覚があるので困ったもの。
諸々、無理である。ソラが隣にいると、俺は大体こうなってしまうゆえに。
斯くして始まった突発旅行、行き先は箱根。【剣ノ女王】様より下されたオーダーは『ゆったりしっかりのんびり心身を休めること』だが……。
「温泉、楽しみですね────……その、えと」
「…………」
「の、希……さん」
「………………………………………………よし。諸君、明日の朝飯も抜き」
「鬼かよ」
「いやある意味お腹いっぱいだけどさ」
「微笑ましい」
「あ、はは……」
果たして、心は上手く休めるのだろうかと。窓……の方を向くと照れ照れしているソラさんが視界に納まってしまうため、やむなく天井を仰ぐ俺を他所に。
「────うふふ」
賑やかな年下どもを見守る夏目姉が、端の席にて実に楽しげに笑んでいた。
なお、装いは非メイド服であるものとする。
当たり前だろ。
そうだよ、ここから基本全部ソラかわだよ。