理由
正直なところ、今このタイミングで言うか言うまいかは決めずに来た。
その上で、結局は悩むことも躊躇うこともなく言ってしまった────それが全て。抱えた想いが、素直に認めるのは小癪な程度に大きかったということだろう。
いい、わかっている。納得しているし、理解もしているし……仕方ないと、とっくの昔に白旗も上げている。だがしかし、けれどもそれは、
「…………………………………………………………」
誰にも知らせず秘めていたものゆえに、納得も理解も余さず全て持っているのは自分だけ。告げられたほうが時を止めるのも、また仕方がないことか。
十秒、二十秒と沈黙が続く。
色恋へ時間を割いた経験などなく、なれば〝告白〟とて初めてのこと。
同じく今日、初恋の相手へ届けた言葉は単なる過去の思い出ゆえに……正真正銘、目の前で固まる少女へ渡した言葉が人生初の『今在る好意を伝える』告白。
けれども案外、対して心拍が変わりはしないものだなと。やはり恋愛ごとが向かないらしい己の性質が原因か、はたまたコイツが相手だからなのか。
わからない。わからないが……我ながら、惚れ惚れするほどに浪漫が足りない、雰囲気づくりなど知ったことかと言わんばかり自分勝手な子供の告白だ、と。
「……、……っ、…………と」
傍ら。自嘲を零す囲炉裏を見る朱色の瞳が揺れ、少女が再起動を果たす。
そうして、
「とり、あえ、ず…………────ぁ、えと、もっかい、言ってもらっていい?」
流石に聞いたこともないような、か細く頼りない声音でもって無茶を求む。より一層に心が凪ぎ、いつもの半眼を取り戻すには、それで十分だった。
「そうか、聞こえなかったか。別にそれならそれで構わない────」
「っ、はぁッ……!? ふざっ……! ちょ、やだ待って待って待って!!!」
冗談でもなんでもなく、それもまた本心。それならそれでと話を続けようとすれば、焦り散らした声が上がり小さな手が囲炉裏の袖を掴む。
ふざけんな絶対に逃がさん────とでも言うように。そこは心配せずとも、あれこれ有耶無耶にして終わらせる気など毛頭ないのだが。
「わっっっっっかんないんだよッ! 聞こえたよ! 聞こえてたけどさっ……! 聞き間違いじゃないのかって、自信まっっったく持てないの‼︎」
「……落ち着け。そうだな、謝る。もう少し言葉と間を選ぶべきだったな」
「ほんっ、そ、…………っ!!!」
必要のない注文通り、逃げず言葉を投げかける。
さすれば……今度は『なにをどうしてそんなに落ち着いてんだ貴様』とでも言うように、憤るような吐息を以て盛大に胸中を示しながら睨む。
掴まえた袖は、放さないまま。
そうして、また少し静かな時間。
「………………………………、……信じ、らんない」
ぽつりと、普段の元気など見る影もない小さな声が零れた。
「我ながら嘘みたいなのは同感だ────嘘でも戯れでも、ないけどな」
独り言ではなく、言葉を求めた心の声。そう判断して対する心を重ねれば、
「……ねぇ、もっかい言って」
「…………」
「おねがい」
目を逸らし、耳を傾けた少女へ告げる。
「お前のことが好きだよ。……女性としてが二割、人としてが三割ってところだ」
「……なにそれ。残りの半分どこいったのさ」
「知るかそんなもの。自分の心なんか、自分じゃ詳しく見ようがない」
「なに、それぇ……」
本当に、今更のこと。これまで見せ合ってきた互いへの態度を器用に変えることなどできやしない。遠慮も容赦もない言葉選びも、なにもかも。
しかし、だからこそ。
「納得させてやる。俺がお前ばかり見るようになった理由」
「っ……、…………もう、そっから懐疑的なんだってば。見てたって」
遠慮も容赦もなく、素直に全部を叩き付けねばなるまいと。
「とりあえず、一発目から殴られることを覚悟して白状するが」
「………………いいよ、言ってみなさい」
左手が熱い。
視線を向ければ、いつの間にやら袖ではなく手を捕まえられていた。
「お前は……────ミィナは、先生と似ている」
「…………………………………………納得できなさ過ぎて、ビックリするくらい怒りもなんも湧かなかった。え、なに、どこが、どゆこと────」
「自分の『力』に対しては呆れるほど、清々しいまでに自信家なところとか」
「初手から薄っすら馬鹿にしてない???」
「馬鹿め。俺が先生を馬鹿にするようなことを口にする訳がないだろう」
「うーわ……説得力とんでもねぇな…………ねぇ今、馬鹿にするどころか直球で」
「それから、理想を追い求める在り方とか」
少し大人しくしていろと左手に力を籠めてやれば、愉快なほどに呆気なく小さくおしゃべりな口はピタリと動きを止める。
「性格は似ても似つかない。求めているものだって全く違う。ただ、我儘に自分勝手に……見惚れるほどひたむきに、自分の道を貫いていた」
「…………」
「────理想郷で、理想の〝居場所〟を。……お前の場合は、自分だけじゃなくリィナも含めて『自分の居場所』といったところか」
「…………………………」
「気付いたときは正直な話、純粋に尊敬の念を抱いたよ。居たい場所へ流れていくのが普通、作るにしても周囲の空気を窺うのが当たり前……でもお前は呆れるほどに全力で、一切の妥協もなく、自分の居場所を創り上げようとしていた」
「………………………………………………」
「こうして口にするのはアレだがな。そこらの家族よりも仲が良い十席の空気は他の誰でもない、お前が創り上げたものだろう。後から加わった俺でもわかる」
「……………………………………………………………………」
「似ているんだよ。我儘で、自分勝手で……大きなことを、成しているところ」
つまり、ただそれだけのこと。
「単純な話、だろう? ────お前は、俺の好みド真ん中ということだ」
惹かれるのは、当たり前。誰かに似ているから好きになったのではなく、元より好く性質の者それぞれを好きになっただけ。
決して、引き摺ったのではない。
断じて、代わりなどではない。
「さて、ミィナ」
「……、…………」
「いつにも増して赤色だな。大丈夫か」
「こっち、見んな、ヴぁーかッ……!!!」
負けず劣らず輝く光に、ただただ目を奪われただけのこと。
ただ、それだけなのだ。
もう少し、つづく。