トライアングル・デュオ
現実世界と仮想世界が交わる大祭こと『トライアングル・デュオ』に、冗長な閉会式やそれに類するプログラムは存在していない。
決勝戦に決着がつきトーナメントの幕が引かれたならば、残すところはアニメやドラマのように〝次〟を期待させるエンディングのみ。
即ちソレは、終わりを強く意識させてしまうものではなく────
「……ふふ、疲れた顔してる」
「そりゃあもう、ガチの疲労困憊ですともよ……」
多くに求められた組み合わせによる、ラフな『戦い』ですらない『じゃれ合い』を以って。緩く、賑やかに観客を送り出す、熱を締め括る舞台の尻尾。
広いフィールドに一対一。来場客の事前アンケートによって選出された二人による、HPもMPも固定された上で行われる五分少々の真実お遊び。
今年、その役者に選ばれたのは……まあ、ね。仕方ない。
「安心して、流石に消耗分の配慮はしてあげるから」
「……負けず嫌いな男心を煽られても、残念ながら燃料切れなのは許してくれな」
「煽ってなんかない。心配してる」
然して互いに剣を交える前とは思えぬフワッフワな空気で舞台に在るのは当然とばかり、俺こと【曲芸師】と【剣ノ女王】様────あぁ、知っていたとも。
今年のラストは、どうせこうなるってな。
「……頑張れ、る?」
「頑張れずとも気張らなきゃ、な」
再び『お姫様』が舞台に顔を表し、空間を埋め尽くすは大歓声……かと思いきや、意外なことに観客席の喧騒はご機嫌なザワザワ程度に納まっている。
一応はプログラム大トリってなことで粛々と見守ろうという映画のエンディングロール現象が起きているのか、はたまた俺たちの会話へ熱心に耳を傾けることに夢中なのか……心の平穏的に前者であってくれと思いつつ、
「申し訳ないが、トップスピードは削らせてもらうけども」
「────……そう。使ってくれるだけでも、とても嬉しい」
そして楽しみ、と。
首を傾げて綺麗に笑むアーシェに衆目の前で見惚れぬよう自制しつつ、軽い深呼吸を経て最低限の集中力を手繰り寄せた。
さぁ、それでは。
これより真なるフィナーレを、畏れ多くも新参の身が飾らせていただこう。
「────『我、空を翔ける者なり』」
斯くして堪えられずといった具合に結局は爆発した歓声も、まあ致し方なしか。
「『ひとつ降る星は遍くを結び、緑を纏い颶風と揺らぐ』」
ゆっくり、ゆっくりと。
「『廻り遊ばす刹那の調、歩み逸りて閃と成せ』」
唄を詠みながら、対する姫の顔を見る。
「『羽織りて白、迸りて青、赤乱の雲成を見初めるは雷霆』」
したらば全くもって、言葉通り嬉しそうな顔しよってからに。
「『邂逅の時は来たれり、神域へ踏み入る罪咎を以って月天に告げる』」
こちらも言葉通り、転身体ではなく素のアバター。『決死紅』込みの計算となれば元となる敏捷値は表<裏、なればこその非最高速宣言。
とはいえ、それでも誕生するのはAGI:1000オーバーの化物だ。どうせというかなんというか、これまで以上に観客には優しくない絵になってしまうが……。
「『我、空を奪う者なり』」
そこはまあ、これまで以上に雰囲気重点で楽しんで頂ければと思います。
「『この身は終にして創の嚆矢』」
ステータス固定の特別仕様に加えて、ちょちょっと事前申請にてスタッフさんに設定を弄っていただいたので効果時間は無制限。
「『帷を祓え、天蓋を越えよ』」
そしてこちらもMP無限にて持続無限の《鏡天眼通》全開起動。
「『未だ視ぬ宿命は遥か未来、ゆえにこそ』────」
「……────《守護の零剣》」
期待を隠さず、勘弁してくれと思うほど、愛おし気に笑むアーシェが『剣』を二振り静かに構える。それは思い返すように、あの日と同じ純白の姿。
「『千早振る天嵐は、彼方を希む魂心に在り』」
詠唄を終えて、俺もまた星剣を手に。
「《疾風迅雷》」
「《ひとりのための勇者》」
二人して、囁くように〝力〟の名を連ねて────駆けた。
雷光が閃き、風が唸り、剣と剣が奔り合う。
正真正銘、容易く音速を超える速度。常なる者には視るどころか、まともに知覚することさえ叶わぬであろうシステム曰くの神域へ踏み入る歩み。
斯くして、剣は交わった。
「「──────」」
例によって、この形態だと文字通り体感時間の流れが違う。あっちとこっちでは口語速度も段違いであり、会話を成立させるには俺がメチャクチャゆっっっっっくりと喋る手間があるため独り言を除けば基本的にお口チャックがデフォルト。
それを心得ているがゆえ、アーシェもまた合わせてくれる。
だから、受け取ったのは言葉ではなく視線のみ────音を飛び越えて奔る雷と化した俺の身体を、しかと見捉えるガーネットの瞳。
光が弾け、剣閃が迸る。
最早見慣れた銀の巨閃、他ならぬ《爐》の手本であり原型である【剣ノ女王】の剣を躱し、距離を取り床に落雷り立ちながら引き攣った笑いが止められない。
────おいこらマジかよアーシェさん、最強無敵も大概にしとけと。
わかってはいた、知ってはいた。
が、こうして実際について来られると呆れと驚倒を禁じ得ない。これは師も認めた『アルカディア最速無敵の化物』から、無敵部分は返上せねばなるまいて。
重ねて、タネも仕掛けもわかっている。
《ひとりのための勇者》────俺が持つ【九重ノ影纏手】と揃いのユニークこと【狐幸ノ影纏布】が誇る、反則ズブズブの能力改変強化効果。
青銀の髪に死ぬほど映える黒と紫紺の髪飾りは、彼女が選定した『限定対象者』が敵か味方を問わず同じ戦場にいる場合に限り秘めた権能を発揮する。
その主たる内訳は、特殊称号『剣ノ女王』が強化効果《ひとりの勇者》の制限撤廃。つまりは共闘者の有無や数に関わらず最大効果が発動するってな訳だ。
と、それだけでも超特大の無法に違いないのだが更にもう一つ。一度その名を当てはめてしまえば二度と再設定不能な『限定対象者』……即ち俺との感覚同調。
共有ではなく同調、つまり影響は一方行。迷うことなく俺の名を唯一品に刻んだアーシェは、戦場を同じくする俺から諸々の感覚を写し取る。
つまり、今。
俺が《疾風迅雷》を乗りこなすために全開起動を要する思考加速十倍&攻撃予測の恩恵を、丸っと一切合切【剣ノ女王】様も享受するということ。
そこへ『全能』のギフトを以って瞬間的な挙動ならば【剣聖】の『縮地』に勝るとも劣らない神速を体現する〝力〟と、天賦の才に弛まぬ努力を重ねた莫大な経験値から来る〝勘〟が合わされば……まあ、こうもなるというものだろう。
胸中を、ぶっちゃけさせてもらおうか────そんなもん勝てる訳ねぇだろと。
斯くして、翔ける〝雷〟と〝剣〟が舞う。
互いに引かず、笑みを絶やさず、逢瀬とばかりに撃音を轟かせる白蒼と青銀が、無限にも等しい数分間にて舞台を余さず彩り尽くし────
第三回『トライアングル・デュオ』は、過去最高の盛況と共に幕を閉じた。
おおよそ六十話弱、お付き合いいただきありがとうございました。
お師匠様もトラデュオ中に活躍があるとか以前の後書きに書きましたが、ご本人と他一名から「静かな舞台で」との要望があったので別所に移します。