決勝という名の
【Arcadia】がサービスを開始したのは三年前……ではなく、正確には今から四年前の十二月二十三日。つまり仮想世界にてプレイヤーの歴史が幕を開けてから、現在九月にて三年と九ヶ月ほどが経過していることになる。
積み上げられた物語たちの馬鹿馬鹿しい密度はともかくとして、言わずもがなまだまだ浅い歴史である。いくら時間の流れが速い仮想世界換算では五年半に及ぶと言えども、リアルからの視点と事実は変わらないだろう。
なんの話かと言えば、つまるところ付随するイベントの歴史もまた浅いということ。今回の開催が三度目となる『トライアングル・デュオ』もそれは同じく、当たり前のように毎度お馴染みと言えるような通例が確立されている訳ではない。
しかし、第一回から『毎度のこと』と出場者も観客も問わず口を揃える共通認識が一つだけある。それは他ならぬ最終戦こと決勝の舞台が────
『さーぁ遂にやってきました 決 勝 戦 ! ! ! 第一回から第二回! そして第二回から今回と、勇士たちも成長するがゆえ舞台の進化も天井知らず!』
『今年は特に誰かさんの参入で大嵐だかんねぇ』
『結構なこった、心底な』
『とても楽しかった。これからも、きっと楽しい』
『ふふ』
『皆々様の盛り上がりに疑うところは一片もなく! これには司会進行の大役を預けられた私としましても大変たいっっっっっへん安心安堵心安らかで今日は眠れそうとかそんなことはどうでもよくッッッ!!!!!』
『死ぬほど「どうでもよく」なさそうなんですけど』
『仰る通りの大役だからねぇ。我らも足を向けて寝られないよ』
『しかして今年の〝台風の目〟────なーんてスカした感じでもすました感じでもなく本人が一番てんやわんやで大騒ぎな渦中の人! 皆さんの注目筆頭が、お姉様と共に上り詰めたぜ今ここ最高潮!!! わーい!!!!!』
『……どういうテンションなの』
『これで仕事終わりだから、温存せずに燃え尽きようとしてる』
『成程、尻尾だからこそ全力なんだ。プロだね』
『なお引退済み』
『元でもなんでもアイドル魂は不滅……蜜柑ちゃん一生推せる……』
『なに言ってんですかリッキーさん。そういうとこですよ』
『あ、いや、ちが、え待って今の拾われてないよなッ……!?』
『────あーもう皆さんに任せちゃっても大丈夫そうなのでノノミちゃんはこれにてしれっとフェードアウトしまーっす! 御来場の皆々様、本日は誠にうっわーい別れを惜しむ大歓声が心の栄養だぜぃっ!!! ありがっとーう‼︎』
『『『『『おつかれさまー』』』』』
『あやややや皆さんも本当ありがとうございます勿体なきお言葉です恐悦至極っ……! ────でーはでは改めましてこれにて御免っ! 激熱確定の決勝戦も、後に続くフィナーレも、最後の最後までガッツリお楽しみくだっさーい!』
──────……
────……
──……
とまあ、そんな風に。
舞台入りした俺たちと入れ替わるようにノノさんが気配を消し、けれどもスピーカー越しに入り乱れる数多の気配が感じ取れる司会室。
決勝進出のタッグ二つを除いた全ての序列持ちがやいのやいのと好き勝手に喋りまくるのをBGMとする、混沌とした舞台こそが『毎度のこと』な訳で。
「………………流石に、まあ、コレでガチ集中は無理っすね」
「うふふ、そうね」
わかっちゃいたが、如何に戦闘集中力激高の自負がある俺といえど限度がある。客席からの歓声のみならず、スピーカーからもやたらめったらに知人友人たちの囃し立てが耳に届くとあらば試合に入り込める訳がない。
トラデュオの決勝は真に〝祭り〟────予習で得た情報は確かだったらしい。
「序列持ちの誰でも似たようなものだと思うわよ。ういちゃんたちに当てられて今年は真剣勝負が多かったけれど……此処はもう、空気を変えようがないわね」
「例年通り、ラフに楽しむが吉ですか」
「えぇ。息を抜きつつ、本気でぶつかりましょうか」
「難しいことを仰る」
と、そのように。緩いこっちもこっちだが、向かいのあちらさんも様子は同じ。先の対談時間も結局あーだこーだと無駄話で終わったし、試合に関するミーティングなど真実一ミリもできていない。超絶適当の果てに此処にいる。
……対囲炉裏でここまで気が抜けてんのは、間違いなく初────
「なんだ。必要以上に気を抜いた間抜けな顔が見えるな、気のせいか?」
「あぁん?」
とかなんとかボケッと考えていたら、俺と同じく転身を解き美人祈祷師からイケメン侍へクラスチェンジした野郎から物の見事に煽られた。
なんだ貴様、絶好調か。
「いくら混沌としていても、舞台は舞台だ。無様を晒したら覚悟しろ」
「あーあー今日も今日とて先輩が喧しいぜ。あんまり威勢のいいことぶっ放してると、負けた後が恥ずかしいぞ【無双】のブロンド侍め」
「言うようになったじゃないか【曲芸師】──……いや、君は最初から口だけは一丁前だったな。そう考えると大して変わっていないらしい」
「特大ブーメランだぞテメェこの野郎。仲良くなる前でも後でもペラペラペラペラ調子のいいことばかり言って人を転がしよってからに」
「おや、口では勝てないことを認めるのか。呆れるほどに負けず嫌いな君にしては珍しい。明日は槍でも降るのかな」
「どこをどう取ったらそうなんだよ認めてねぇわ槍も降らねぇわ。空前絶後の負けず嫌いはそっちだろストイック戦闘狂の化身がよ」
「ふん……」
「っは……」
「………………」
「………………」
「「…………………………」」
あー、えー、なんだ、その────
「……な、なに。なにがどうして沸いてんの」
「知るか、そんなもの」
俺と囲炉裏の軽口合戦にワーワー盛り上がり始めた観客席 is 謎。
今の面白くもなんともない稚拙な舌戦に如何様な価値があったのかサッパリだが、とりあえずお恥ずかしいので無用な歓声はやめていただきたい。
「私とメイちゃん、席を外しましょうか?」
「なんでそうなるんすか勘弁してください。疲労溜まってる状態でフィジカルメンタル隙なし体力オバケの相手をソロとか御免ですよ助けてください」
「あなた、そういうところが本当に可愛いわね」
「そういう弄りも勘弁していただいて」
そうこうして、相方より揶揄いを一つ頂戴したところで。
「んじゃまあ、戦りますか……────ラスト、気合入れていきましょう」
「えぇ、そうね。……ハル君」
「はい?」
「三度目の正直、楽しかったわよ」
「あー……はは」
とりあえず喚び出すは短剣二刀、隣に並ぶは拳銃二丁。
そして相対するは〝刀〟と〝城〟────
「俺も心底、楽しかったです」
心ゆくまで存分に、トーナメントのラストを彩るとしよう。
斯くして、第三回『トライアングル・デュオ』決勝戦は……勝者ナシ。
四者入り乱れての白熱に爆熱を重ねた制限時間ギリギリまでの激戦が行き着いた先、試合の決まり手は【城主】渾身の城落とし。
自身をも顧みない道連れの一手は、辛うじて判定勝ちの目を引き寄せていた【曲芸師&熱視線】を相方の【無双】諸共にペシャンコにして────
愉快痛快劇的な『引き分け』を以って、落着を見せた。
トーナメントはこれで終わり、けれども舞台は終わらない。