決勝直前
「────やってくれたな、ちびっこども……」
「ご愁傷様だが、向こうも同じことを思ってるはずだぞ」
然して振られて、カメラは此処。
こう言っちゃアレだが悔しくも幸運にて勝ちを拾い、準決勝第二試合の勝者として例によって舞台から飛ばされた先……賑やか極まる引退済み&現役アイドル三人娘からバトンを渡され、決勝を前に初めて映し出された選手待合室にて。
響くは高い声音同士、唖然呆然と呟いた俺(強制転身体)に同情混じりのツッコミを入れたのは、アホみたいに美人なブロンド祈祷師。
公では本日初公開と相成った、転身体姿の囲炉裏である。
なお俺と同じくコイツも姿を強制されているのであろうことは、その不満を隠そうともしない仏頂面から容易に察せられる。どうせスタッフの差し金だろう。
決勝戦前恒例ファイナリスト同士の絡みを、これ同士でやれってな訳だ。なんというかもう完全に玩具にされているのが丸わかりで不本意極まりない。
ゆえに、進行とか画面映えとか一切考慮せず勝手にさせてもらうとしよう。
「全く……君のせいで、こっちまで巻き添えだ」
「なんでもかんでも俺のせいにすんな。好きで美少女やってんじゃねえんだわ」
「どうだかな。なんだかんだで楽しんでいるだろうに」
「純粋に戦闘でのステ二枚運用は楽しんじゃいるが、謎に持て囃されることを楽しんだ覚えは一度もねぇっつの!」
「………………君、それだけめかし込んでおいて今更なにを」
「そこも大体は俺の意思とか趣味じゃないんだよなぁッ!!!」
飾り立てた犯人たちのセンスも、死ぬほど似合ってしまっているという事実も否定はしないけどもよ! ってか、それを言うなら────
「そっちだって前はまんまだった癖に、髪伸ばしたり色々やってんじゃねえのよ」
「……そのままだったからこそ、不本意として差異を付けただけのことだ」
というのも、コイツ【白座】討滅戦後に『せーの』で転身した際に唯一の変化ほぼほぼゼロ……──つまり、身体は確かに女性化したものの顔が自前のそれ。
全く同じではないものの、若干顔立ちの線が細くなったり目元が柔らかくなったりと精々その程度。で、それだというのに完璧なまで美女と美少女の中間点を体現していたのでそりゃもうイケメンこの野郎と呆れたもんだが……。
サラサラヘアーはそのままに、サッパリしたイケメンスタイルから楚々とした一つ結びに装いを変えており印象が随分と変わっている。
首元で結われた髪の長さは、ソラより少し短い程度。背中で揺れる金髪は和装ゆえ浮きそうなものだが、そこを顔と振る舞いでカバーしているのはいつものこと。
見世物にされていることを不満気にはしているが、根本的には堂々としたものだ。やはりコイツの心臓は鋼で、自尊心は黒龍鱗岩で出来ているらしい。
「なにをジロジロ見てる。気色悪い」
「その発言が気色悪いわ。誰も彼もがイケメンに見惚れると思うなよ」
テーブルを挟んでロングソファに一対一。飽きもせず互いに遠慮のない軽口の応酬をしている俺たちを他所に、さて女性陣はどうしたかと言えば……。
「あー、と……雛さん?」
「んー……ふふ、ダメね。やっぱり私には荷が重そう」
大卓の脇、当然のようにフヨフヨ浮いているベッドの上。満載されたクッションに沈む『眠り姫』を構っていた雛さんが、俺の視線に微笑を返す。
わかっちゃいたが、案の定【城主】ちゃんを呼び覚ますことは不可能らしい。お姉様でも歯が立たぬとくれば、野郎二人にできることなどない。
俺と囲炉裏がカメラを意識の外に弾いて好き勝手やっている分、どうぞ脇で穏やかに華と映えを提供していただければヨシとしよう。
…………しかし髪なげぇな。
俺の転身体どころの話じゃないぞアレ、立って歩くのすら苦労しそう────
「……ともあれ、最低限の仕事は済ませておくか。ハル」
「ん? あぁ、ハイ」
ゆうて真面目な囲炉裏に話を振られ、そこは流石に勿論のこと語るつもりだったので余計に絡まず素直に応答。
とは言っても、残念ながら俺も全ての疑問には答えられないのだが。
「ラストについてだよな? まず『なにをしたのか』ってのは単純。【紅より赫き杓獄の種火】────あ、物はコレな。まあコイツが簡単に言うと単一対象の魔力性質を使用者つまり俺のアバターに転写できるって品なんだけども」
「……簡単の定義を問いたくなるが、まあいい。続けろ」
そんな渋い顔されても、じゃあ詳しく説明しろって言われたら十分そこらじゃ時間が足りない。もっとアレコレ詳細が知りたくば後日の情報公開を待ちたまえ。
「開幕の熱線第一射を喰らったじゃん? アレで雛さんこと【熱視線】の能力を複製してあったんだよ。つまりこういうこと」
左手で銃を模して対談役の囲炉裏へ突きつけ、片目で照準。
「ばぁん────と、シンプルにそんだけ」
「人に指を差すんじゃない」
「ごめんて、これ指じゃなくて銃だから。……あー、テレビの前にいるちびっ子たち。お兄さんとの約束だ、人を指で差したらいけないぞ」
「……そのナリで『お兄さん』発言も、幼気な子供たちの教育的にどうなんだ」
と、慣れない戯れを一つ。
ってかよく考えなくとも、指より銃のが悪質では──いや、俺が立っているのは殴りっこ=友情の仮想世界だからセーフ。さておき……。
「ただし『どうなったのか』は悪いけど俺にも謎。ミナリナに直接ぶち込んだとしても壁が残ってたから劣化【熱視線】じゃ確実に凌がれると思い……」
なお『壁』ってのは、例の何度も何度も俺を阻んだ光の障壁に他ならない。
アレは魔法使い手製の魔法防御ではなく、二人の魂依器由来の防衛機構。戦闘に際して陣────〝キャンバス〟と呼称される極狭い円内より一歩も外に出られなくなってしまう制約に代わり、二度の半絶対防御を与えるインチキ能力だ。
手応えから察したが、実は開幕の《颯》ぶっぱで一枚は割っている。けれども、それ級の威力を叩き込まねば割れぬ壁の二枚目を終ぞ割る余裕がなかった。
だからこそ……撃てば魂依器も本人たちの権能も諸々が沈黙する〝必殺技〟を雛さんが唆し、迫る終幕を前に一発逆転を狙ったという訳だ。
「んで、ならもういっそ〝風〟の内部で炸裂させれば、こう……なんやかんやならないかなって百割勘で、そっちに撃った。そしたらまあ────」
「ああなった、と」
「そ。ぶっちゃけ冷静に考えてる暇とかもなかったし」
それもこれも、全部まるっと完ッッッッッ璧に俺を手玉に取ってくれた大先輩二人のせい。なんだよ〝俺に想像させる魔法〟って、んなもん予想できるか。
しかし言われてみればそれしかないと思えるような見事なタネと仕掛けゆえに、感心ばかりで憎まれ口も大して出て来やしない。マジで天晴、見事が過ぎた。
おそらくだが、ガワやスペックだけではなく行動の細部に至るまでもが俺の『記憶』によるものだろう。そうと知って思い返せば、確かに〝影〟はアーシェと共に挑んだ攻略戦で見た動きを完璧になぞって動いていた。
つまり推測だが、描かされただけではなく俺がリアルタイムで動かしていたまである。冗談みたいな魔法名称からも、その可能性は高いのではなかろうか。
〝ソロダンス〟とは、つくづく言ってくれる────
「それについてだけど、私の推測で良ければ話しましょうか?」
勝敗はともかく完全にしてやられた。その事実を受け止め渋面を浮かべる俺を他所に、眠り姫のベッドに腰掛けた雛さんが手を挙げる。
是非もなし両手で「どうぞ」と仰ぎ示せば、相方殿は一つ頷いて、
「ハル君のアクセサリーは、対象と全く同質の魔力を複製するのよね? なら、あなたが撃った〝熱〟は私のソレと完全に同じモノだったはず」
「ですね、多分」
「なら、他人が同属性魔法を撃ち合った際に起こるものより遥かに純粋な『相互干渉』が起こるんじゃないかしら。混じり合い有耶無耶に打ち消し合ってしまうのではなく、溶け合いそれぞれを増幅するようなものが」
「…………んん」
「内と外から互いに引き合い威力を増しながら、ミィナちゃんたちの〝風〟を喰い破ったのよ────つまり私からハル君へ、ハル君から私へのバトン回しね」
「………………………………らしいぞ囲炉裏。わかったか?」
「少なくとも、君お得意のトンチンカンよりは理解しやすかったが」
「そんなものを得意にしたつもりはないんだが???」
つまり、なんだ。
怪獣大戦争直後の疲れた頭でも理解しやすいよう要約すると……。
「あ、ちなみにコチラ製作者は皆様ご存じ【藍玉の妖精】殿となっております」
「だろうな」
「でしょうね」
専属細工師様万歳、ってなところで良きだろうか。
そして画面の前で声なき悲鳴を上げるニアちゃん。