熱を重ねて
「────ほんっとぅに、堪らない、わね……ッ!」
零す言葉と共に散る仮想の汗が、己が放つ熱に失せる。
真実とんでもない鬼札を切り晒し、更にはソレへ挑み掛かるハルを追い回す弾幕を維持しながら、お留守になることなく向けられる魔の煌輝。
時に、こちらと同じく爆炎。時に、相方のそれに勝るとも劣らない水嵐。時に風、時に岩、時に雷、時に氷……対し抗う雛世が抱くのは、ただ一つ〝熱〟のみ。
第三段階まで引き上げた火力で以って、ようやくの拮抗。おそらくは『双翼』が他に莫大なリソースを割いた上で、拮抗。
二対一、などと思うべきではない。
彼女らは真に二人で一人、その才能を正しく発揮しているだけ。ならばこれこそが紛れもなく、かの魔法使いとの力比べにおいて正しい形だ。
ゆえに、別段そこへ文句はない。
文句があるのは、彼女たちのみに留まらない複数へ向けてただ一つ。
誰も彼も、楽しげに『新技』を披露してくれちゃって────と。
重ねて、抱くものは〝熱〟ただそれだけ。仮想世界へ身を投じ、ありとあらゆる語り尽くせぬほどの悪戦苦闘を経て、己が魂の分け身を手にした日から。
雛世が追い求めること叶った『力』は、ただその温度を上げていくことのみ。
どれだけ形を工夫しようとも、どれだけ小手先の細工をしようとも、結局のところ自分が行き着く先は熱によって灼き尽くすそれだけのこと。
多彩な技を持つ者を羨んだことは、一度や二度ではない。
巧みな立ち回りで彩を生む者に憧れたことは、十や二十では足りない。
新たな自分を見出す者たちを遠く感じたことは、百や二百では利かない。
……然して、
「後は頼む、ね……全くもう」
それら羨望を全て、他ならぬ〝熱〟で呑み込んだ果てに────
「……可愛い後輩の頼みなんて、頑張って応える他ないじゃないの」
今の【熱視線】が斯く在りて、掲げる銃口に迷いナシ。
「《煌々を吞む四翅の焔》」
絞る引き金は、積み上げ重ねた誇りと共に。
雛世の魂依器【六耀を照らす鏡面】が尋常にて放ち得る現状最大火力。最早それは『炎』に留まらぬ『光』の具現、絶えず迫る色とりどりの弾幕を諸共に、宙を灼き殺しながら轟と迸る第四射。一直線に向かう先は────
「──────────へっちょぁッ!!?!」
桜を散らして〝影〟と遊ぶ、憎らしいほど可愛らしい相方にして後輩の元。
耳が悲鳴を聞き届けると共に、最後の援護は恙無く遂行。期待違わずお利口さんに熱線を〝桜〟で受け取った姿と、ついでの余波で勢いよく吹き飛んだ黒滲の再現物を横目で確認した後……任された舞台に向き直る。
試合時間も残すところ一分少々、終幕へ乗り出すには頃合いだろうから。
「《この瞳は灰燼を望む》」
冠を燃やし戴き、双銃に代えて左の指先へ〝火〟を灯す。
向ける先は、可愛い後輩にして仰ぐ上。斯くして放つは、
「思えば、いつぶりのことかしらね────勿論、受けて立つでしょう?」
砲に先んじて、まず言葉。受け止める瞳は二対四つ、朱色と水色が瞬いて……片方はニヤリと、そしてもう片方も珍しく薄っすらと笑みを浮かべ、
「────《描現せす絵筆》」
「────《描夢せす絵筆》」
東の勇士に、是非も無し。
「『回れ回れ彩して回れ』」
「『廻れ廻れ災して廻れ』」
顕現するは二人で一つの大冠、紡がれるは別口同音の二重唱。
「「『其は地に在りて地を浚う姿無き暴君』」」
「「『其は空に在りて空を裂く義無き支配者』」」
吹き荒れ、刻一刻と形を成していく魔力の嵐。それを見守るように見つめる雛世は────銃を模した指先を突き付けるまま、動かない。
「『恐れることなかれ、此処に示すは無貌なる慈悲』」
「『惑うことなかれ、其処に抱くは還るべき導』」
許している訳ではない。求めている訳ではない。演じている訳でもない。
今この時、誰よりも〝熱〟を宿す淑女の瞳が見据えているのは、
「「『遍在せし真名よ、斯く轟け────誰も識り得ぬ彼方まで』」」
本当に、いつぶりのことか。
「っしゃぁい! いっくぞ雛ちゃん覚悟はいいかぁ!!!」
「忖度、なし……っ!」
「望む、ところよッ!」
ただそれは、真剣勝負の果てに在る、
「「《抱き絶やす旋閃の翠風》ッ‼︎」」
眩い〝勝利〟ただ一つ。
「《赫々たる女王の視線》」
斯くして、弾丸は放たれて────舞台に〝風〟と〝熱〟が顕れ出でる。
難しいことなど何一つ存在しない、純粋無比な力と力のぶつかり合い。
まさしく超常の力によって、可視化されるまでに圧縮された無数の風糸が織り成す巨槍。そして正しく太陽が如き光輝そのもの、尋常ならざる熱の巨閃。
おおよそ個人に許されて良い規模の力ではない同士、それは天災そのものが衝突すると同義。見る者たちが観測できるのは、ただ光と音の暴力のみ────
即ち……拮抗していないと判断できた者は、極僅かだったことだろう。
「ッ……────まだ、ダメ、かぁ……っ!」
指先より決して抗し切れない圧を感じ取り、悔しさを零したのは【熱視線】。
冠の権能を以って尋常を超えた、現在の彼女が放ち得る最大火力。より正しくは、現在の雛世が魂の分け身より引き出すことのできる最大火力。
牙は立てられる、しかしそれまで。
今の雛世が抱く〝熱〟では、まだ僅かに足りない────
◇◆◇◆◇
「────なん、じゃ、こりゃ、ぁい……ッ!!?」
正直なところ、片一方に対する完全耐性を備えているとはいえ何故に生きているのか不思議で仕方ない状況の只中。
馬鹿火力と阿保火力の衝突にて問答無用で〝影〟とのタイマンを打ち切られ、それ自体が大魔法かなんかだろと笑えるほどの衝撃により吹き飛ばされながらも、冷静に《フラッシュ・トラベラー》で慣性を殺し受け身を取れたのは百割奇跡。
ついでに、吹っ飛ばされたのが雛さん側だったのも幸いして〝風〟の余波で真っ赤な体力を削られずにも済んでいる……だがしかし。
こっちに飛ばされたってのが双方が秘める力の差を物語っているのではという俺の思考は、果たして気のせいでも間違いでもなかったらしい。
押されている、確実に。
色がついている訳でもないのに視えるという意味不明理解不能な〝風〟の暴威に、僅かずつでも確実に散らされていく〝熱〟が見て取れる。
結論、どっちも化物。
この次元まで来てしまえば、力の多寡など些細なことだろう。向けるべきは畏怖と称賛のみ、正直なとこ勝とうが負けようが拍手しか出ない。
……けれども、だけれども、太陽が舞台に顕れる直前。
お姉様の瞳に『勝利』への意思を見てしまったもんだから敗北を見守っている訳にはいかねぇんだわと、相方と同じ目を〝敵〟へ向ける。
向けて、一言。
「〝幻桜一片〟」
そして、左を一突き。
惚れ惚れするほど完璧に予想通りな殺意の挙動。大技と呼ぶのも憚られる極大技同士が生み出す余波に煽られ、無様に壁へ貼り付けにされた俺の元へ一直線。
ここ一分少々と全く同様の指向性。他へは目もくれず己が爪にて命を獲りに来た〝影〟へと────相方より幾度もの燃料供給を受け、転身体の身の丈を優に超える大剣と成ったサクラメントを真っ直ぐに突き込んだ。
到来と同時かつ瞬時に俺の周囲を取り囲んだ夥しい数の魔法陣は、この際もう頼りになる赤色星剣に任せて一切合切無視でヨシとする。
さておき知ってんだぜ? 受けられる状況であれば、ご自慢の〝爪〟を以って必ずと言っていいほど貌無しドヤ顔で摘まみ止めようとする行動パターン。
でもって、アーシェとのペア攻略時から察してんだぜ? その〝爪〟が一度に無効化できる攻撃あるいは衝撃は、両手を合わせて二つまでって制限もなぁッ‼︎
「《 桜 花 剣 嵐 》」
オラ止めてみろよ────サクラメントが過剰励起形態で放つ最後の剣は、それまでに取り込んだ花弁刃の数に応じた瞬間超連続攻撃だぜ。
『ッッッ──、──────』
花弁解放、散り狂うは桜嵐。
全く目論見通りに『剣』を阻んだ〝爪〟が両腕諸共に削られ消し飛び、その身へ届いた聖桜の刃が影の化生の胸を穿つ。
相も変わらず〝音〟がしない。ならばもうそういう魔法なのだろう、ここに至っては別にコイツをどうにかできずとも構わない。
そんなことよりも俺が決断すべきは、どこへ放つか。
猶予は僅か一瞬ばかり。
おそらくそも倒せる倒せないといった存在ではないらしい〝影〟の再現物が、胸に埋まった数百に及ぶであろう攻撃判定を振り切り俺の首を飛ばすまでの一瞬。
役目を終えた桜剣が散華し、決闘よろしく試合後にはリセットされるとはいえ、避け得ず俺がLv.1の役立たずに成り下がるまでの一瞬。
手を動かす間も惜しい、脚を動かす間も惜しい、ならば頼れるは〝瞳〟のみ。
【紅より赫き杓獄の種火】────触れた魔の性質を写し取り燃ゆる輝石の権能を以って、この身に宿した【熱視線】の〝瞳〟で、なにを視るか。
刹那、小さな〝熱〟が弾ける。
それは絶対的な〝風〟に抗う太陽が如き光に比べて、あまりに小さな炎。しかし尋常の火と比べるのであれば、あまりに大きな煌々たる爆炎。
生まれた場所は、荒れ狂う〝風〟が容成す槍の中。
魔法使いが世に生み落とした力の只中、生まれた〝熱〟が〝熱〟を呼び込む。
そうして入り混じり、僅かながらでも膨れ上がった一条の閃。
対しては腹を裂かれ、僅かながらでも暴威を乱した無貌の嵐……然して行く末は翻り、僅かばかり足りなかった瞳の熱は助けを経て────
赫灼と燃え盛るままに、全てを灼き尽くし迸った。
比喩なく一人を除いて全員ハテナだから待て解説。
なお撃つべき場所の選定は百割勘。