ギアシフト
おおよそ三ヶ月弱。時を空けて再び己が目で見たそれは、改めて『馬鹿じゃねえの』と文句を抱かずにはいられない頭のおかしな発動速度。
更に加えて、予備動作たる砲門こと魔法陣の爆速展開速度と比して到底許されない威力及び規模。プレイヤーなど直撃せずとも掠れば致命、万に一つも触れてはならない死の具現で軽率に空間を満たす重犯罪エネミーの所業────と、
ゼロ距離で放たれたソレになんやかんや対応する俺も、我ながらアレではある。が、やはりそれはそれとして何度でも叫ばせていただく他ないだろう。
ふざけんな、棲み処に帰れド畜生が。
MPが保険ラインこと諸々の運用がギリとなる危険域へ落ちるまで残り数秒。結果としては無駄撃ちの範囲に収まってしまった《鏡天眼通》に縋り生を辿る。
こちらもお返しのノーモーション空飛ぶ拳撃〝六重〟にて爪を弾き飛ばし、咄嗟の後退で刹那の猶予を稼ぎつつ解放されたサクラメントで致死の魔砲を喰い散らして……──状況に則って思考を蹴飛ばし、ギアを変えた。
当たり前のことだが、対人戦と対エネミー戦は別物だ。
どこが最たると言えば、それは要求される思考の方向性。アルカディアでは特に顕著だが、基本的に対人戦は『互いに技を交わし合う共奏』となることが多い。
あくまで楽しむ以外にメリットのないコンテンツなため、単なる喧嘩事でもなければ根本的にそうあるべきという共通認識をプレイヤーが持っているからだ。
それは仮想世界最大の対人戦こと四柱戦争、その第一回よりどこぞのお祭り陣営が『戦いとは魅せるもの』という大言を成してしまったことも関係するのだろう。
反して、当然のこと対エネミー戦にそんなものはない。
どこにいようと、どんな生態を築いていようと、ほぼほぼ例外なくプレイヤーを見れば〝殺〟と襲い掛かってくる化物連中にリスペクトなんて概念はない。
なればこそ『楽』に則り楽しいを見出すプレイヤー同士の闘争とは異なり、エネミーを相手にするソレの大前提となるのは……。
「真白ノ追憶────」
こちらも化物の流儀に則り、容赦無用にぶちのめす戦意。
「《赤円》」
『楽』ではなく、ただひたすらに『勝利』を求める真なる闘争だ。
絶やした瞳の魔光に代えて、求め喚ぶは魂の分け身。
今催しで初。これは流石に頼むぞと半分祈りながらの呼び掛けは果たして聞き届けられ、それなりに機嫌よく顕現した【真白の星剣】が願いに応じて姿を造る。
捧げるは右腕、溢れ出でるは『赤』の奔流。結晶の如き光沢を放ちながら絶えず流動する異形の腕が、携え振るうは千変万化の自在武装。
全自動エネミー刈り取り機、赤の星剣。
さぁ、そんじゃまあ、
「ぶちのめすぞ相棒ッ……‼︎」
試合終了まで残り二分。突発的だが、覚悟決めて足搔こうぜ。
《水属性付与》起動。水の魔光を宿した赤が〝影〟に負けじと『爪』を模り豪速で伸縮。乱雑に宙へ描かれた黒の砲口を引き裂くのを横目に、一歩……否、二歩。
両脚段階起動《天歩》及び《天閃》並びに『纏移』構築。疑似的な『縮地』にして速度だけなら今や師をも超える〝脚〟で以って空を咬み千切り、
『相変わらず戯けた反応速度してんなコラ』と胸中で盛大に毒づきつつ、左で振るった桜剣を当然のように性懲りもなく摘まみ止めた〝影〟に『ハイハイ知ってた』と適当な笑みを叩き付けながら、
左で踏みしめ繰り出すは右脚。岩野郎に見舞い損ねた喧嘩キックを音速配達。
外転出力『廻』臨界収斂。試製蹴撃式震伝改────名前は特になぁいッ‼︎
「どぅオッッッッッラァいッ!!!」
迸る震脚が魔砲にも負けぬ轟響を打ち上げ、なにをどこまで再現されてるのやら知る由もないが幸い踏ん張りは相も変わらず軽いらしい怨敵を吹き飛ばす。
〝音〟はしない。が、知ったことか。アーシェと二人掛かりでなんとかした埒外の怪物を、たったの二分かつ俺一人で倒し切れるなど端から思い上がっちゃいない。
「《天歩》ッ……!」
ならば今より後の俺がこなすべき役割は一つ。アレに加えて、更に絶えることなく後を追い回してきた弾幕の双方に全力で抗い、様子から察して流石に無茶をしていない訳ではないのだろうちびっこ二人のリソースをガッツリ浚い続けること。
要するに、まあ、アレだ。
「 後 は 頼 み ま す ぁ ッ ! ! ! 」
「わかりたくないけど、わかったわ!!!」
あとに続く試合の命運は、頼れるお姉様へ丸投げもとい託すのみ……ってな訳で、そっちも泥沼を覚悟しろ九尾の化物テメェこの野郎。
いくらアルカディア史上最強クラスの化物だろうが、色褪せない死闘を通して行動パターンを丸っと仮想脳へ刻み込んだ今の【曲芸師】を────
たとえ馬鹿火力の援護付きだろうが、たった二分で殺し切れると思うなよ。
やっぱりこっちが本領の主人公。
まあほら、このゲームPvEメインだから。