Confusion Encounter
────半年と少し。古参の先達たちと比べれば、まだまだまだまだ浅い歴。しかしそれでも、流石にそれなりの時は仮想世界に浸ってきたと言える期間。
初めてアルカディアに身を投じた日より今まで、俺を震わせた存在は三つ。
驚きだとか、恐れだとか畏れだとか、あるいは緊張だとか……そういった未知なりにまだ想像が利くものではなく、思い返せば多くに並ぶようなものでもなく。
真に、様々な意味で、魂の底から俺を震え上がらせた、例外的な出会いは三つ。
一つは【白座のツァルクアルヴ】────かつての俺を本気にさせた、ある意味で此処へ導く大元のキッカケとなった、今は世界に無き異形の白竜。
一つは【剣聖】────静謐な姿より滲み出す圧倒的な存在感を以って、出会いから暫く俺の心を翻弄し続けた、今に至り大切なお師匠様。
一つは【剣ノ女王】────あの日、邂逅した瞬間。俺の本能と理性が同時に『跪け』と叫んだ感覚を、今までもこれからも忘れることはないだろう、お姫様。
どれもが例外なく今の俺を形成する大きな要素を含む出会いであり、宿った『才能』がなくとも、いつまで経とうと褪せない鮮烈な記憶。
それに近い感覚が、今、おそらく四度目。
短い脚部に長い腕部。どこかコミカル、ゆえにこそ言い表せない奇妙さ不気味さを内包した岩塊の姿を視認した一瞬後……全身に迸った凄まじいまでのなにか。
刹那の疑問と困惑を置き去りに、心を支配したのは暴力的なまでの嫌な予感。
「ッ────《鏡天眼通》」
謎に対する答えなど咄嗟に出せるはずもない役立たずな思考を一切合切かなぐり捨てて、躊躇なく有数の切り札を場へ叩き付けた。
金銀両開眼、思考加速倍率三倍。
これで決めるにしても凌ぐにしても、最低限の保険を残すため許容起動時間は僅か二十秒フラット。ならば無駄にできる時間は一秒たりとも存在しない。
然らば頭も身体も当然のこと限界挙動。無数の追尾弾により起動直後からビッシリと視界を埋め尽くした攻撃予測のラインを『記憶』し一転攻勢もとい抗勢。
『決死紅』起動、ルート算出、軌道設定、障害となる宝石の弾丸を選定。更に〝桜花繚乱〟展開、及び〝開花充填〟にて桜剣の段階励起実行。
さぁ、ブレーキはナシだ。
「《天歩》ッ‼︎」
なにをする気かサッパリ不明だが、激烈が過ぎる嫌な予感に従いなにもさせねぇのが最適解。そうと断じて飛び出した身体が音速を叩いて空を駆け、花弁を吞んで出力を増し直剣より長剣へ姿を変えた〝桜〟が強引に道を抉じ開ける。
斯くして、決断からここまで一秒と少し。辿り着いた岩塊────【選定の石人形】を模したと思われる〝なにか〟の背後にて、俺が振るうは手足に非ず。
よう岩野郎、知ってるか? 仮想世界じゃ一般的には、
「蹴りより、剣ッ!!!」
のが、石ころ相手でも強いんだぜと。
思考はともかく、おそらく観客はおろか舞台上にいる他三人の行動的追随を許さぬ速度。正真正銘の全速力で駆け抜けた先で、容赦も迷いもなく振るった刃は、
僅かばかりの抵抗感を俺の手に伝え、呆気なく石人形を両断した。
「──────……、ぁ?」
ならば当然、降り掛かるは特大の違和感。
斬った感触は間違いなく常なる〝敵性存在〟とは違う魔法のそれ。喰魔の聖桜が食い散らす感覚を今更に違えはしない。
だとすれば、これはなんだ?
登場と同時に俺史上有数の衝撃的な存在感を撒き散らしながら、身動ぎ一つ起こす間もなく無抵抗で斬り散らされたコイツはなんだ?
事象を描画した者は、他ならぬ名高き『東の双翼』……ならば、だとすれば。
このまま、なにも起こらない、訳がない。
そう、俺が当然のことを思い浮かべた瞬間だった。
一撃の下に散失……するかに見えた人形の残滓が、光となって遷ろい蠢く。宙を奔るは青い光、エネミーが命を散らす際に生じるエフェクトが舞う。
そうして、アクセルを踏み込んだ思考速度で見守ること約三秒。
ただ呆気に取られていた訳ではなく、一拍を挟み再び殺到した雨霰の迎撃に追われながら傍観するしかなかった長い長い数秒の後。
「────ッ、はぁ!?」
「────えぇっ……!?」
離れた位置にて避け得ず驚倒の声を上げた俺と雛さんが、おそらく世界全ての代表者。あまりにも予想が付かない成り行きにて、顕現した異常は砂嵐と共に。
解けた光が結集し、次いで現れたのは〝大蛇〟────コイツもコイツで忘れ難い見上げるばかりの超巨体、かつての怨敵【砂塵を纏う大蛇】の姿。
わからない、意味がわからない。そして、動き出した変遷は止まらない。
姿が在ったのは僅か数秒。砂を散らして再び光に散じた巨体が失せ、次に顕れたのは……あぁ、これも懐かしきかな伽藍洞の大鎧。
あまりにも非力だった頃の俺とソラが邂逅した【神楔の王剣】の姿。
更に散じ、失せて……紅玉の群れ、霊峰の主と続くに至り、流石に予測が至ったタイミング。これが行き着く先を薄っすらと察し、一斉に血の気が引いた。
幻影ではなく実体が在るのは、始まりの石人形より確認済み。然らば此処に描き出されているのは、単なる俺の記憶上映会ではなくサラなんとか同様の、
実体と性質を伴った、再現物に間違いないのだろう。
────まずい、まずい、まずい、マズいッ!!!
ちょっと待て、それは〝反則〟ってレベルじゃねえだろうよッ!?
想像してしまうのは、ただ一つ。
今に在って恐ろしきは、ただ一つ。
ゆえに、
「雛さんッ‼︎」
「受け損ねないで頂戴、ねッ!」
心的余裕などミリも無し。
必死の叫びに刹那で応じ、届けられた太陽が如し紅炎を〝桜〟で受ける。
極大の熱を喰らい尽くし目を焼くほどに眩い光を放つ『剣』より花弁を放ち、それを再び吞んだ長剣は大剣へ────更に加速倍率引き上げ五倍。
そうして、もうこれで終わらせる他ないと、頼むから終わってくれと願うまま。
悪夢を無視して、走った果て。
「────…………………………言わせてもらうぞ、ふざけんなド畜生」
言葉に返されたのは、渾身のドヤ顔と真に気だるげな疲れ顔、そして。
いまだ真実不明な権能を以って力を摘まみ止める爪により、創造者たちの喉元へ迫った聖桜を阻む〝影〟が撒き散らす、二度と相対したくなかった莫大な殺意。
然して、斯くして、次の瞬間。
『────────────────ッ‼︎』
化生の叫びと共に溢れ出でた漆黒の閃砲が、俺の視界を鮮烈な闇で埋めた。
やぁ久しぶり、くたばれ。
超越レイド級の異常エネミーを作り出す、そんな馬鹿な魔法がある訳ないよなぁ?
試合後に当然解説入りますが、それまでに諸々の仕組みを予想して見事正解した人は特級アルカディアンなんでどうぞよろしくお願いいたします。