魔を喰らう桜
仮想世界に在る二大職人クランの片割れ【陽炎の工房】がツートップ。
クランマスター【赫腕】エンラ及びサブマスター【遊火人】カグラが世に生み出した、尋常ならざる『神造芸術に迫る人造神器』────〝聖桜の記憶〟に関する情報は、あの日より全てを包み隠さず世間に晒している。
使い手の時間を奪うという、アルカディアに一定の情熱を注ぐ者であるのなら例外なく刺さるであろう馬鹿馬鹿しいまでの代償は勿論のこと。
それを差し引いて余りある極まって凶悪な強みの数々や、しかしそれ以外にも確かに存在する幾らかの弱みまで、しっかりハッキリと正しく全部だ。
斯くして、その上で称された最終評価は『ぶっ壊れ』……まあ仕方なし。使いこなしさえすれば武装一つでほぼ魔法メタが成ってしまうというのは、対エネミーか対人かを問わず単一ギアに許された性能とは言い難いものがあるゆえに。
重ねて、弱み自体は存在している。
それは例えば『起動要項MID:1000以上』とかいう冷静に考えて頭のおかしい制限により、使用者のステータスが極めて愉快なことになるだとか、
単に起動するだけでは十秒と持たず勝手に再休眠へ入ってしまうだとか、
魔力を喰らうことで展開される特殊機構〝桜花繚乱〟の花弁刃が当たり前のように主へ対する当たり判定を持っているため、下手に使うと己が撒き散らした無数の刃で無慈悲な細切れにされるだとか、
『全ての魔を喰らい尽くす』という謳い文句に偽りはないものの、それは別に『全ての魔法に対して絶対無敵』という意味ではなかったりなど……と、割かし簡単にアレコレ並べ立てられる程度には使い勝手の悪さも否めない。
しかしまあ、それはそれ。
直々の使い手として、数あるデメリットを呑み込んだ上で総評を下すのであれば……やはり、どう言い訳をしようとコイツの評価はコレに限る。
文句はあるが『ぶっ壊れ』────さぁ、ご機嫌に咲くといい大問題児め。
「【αtiomart -Sakura=Memento-】」
掴み取ったヘッドから細鎖が解け、色彩と共に時の壁を失くした『桜』が揺り籠の中にて思い出す。そして瞬きの後、左手に顕れ出でるは聖桜の光。
主の時を糧に魔を喰らう。今時ありがちな訳アリ聖剣めいた実情などおくびにも出さず、満開の桜が降らす花片の雨が如き優美な光を散らす霊光の諸刃剣。
基底形態はオーソドックスな片手サイズ、違和感なく手に馴染む直剣タイプ。重さもなにも存在しないのが得物として僅かばかり頼りなさを覚えるが、秘めた性能を理解しているなら文句を宣う口など在りはしない。
……と、諸々置いといて早速の必須タスクを一つ。
「雛さん」
「了解」
当然のこと、相方殿もコイツの性能に関してはご存じだ。ゆえに呼び掛けに対する応は即座、俺の手に顕現したサクラメントを眺めつつパチリと指を鳴らす。
さすれば直上、まるで小さな太陽が如く弾け出でた巨大な爆炎へ、
「では……────いただきます」
【紅より赫き杓獄の種火】によって持続している完全耐性を盾に、躊躇なく飛び込み剣を振るう……までもなく。触れた傍から〝食事〟を行使する桜剣が瞬く間に喰らい尽くし、腹ごなしは十分とでも言わんばかり剣身の煌輝を密にする。
目覚め一発の馳走だ、これで三十秒ばかしは持つだろう。自分の魔力では持続コストを払えない使いづらさも相方がいれば問題ナシこの通り。
然らば、
「────いくぞ大先輩ども」
「────っはん! かかってこーいッ!!!」
「っ……!」
視線を交わした敵の意気や良し。なればこそ、宙を踏む脚にも容赦なし。
《天歩》起動。迸る炎、降り注ぐ雷、押し返す風……なんかアレコレ道行きを阻むものがあった気がするが、真正面に翳したズルを以って一切突破。
斯くして、これにて了。おそらく展開を見守る観客の多くが咄嗟に思った結末をなぞるように、立ちはだかる奇跡を裂いて輝きを増した〝桜〟が届き、
「ッ……んなこったと、思ってたよ‼︎」
躊躇わず振るったサクラメントの刃が、これまで叩き付けた得物と同じく光の障壁に受け止められた。意外でもなく、想定道理。
桜剣を知り尽くしている俺とは違い、向こうが抱えていたのは仮定であり確証はなかったのだろう。自分たちの絶対防護ラインが無事に必殺を阻んだのを見とめ、慄き半分ドヤ顔半分の赤色と僅かに無表情を揺らす青色と目が合い……刹那。
再び色とりどりの魔弾、ではなく。
煌びやかな宝石の群れが、目前の俺を突き飛ばすように降り注ぐ。反射の後退にて緊急回避────が、もう俺に仕切り直しの猶予を与えるつもりはないらしい。
色彩千差万別小粒大粒様々。しかし総じて凶悪な追尾性能を与えられた輝きの大群が、四方八方から『剣』を抜いた俺目掛けて殺到を始めた。
それに対して、こちらが取れる択は……。
「もうちょいビビってくれても、いいんだけどなぁッ!?」
「ビビってはぁ!」
「いるから、こそ……!」
他でもない、逃走一択。
サクラメントの霊剣は、全ての『魔』を喰らう。それは決して偽りではない。
しかし人がそうであるように、遍く『食性』を持つ生物がそうであるように、この凶悪な〝桜〟にも食事において咀嚼の時間というものが存在する。
端的に示せば、魔法でありながら明確な物体としての実像を顕現させる土属性あるいは地属性魔法などはサクラメントの苦手分野。
ソラの【剣製の円環】第一の魔剣こと〝砂〟のように物魔半々といった特殊なものであれば話は別だが、高密度の岩やら鉱物やらは分解までにラグを要する。
勿論それでも通用する以上、圧倒的優位には変わりない。しかし、相手がこのレベルの驚異的物量を平気な顔でけしかけられる怪物であるならば……。
「安心した、ような、勘弁してくれってなよう────なぁッ!?」
【αtiomart -Sakura=Memento-】は無法のイレギュラーではなく。
あくまでも『無法に抗し得る武器』に、その存在を留められる訳だ。
そりゃ対応する自信もないのに煽ったりしない。