大怪獣の鼬ごっこ
「《三燦に焦がす熱視線》」
「ぅあッッッづ……ッ!?」
そこまで視るのは初のこと。並べ掲げられた双銃より放たれる熱線は双眼の更に倍をゆく熱量を誇り、最早『熱線』というより瞬間的に空間を埋め尽くす熱爆弾。
然して、炎熱の主たる【熱視線】の背後へ下がった俺の肌すらも灼く破滅の暴威を振り撒いて……────彼女は静かに、ただ一言。
「防がれたわね」
「はぁ……???」
目前へ迫っていた夥しい数の弾幕を全て吹き飛ばし、至る所に撒かれ小賢しくも死ぬほど効果的だった罠を全て消し飛ばし、斉射直前と思しき次弾の弾幕までも一切合切を灼き尽くした【六耀を照らす鏡面】第三射を受けて────
「っっっ……はぁあッ! こッッッッッわ! ガチめの容赦なし‼︎」
「…………」
吹き散らされた紅炎より現れた小さな姿は、二つ並んでいまだ無傷。流石に素受けではなく、熱線放射直前に壁を張ったのは見えた……が、それにしてもだ。
「壁張ったくらいでアレを受け切る……?」
「ただの壁なら鋼鉄だろうと燃やし尽くす自信があるけど……見間違いじゃなければ、今の【炎核竜鋼】の再現物じゃないかしら? そんなもので厚壁を何枚も張られちゃったら、流石に受け切られても不思議じゃないわね」
「サラ……なんて?」
「【炎核竜鋼】。炎の大精霊キドゥンの秘所で採掘できる特殊鉱石で、すぅーっっっごく重たくて装備転用が難しいけど抜群の炎熱耐性を備える稀少鉱物よ」
「んなもんサラッと〝創造〟で持ち出すアイツらに呆れりゃいいのか、それを真っ向から蒸発させた雛さんに慄けばいいのか俺もうわかんねっすわ」
敵も味方も化物ってか秘める能力が大怪獣のソレ。そんな彼女らが好き放題に暴れ散らかす舞台で生き残ってる俺も大概なのは自覚しているが、これでも無様を晒さぬよう胸中必死で喰らい付いている事実を是非とも大衆に知っていただきたい。
しっかしまあ、平常運転でワーワー騒いでる赤いのはともかくとして……こっちも平常運転でクール極まってる青い方は流石の一言。もうなんか謎の貫禄すら感じさせる迫真のダウナーポーカーフェイスだ、見習っていきたいな(?)────
……で、
「来るわよハル君」
「来ますねぇ……」
攻めは苛烈を通り越して天災、守りは堅牢を通り越して紙の対義たる神の領域。ほんともうどうするかまた一つリズムを変えてつついてみようかと困っている俺を他所に、もう何度目か何十度目か展開されるは魔法の雨霰。
雷の槍、土塊の砲弾。おそらくはこれまで通り、馬鹿弾数にあるまじき馬鹿ホーミング性能を付与されているのであろう俺泣かせ特化の矢玉が数百だ。
いやマジで、なにも仕事できてねぇ。
舞台の端から端まで追い回されながら僅かな隙で反撃を差し込んではいるが、逃走の果てに余力で小突く程度じゃ『障壁』がビクとも……──と、《天歩》。
「っと、くぉあッ……!」
一斉に放たれた雷土の弾幕が実にイヤらしい速度差を以って複雑な軌道を描き、これ自動追尾オンリーじゃねえなと確信を抱かせる予想不可能なランダム挙動を入り混じらせ、宙を翔ける俺から的確に余裕と自由を奪う。
正直、常時《鏡天眼通》を切りたいレベル。しかし思考加速の金眼を最低倍率で起こしても最長持続は三分少々、それより欲している攻撃予測の銀眼に関しては単体起動でも一分強が精々。緊急局面以外でおいそれとは頼れない────
「ぅあっぶねぇッ‼︎」
ザワリと背中を駆け巡った嫌な予感に従い、振り向きざまの大鎌一閃。
おそらくは座標指定の条件起動。なんらかの罠を起こす役目だったのだろう虚空に湧いた魔法陣を水光の刃が打ち払い、解けた魔力が散って消える。
然して、危地を脱した訳でなければ降り掛かる致命が減った訳でもない。
反射の行動は事故死を未然に防いだ最適解だったかもしれないが、その先に待ち受けるのが死の一秒先延ばしでは結果は同じ────つまるところ、
散らされてなお罠としての役目を果たした一手により弾幕に逃げ場を防がれた俺は、おおよそ二秒後に雷と土塊で滅多打ちにされ召されるだろうということ。
ならば致し方なし、こうだ。
「《フラッド》ッ‼︎」
翳す手は天に、溢れるを通り越して炸裂する〝水〟は全周に。
流石に先の【銀幕】戦でのバグり様に比べれば大人しいものだが、それでも常識の範囲外。クランツアーを経て獲得した《水精霊の祝福》スキルは存分に機能を果たし、元より出力のイカれていた水の奔流を更なる異常へぶち上げる。
結果、一地点から奔出した爆流が形成するは大津波。
水魔法が生み出す〝水〟は絶縁体の超純水。リアルに迫るリアルの癖してファンタジー的あるいはゲーム的に物理現象をオーバー表現するアルカディアにおいて、即ち水魔法は雷魔法に対する絶対の盾と成り得る好相性。
果たして狙い通り、激流に身を任せながら見開いた双眼にて打ち消される雷槍百余りを目視。更には雷のように解けるまではいかずとも、ただでさえ動きの鈍かった土の低速弾が水の抵抗を受けて更なる速度低下を起こしていることを確認。
残す弾幕到達まで推定六秒、つまり猶予は十二分。
「『廻れ水渦、撚り集え波濤、像なき盾は心意に宿り、容なき刃は現に揺らぐ』」
特殊スキル《水精霊の祝福》が特殊効果、水中適応能力の一つ。
本来ならば叶わぬ水中での口語を紡ぎ、また常人の身体を容易く砕くであろう激流をそよ風のように受け流しながら────奇跡を迎え撃つ魔が成り立つ。
《メイルストロム》は長らく俺が欲していた『攻守万能水魔法』であり、特筆すべき長所は思い付く限りありとあらゆる応用が利くという点にある。
結構な威力を備えた空飛ぶ水の丸鋸として通常ただ撃ちするのもヨシ、身体を基点に滞空発動させてなんちゃって攻性防壁とするもヨシ、投げ放った武器を基点に遠隔発動させてトリッキーな不意打ちを演じるもヨシ。そして、
────周囲の水を取り込ませ、即席大魔法とするもヨシだ。
「うわっ、ちょ、また新技ぁっ!?」
耳に届いたちみっこの声を他所に激流は加速し、渦巻く水が抱いた土塊を千々に砕く。事前に放った《フラッド》の非常識な水量が、そのまま大渦の構成素材だ。
期待に応えられず申し訳ないが、残念ながら既存技。アーカイブにも山ほど動画が上げられている火力型水魔法士の王道コンボ……だが、
MID:1500かつ祝福持ちの実践例は世界初だろう。オラ見晒せ。
「せぇ……んのぁッ‼︎」
大輪、投擲。
「ッ────リィナ!」
「んっ……‼︎」
直径二十メートルは下らないだろう巨大水鋸を投げ放つと同時、双子(非血縁)の声を聴きつつ一も二もなく全力疾走。向かう先は勿論のこと────
「エスコート失礼ッ!」
緊急時につき余計な言葉なく、微笑で答えたお姉様の元。
腰を抱き上げ踏み切り一歩。遠くで目標に炸裂した大水鋸が轟音を上げると共に解け、弾けた津波から退避して宙へフライアウェイ。
で、上より見下ろす眼下に在るのは……更に上を往く〝大輪〟を以って水を打ち払った竜巻を解き、性懲りもなく無傷の姿を現した双翼の姿。
「…………ビックリは、させられたかなぁ?」
「味方諸共、だけれどね?」
そろりと顔を出し始めた疲労の色は無視できずとも、優雅にクスリと笑む雛さんは平常運転マジお姉様……とかなんとか言っている場合ではないんだよなぁ?
波が去り、魔水が虚空へ溶け、常の様相を取り戻した舞台へ降り立って一言。
「さぁて……そろそろマズいっすね」
「えぇ、マズいわね」
試合開始から七分弱。残すところ三分に至り、いまだあちらさんのゲージは満タン。対してこっちは、雛さんの『銃』が順調に調子を上げているとはいえ……。
「ヘイヘーイ! そろそろ捲らないとヤバいんじゃないのーっ?」
と、相変わらず元気な赤色の言う通り。対双翼の立ち回り上は必須だったとはいえ、件の【紅より赫き杓獄の種火】を切り開幕瀕死な馬鹿一名。
つまるところ、このまま鼬ごっこを続けていれば時間切れで俺たちの負け。残り体力の比率による、避け得ぬ判定が待ち受けている訳だ。
どうしたもんかね……────いや、まあ、どうしたもんかもなにも、
こうなるともう、択なんざありゃしないんだけどさ。
「んむー……っとに、試合前に言ったでしょうが」
斯くして、なおも躊躇う俺に、おそらく向こうも痺れを切らし。
「忖度ナシに遊んだげるから、思う存分に全力で挑んできたまえよって!」
ことある毎に大先輩を公言する、赤いのが代表して焚き付ける。
「リィナちゃんも言ってたでしょー? 『安心して掛かっておいで』って」
「それは言ってないけど」
「え、うそうそ言ってたし」
「意図もニュアンスも全部違う」
「そだっけ……? ま、それはそれとして」
わざとらしく、トントンと────親指で胸元を叩いて、誘い示す。
意味は明白、意気も明白、残すは俺の意思ばかり。いや意志というよりは、ちっぽけなプライドと同義の意地ばかり……ならば、まあ、ね。
「はぁあぁああぁあ…………存在自体がずっこい無敵のちびっこ共が相手なら、まあガン非難はされないと願いましょうかね?」
と、隣の相方へも一応確認の目を向ければ、
「むしろ、それこそ視たがっている人が大多数じゃないのかしら?」
「そうかな……そういうことに、しときましょうか」
当然のように微笑まれてしまい、いよいよもって退路は断たれてしまっただろう。然らば、お姉様の言葉を信じて起こすとしよう────
「〝喚起〟」
胸元のペンダントに眠る、魔を喰らいし〝桜〟の記憶を。
一応補足しておくと、なっちゃん先輩が相手でも抱え落ちする可能性があるまで追い込まれてたら普通に使ってた。それともう一つ補足しておくと、当然リィナちゃんは心の中で「嘘でしょやめて」って思ってる。かわいい。