2&2×3&3
氷を纏う凍てつく冠と、弾数を連ねるメモリの冠。互いに相手の実力を正しく認識しているからこそ躊躇いなく名を顕した双方が、一斉に地を蹴った。
どこぞの兎と比してしまえば、まだしも現実的な速度。けれどもそれは感覚が狂い倒しているゆえのことであり、いまだ一般人の目には霞んで映るような速さ。
一足、二足にて舞台を踏み潰し、瞬く間に交錯を果たした二人の刃が────
触れ、合わない。
交錯軌道上に瞬間顕現した〝氷〟が【重戦車】の得物【星隕の双黒鋼】を遮り、刹那の足止めも叶わず砕け散ったソレが目くらましの砕氷となって宙を舞う。
簡単な子供だまし。しかし視界を奪うというのはプレイヤーに対して最も安直ながら最高効率で思考の択を操作できる最大の妨害手。
皆等しく〝完全な肉体〟が与えられる仮想世界に盲目のプレイヤーは存在しない。なればこそ、真実『目くらまし』は対人戦において一切の例外なく有効と成り得る初歩の初歩にして戦術の基本。勿論のこと────序列持ちにも通用する。
視界を塞がれたなら後に残るは『勘』と『癖』くらいなもの。如何な強者といえど、思考加速もなしに叶う高速戦闘中の思考などたかが知れている。
そして、そんな残る二つの要素を深く知る者が相手とあらば……。
続く手を読むなど、容易いこと。
照明の光を映して煌めく砕氷の奥から──ではなく、地に張り付くように伏せた小柄な体躯が下方より奔らせるは足狙い。
そして行動を読み切りコンマ一秒先んじて舞台より両足を離した【無双】が、
「《絃氷六花》」
「ッぃ……!?」
宙で紡ぐは、技の音。
笑みを引き攣らせた【重戦車】を他所に、蒼刀から溢れ出でるは無尽の氷。まるで蛇の如くうねりながら駆ける六つの〝首〟が放たれて────
六角を描く定点にて煌めくと同時、領域内を瞬時に大氷が満たす。斯くして一秒と要さず屹立した、舞台の天井を突く氷の高塔が……。
「────いや、ちょちょ……ガチじゃん!」
「ッハ、なにを今更」
しかし、捕らえた者は非ず。
半径三メートル。直径六メートルに範囲を絞ったゆえの氷ならざる超硬度。もしも囚われたなら戦闘不能と同義になる牢獄の外と内から、響く声が一つずつ。
勿論、内にいる〝主〟は捕らわれた訳でも囚われた訳でもなく、
「さぁ、集中しろ。腑抜けていたら五分で首を落としてやる」
侍る氷は阻むことなく、彼にだけは逆らわず道を空ける。ゆえに薄氷の如く罅割れ散った牢の中から歩み出て、大言ならざる断言を宣い囲炉裏は笑む。
そして、対するユニも更に笑みを深め、
「あっはは、いいね────それでこそッ!」
踏み切る足は、また同時。
舞台中央にて、鋼と氷が荒れ狂い始めた。
◇◆◇◆◇
「────…………いぃやぁー、化物」
鋼が唸り、氷が舞う。精緻派手を問わぬ技の応酬、対人巧者の現極地とも言える二人が鎬を削る光景は、端的に言って異次元の一言。
対人巧者どころか嗜んですらいない者ならば、驚嘆と感心にて呆けた声を漏らすが精一杯といったところ。他ならぬ北陣営序列二位【群狼】もそっち側だ。
ハッキリ言って、二人がなにをしているのやらサッパリわからない。
いや、見えてはいるが。思考、駆け引き、欺き、全部が全部『対人戦』に則ったものであるからして、どれだけ見ようが要が視えてこない。
わかりきっていたことだが、やはり自分には〝人〟と戦り合う才がないらしい。これまで幾度となく抱いた確信をまた一つ重ねながら、ジンは笑みを零す。
まるで他人事のように────けれども、舞台に上がっている以上『他人事』などは許されぬ訳で。
「いっつも眠たそな顔して、お仕事はきちんとやるわなぁキミ」
先んじて激突した前衛に続き、今度は後衛の番が回ってきた。
零した言葉に返事はなく、それどころか遠目に目蓋が空いているかすら見て取れない……しかし、彼女の頭上。次々と顕現していく〝城〟の欠片が証。
小さな身体と、眠気に満たされているのであろう頭。そのどこに在るとも知れない────が、確かに生み出された戦意の証だ。
然らば、こちらも。
「ほんなら、俺も気張ろか。出番やで────」
いつまでも、眠たいことを言っている場合ではない。
対するは【城主】。文字通り一城を従える埒外の少女。なれば比して、彼女と同じく戦場にて一歩さえ踏み出すことなく【群狼】が従えるモノは、
「【月下浪狼】」
名前に違わぬ、無尽の猟牙。
瞬間、その身より舞台へ溢れ出すは夥しい数の〝気配〟……なれど、その姿は誰にも見えず────否、ただ二人。
〝主〟と〝獲物〟を除いては、それらの姿を捉えること叶わない。
ゆえにこそ、主の呼び掛けに応え顕現したソレ。百では利かない無数の銀狼を、観客はおろか戦場を同じくする【無双】や【重戦車】さえも認識できない。
第六階梯魂依器【月下浪狼】。秘める権能は邪魔立てされぬ狩り。
「ほな、お相手頼むな【城主】ちゃん」
〝獲物〟以外には見えず触れられぬ霊体の狼による、無数対一の強要だ。
────然して〝鋼〟と〝氷〟。そして〝狼〟と〝城〟による、
正しく埒外の闘争が、幕を開けた。
二位&2 vs 三位&2の人外大戦争。