小さき砲と弛まぬ刀
――――最も気に入っている後輩は誰かと問われた時。最古参の序列持ち『始まりの十席』こと南陣営序列第二位【重戦車】のユニは、迷わずに答える。
【護刀】……もとい、現【無双】の囲炉裏であると。
あの完璧超人を好ましく思う人間などユニに限らず数多おり、好く理由となる美点や魅力も両手の指では足りない程度に思い付く。が、特筆して〝これ〟という点を挙げるとなれば……単に似た者同士だったから、それ以外にないだろう。
【剣ノ女王】と【剣聖】。共に剣の名を冠す者たちを上に仰ぎ、またそれぞれに敬意を始めとする様々な感情を抱きながら寄り添わんとした者同士。
そして、結局のところ僅かに心を支える程度しか叶わなかった者同士。
時を重ねるごとに積まれていく共通点。差異があるとすれば『特別な想いを抱いていたか否か』という部分があるが、まあさして重要なことではないだろう。
そんな相手に、かつてユニは一方的な期待を寄せていた。笑えるほどにシンパシーを感じてしまう境遇にありながら、しかし自分とは精神性が異なる【護刀】に。
一人にさせてなるものかと喰らい付く……――つまり、後を追うだけで必死だった自分とは違い、仰ぐ者の隣を目指した他陣営の後輩に。
停滞の時期、歩み衰えようとも、決して前進を止めようとしなかった意思に。
自らの姫とは別方向の尊敬を向けざるを得ない男に、こいつならばと。いつか〝雲〟を晴らしてくれる存在なのではと、期待を掛けていた。
…………と、結果としては『今』に至った訳だが、それはそれ。
ユニが囲炉裏に抱いている感情は据え置きのまま、それ即ち『果てない成長を願うからこそ、ついちょっかいを出してしまう期待の後輩』というやつである。
然して、そんな相手と闘技の舞台にて相対するとあらば――――
◇◆◇◆◇
――――最も苦手な先輩は誰かと問われた時。そこそこ古参顔が板に付いてきた東陣営序列第三位【無双】の囲炉裏は、迷わずに答える。
南陣営は第二位【重戦車】ことユニであると。
あの飄々とした素振りは美点にも欠点にも成り得るものであり、それを苦手と言う人間は囲炉裏に限らず数多いるだろう。が、しかし。
勿論その他に挙げればキリがない魅力諸々が存在するからこそ、彼はシステムに選ばれて序列に名を連ねている。クソガキ需要だのなんだのと弄られてはいるが、その癖に否定者が極めて少なく安定した人気を博しているというのが実情。
と、そういった部分まで認め理解していてなお、なぜ迷わず即答で『苦手である』と答えるのか……――それは囲炉裏が東陣営の序列に台頭してからというもの、ことある毎にユニがちょっかいを掛けてきたからだ。
安い挑発から計画的なものまで、なにかと手合わせを吹っ掛けられた。そして苦手意識を覚えるようになった理由は、前々回の四柱で一矢報いるまでの間ひたすらに敗北を積み上げさせられたから……では、ない。
なぜ頻繁に絡んでくるのか、意図が不明で不気味だったから、でもない。
なにを求められているのか、わかりやす過ぎるほどに真っ直ぐかつ露骨で、いろいろな意味合いを以ってイラつかせられたからだ。
ユニに、ではない。
ユニと自分の二人に、だ。
期待を掛けられること自体が不服だった訳ではない。他人の望みを背負わされること自体が、腹立たしかった訳ではない。
ただ彼から……他でもない、南陣営不動の次席より寄越される期待に応えられない日々が、己が遅々とした歩みを二重に実感させられる時間だったから。
ユニと囲炉裏は、精神性はともかく境遇に関しては確かに似通っていた。それは当人たちの思い込みもあって、鏡写しとさえ思えるほど――――だからこそ、
鏡に映って、像は二倍。
追い付けず並べぬ己が二人、目を逸らせぬ現実となって足を重くした。
悪者などいない。いつだって囲炉裏が……御岳ネイトが憤りと不満を抱きぶつける相手は、他者ではなく力の足りない己であるがゆえに。
期待を寄せてくれた先輩を、嫌ってはいないのだ。けれども……そう、
『今』に至って、それはそれ。
様々な感情に折り合いをつけ、今や己も誰かさんの厄介な先輩を演じる身。似たような真似をしでかした自分が過去の心労について文句を言えるはずもない。
そうして心が晴れたならば、残っているのは純粋無比な鬱憤だけ。第十回四柱にて一つを返したのみ、いまだ無数に積まれた黒星の数々だけだ。
然して、そんな相手と闘技の舞台にて相対するとあらば――――
◇◆◇◆◇
――――互いが見やるは、互いのみ。
「さて…………【群狼】の相手は任せるぞ眠り姫。俺が南陣営の二位を落とすまで、頼むから落ちてくれるなよ」
「………………ん、ぅうん……」
「いい加減に寝息で返事をするのやめてくれないか」
つくづく息も意気も合わない相方との困難な意思疎通に苦笑を零しながらも、蒼刀を抜いた侍の碧眼は揺るがず真っ直ぐに〝敵〟を見据え、
「っし…………んじゃ、メイの相手は任せたよジン。俺が囲炉裏を落とすまで、お願いだから事故って消えたりしないでよね」
「うーん」
「すーっごい不安になる返事やめてくれるかな」
気が合うのか、ただ互いに飄々としているがゆえ空気が馴染むだけなのか。
相方と緩いやり取りを交わしつつ、黒鋼の双短剣を抜いた戦士が見開く鉄紺の瞳は…………今も変わらず、ただ真っ直ぐに〝敵〟へ。
「……――――いくぞユニ、二つ目の白星を貰う」
「――――あげてもいいよ。俺の期待を、上回ってくれるなら」
時が遷れど変わらず続く関係のまま、それぞれに『好敵手』へ歯を剥いて、
「《晴心一刀》」
「《小人の砲手》」
幾度となく交わした刃を、今一度。
似た者同士がまた一つ。