覇者(ちまっこい)
「――――……お昼明けよりも、更にサッパリした顔してないかしら?」
「まあ、はい。ちょっと仮眠してきまして」
斯くして時刻は午後五時前。ここまで長かったような短かったような『トライアングル・デュオ』は準決勝第一試合より始まる三次プログラムへ至り……そんでこっからがまた、内容てんこ盛り心底長い道のりの始まり始まりだ。
正直なところ、一時間ぽっちとはいえ眠れて良かったかもしれない。全快とは言わないまでも休息前と比べ随分と頭が軽くなっている。
〝枕〟……は、ともかくとして。しっかりと宣言通りの役目を果たしてくれた目覚まし様には感謝の念を送っておくとしよう。
で、まあそんなアレコレを白状できるはずもないので適当な返し。さすれば「あらそうなの」とサラッと流してくれた雛さんはヨシとして、だ。
昼の休憩終わりと同じく、再三の会場入りにて導かれたのは待合室。となれば当然のこと次の試合の相手が同室となる訳で……。
「――――おのれお兄さん、いらん腕を上げよってからにぃ……!」
「…………どうして、私まで」
と、向かいのソファ。容易く予想可能な大騒ぎを回避するべく〝糸〟にて制された小みっこが二人。ハハ動けまい、我には先輩の技がアリ。
赤いのは問答無用グルグル巻きが当然として、青い方も一応やんわりとソファに縫い留めたゆえに文句と不満顔が飛んでくるが許されたし。
別に普段は大して気にしないのだが……まあ、その、ね。
直前のふれあいが諸々ハッキリ記憶ってか肌に残っている分、普段通りのなですりムーブで来られると罪悪感が湧きそうだったもんだから――――
「ま、細かいことは置いとくとして」
「それ暴挙をしでかしてる側が言う台詞じゃないんですけども!」
「細かいことは置いとくとして」
「ミィナと同じ扱いは納得いかない」
「リィナちゃ~ん???」
「諸々、置いとくとして」
「…………強くなったわね、ハル君」
さもありなんですわよ雛姉さん。ウチの陣営、時には先輩だの後輩だのガッツリ無視して舵取りしなきゃ直進不能が頻発するんだもの。
「とりあえず、どうしよっかなーって話。そっちもこっちも互いの手の内は大体把握済みだけど、お前らと直接的にも間接的にも戦り合ったことないからさぁ」
「そだっけ?」
「お兄さんとミィナは日常的に戦り合ってるけど」
「闘いの日々だね。実にイスティアらしくて結構じゃん!」
「あ、今そういうの結構なんで」
「塩対応!!!」
「もう絵面を考慮せず口まで巻いとくべきか……?」
「はーん掛かってこいよ事案だってソラちゃんに言いつけてやるもんねー!」
「…………話が進まない。私のせい?」
「んー……軽口一つで盛り上がっちゃう二人のせい。で、いいと思うけれど」
面倒臭そうな無気力リィナの声と、微笑ましげに見守る保護者めいた雛さんの声。叶うなら俺もそっちに立ちたいものだが、最低限は構ってやらないと軽率に拗ねる厄介な先輩のせいで斯くありてままならない。
んで、こういうシーンでの転換点は決まって一つ。
「――――ま、別になんでもいいんじゃん?」
それ即ち、じゃれあいに満足した赤いのが真面目モードに切り替えた時だ。
ということで、影の糸でグルグル巻きにされたままの癖して余裕綽々。足をパタパタさせながら、舞台をどうしようかなど決まり切っていると言わんばかり、
「雛ちゃんはともかく、前提としてお兄さんがチャレンジャーっしょ――――大先輩が忖度ナシに遊んだげるから、思う存分に全力で挑んできたまえよっ!」
と、おふざけ抜きにして宣い笑う。
頬に浮かぶは、揶揄いではなく自信の笑み。いつもの在り様を考えればイラっときて然るべき振る舞いに違いないが、これに関しては困ったことに……。
「まあ、うん……」
「うふふ……胸を借りるつもりで、頑張りましょう?」
俺も雛さんも異論なく納得するしかない。そんな大言を宣うだけの実力が『東の双翼』にはある訳で、正直なとこあまり勝利の未来が見えていないのが実情。
こいつら、移動ができない以外に付け入る隙がないんだよなぁ……と。
詠唱職は速攻で距離を詰めてくる高機動戦士が天敵という常識も、この二人には関係ない。近距離だろうが中距離だろうが遠距離だろうが、目の届く範囲内であれば無敵――――それが『アルカディア最強の火力砲台』だ。
あのアーシェですら百人規模の大乱戦中にしか二人へ近付こうとしないというのが、実にわかり易くそのアホみたいな脅威度を示している。
つまるところ、エリアの限定された二対二という時点で攻略難度は鬼のそれ。
二年前の第一回トラデュオでは非特別枠として参戦した【剣ノ女王】&【城主】とかいう名状し難き極悪ペアに阻まれ初戦敗退と相成ったものの、昨年の第二回では圧倒的な蹂躙を経て見事優勝を掻っ攫ったタッグである。面構えが違う。
いや、面構えは普段通り小みっこのそれだが……。
「……やっぱ、これ固定タッグなのズルくないっすか? 公平を期すべきでは?」
さておき、とにもかくにもヤベェってこと。Dブロックの二回戦。本来であれば他の追随を許さない圧倒的手数を誇るはずの【足長&全自動】タッグを、更なる破滅的な火力を以って捻り潰した地獄絵図が記憶に新しく恐ろしい。
ゆえに本音半分冗談半分の戯れを零せば、リアクションは同時に二つ。
「あたしら一心同体だもーんっ!」
「私は別に、どっちでもいいけど」
ドヤ顔と無気力顔、相反しつつもタイミングはピッタリバッチリで以心伝心と見せかけて、ちょいちょいこうなるところが魅力と言えば魅力なのやもしれない。
愕然とした顔で「え???」と相方を見やる赤いのと、それを迫真スルーしてパーティテーブルから摘まんだプレッツェルをサクサクし始めた青い方。
ゆるいなぁ、と。諸々あっていい感じにリラックスできている頭で脱力している折に……――――虚空へ灯るスクリーン。即ち、訪れたるは定刻。
『お待たせしました準決勝!!! 張り切って、参りまっしょーう!!!!!』
そんな相も変わらず賑やかな司会役の声と共に、四つの姿が舞台へ現れた。
リィナちゃんは甘いものが苦手。