Nier love it
――――聞くに、あからさま疲労を隠せていなかった俺が心配になったとか。
とはいえ迫真の全世界配信。みっともない姿は出来得る限り晒さないよう気張っていたため、画面越しに易々と読み取られるような表情はしていなかったはず。
実際ひよちゃんこと三枝さんにも「そんなに心配するほどかなー?」なんて言われたようだが、しかしニアの目には重ねて『あからさま』だったらしい。
で、大丈夫かなー大丈夫かなーと無限にソワソワしていたところを……。
「成程、匙を投げられたか……」
『そういう言い方どうかと思いまーす』
鬱陶しい思いが臨界に達した親友の手により、デリバリーされてきたと。
…………………………まあ、それは別にいいんだけどさぁ?
「――――なんすかこれ」
『なにって、膝枕ですが』
「行為を問うてんじゃなく意図を問うてんだよなぁ」
有無を言わせずワーッと連れて来られた瞬間こそ、俺と一緒に困惑していたものの。一体全体どうしたと首を傾げつつ部屋へ招き入れた途端、割り切ったのか何なのか元気を取り戻したニアに押されるまま気付けばソファでこの始末。
なにこれ、労い?
労わるなら、平穏和やかに休息時間を全うさせてほしかったものだが……。
『ずーっと気を張って、めーっちゃ疲れてるでしょ』
「それはまあ」
『だから、枕と目覚ましになってあげる。安心してお休みなさいな』
「『だから』が接続詞としての役割を果たしてないですね」
とのことで。いやまあ言いたいことはわかるし気遣いも十二分に読み取れるが、それにしたって『枕』までは必要ない。
てか、お休みったってな……仮眠するにしても次の会場入りまで一時間程度しかないため、そもそも寝る気なんざない訳で――――なんて、
「む……」
意思の表明をしようとしたところ、先んじて人差し指に口を塞がれた。
『別に寝なくてもいいから、目瞑ってなよ』
次いで、指を退かして口にしようとした文句も優しい声音に堰き止められ、
『万が一でも寝落ちしちゃったらーとか、もうそういう心配も要らないでしょ』
「…………」
『なんも気にせず、グデーっとしてればいいの。お姉さんが見守っててあげる』
額に掛かる髪を払う細い指の感触と、頭上から降る柔らかな表情が……――いともたやすく、こちらの思考から抵抗の意を奪い去って行く。
「………………最近のお前、卑怯だぞ」
だから、今に対する文句ではなく最近の在り様に対する文句を投げ付ける。
しかし、けれども『お喋りしてないで休みなさい』とでも言うようにスマホを横へ放った彼女は、言葉なく自然な顔で首を傾げるばかり。
ほんと、こいつ、卑怯。
「もう狙ってやってんだろ、ソレ」
そう言いつつ半眼で睨み上げれば、返ってくるのは『なんのことだかわからないなー』とでも言うような惚けた笑み。
悪戯っぽい色が含まれているところを鑑みるに、完全なる故意犯である。
――――年相応の我儘を隠さず、素直に甘えてくるようになったソラ。そして日に日に容赦なき攻勢を増し、隙あらば王手を仕掛けようとするアーシェ。
俺だけでなく、俺の周囲も少しずつ変わっていくのは当然だ。
然らばニアはどう変わったのかと言えば……――――変わらない。より正しくは、彼女は一面を増やして俺を落としに掛かっている。
それがこれ。完全なる年下扱い。
普段の騒がしい在り様とのギャップがありすぎて非常によろしくない。ちょいちょい以前までにも見せていた部分ではあるのだが、最近のニアは意図して二面性を使い分けている節がある……というか、もう今に至っては確定だな。
こんにゃろう、武器を自覚しやがった。で、ということはつまり――――
「あー、もう、ほん……っと、…………」
それがこの上なく俺に効くという事実を、彼女が察しているということで。
紛れもない照れ隠し。膝側に顔を倒し、そっぽを向いた俺を見守りつつ笑む気配。優しく髪を梳いてくる手から、逃れる意思も気力も湧かず。
「……………………………………………………………………、……ニア」
何十秒に及ぶ熟考の末、遠慮やら理性やら罪悪感などなど諸々の感情が介す脳内会議が決に至ると共に、本位不本意の狭間にて絞り出すように名前を呼ぶ。
さすれば、言葉を促すように頭を撫でる彼女に、
「寝る、かも……しれない、から。万が一で、目覚まし頼んだぞ」
どうしようもなく白旗を振ると、ただただ満足げな息が耳に届いて。
目蓋を下ろし、髪を梳く指先の温もりを受け入れながら――――平穏の内いつ意識を手放したのか、当然のこと俺自身は知る由もない。
スキンシップのガード緩み月間につき無事お姉さん遂行。