銀幕に笑む身儘の白 其ノ伍
水輪の刃に散った【散溢】殿の残滓こと死亡エフェクトを宙へ残し、ダメージは凍結せども逃れられない被弾の衝撃諸々に絡め取られた身体が落下する。
そして数秒と掛からず、いまだ晴れぬ粉塵に呑まれ――――
「おごっふッ……!」
受け身も取れぬまま背中より着地。激甚の痺れがアバターを支配すると共に、ステータスバー下部に当然の如く強制硬直アイコンが瞬いた。
これである。ニアの渾身作こと【蒼天六花・白雲】が秘める機能は確かに凶悪ぶっ壊れ仕様だが、別に絶対無敵の最強仕様という訳では勿論ない。
何故かと言えば簡単な話。根本的に俺のビルドが頑強を欠いた欠陥構築であるため、被弾による怯み云々の不利効果への耐性が極めて低いからだ。
それゆえ実質不死となる効果時間中でも敵の攻撃を一切無視して攻め立てるなんて無法もできないし、効果満了時のアレも有効活用するには工夫が必要。
これが例えばパーティプレイであれば緊急時の延命手段として起動し、耐えつつ味方の援護を待った後にカウンターへ転じるという使い方もできるが……まあ、ソロや今回のような同数同士の少数戦ではぶっちゃけ頼りづらい。
現に今、俺は大の字で超特大の隙を晒している訳で――――そして更に、
「ッごヴぁっは……‼︎」
十二秒経過。からの数秒足らずとない猶予時間中に何者へもタッチが叶わなかったため、行き場を失った凍結ダメージが純粋無比な自傷爆弾となって体内で炸裂。
先の墜落にも勝る衝撃がアバターを駆け抜けるが……幸い、いつだか土竜にやられた残虐ぐりぐりストンピングと比べれば蓄積威力が雲泥の差。身体が吹き飛ぶこともなく、壁ドン(ソロ)あるいは床ドン(ソロ)による事故死は免れた。
――――と、それはまあヨシとして。
困ったことに、状況は悪い。結果としてはあっちとこっちの1:1交換だが、こっちが落とされたのは大技こと大魔法を行使した雛さんである。
対してあっち、残ったのは大魔法ってか極大魔法を行使した……即ち、場に敷かれた〝頽廃歌〟の効果によって大技の『詠唱無用』がアクティブ化されている状態の【銀幕】殿。言うまでもなく、紛れもない不利状況だ。
当然のこと、あんなもん連発でもされたら文字通り身が持たない。つくづく彼あるいは彼女の思い切りを読み違えたのが痛かった。
まさか相方のフォローを切り捨て、いきなり諸共殲滅を狙ってくるとは……。
………………。
…………………………。
………………………………………………。
――――で。そんな暴虐を働いたばかりの御仁が、一体全体どうしたことか。
「なにか、お話でも?」
わざわざ、わかりやす過ぎるほどの隙を晒している敵の隣へ来てまで。粉塵の中から姿を滲み現した銀色の麗人が、目を細め俺を睨んでいた。
いや、それこそ単に粉塵を避けているだけの表情かもしれないが――――
「「………………」」
待てども言葉はなく。転がる俺と立つ向こう、ジッと互いを見やる謎の時間を経て、甚大極まる暴虐の余波が少しずつ晴れていく。
然して、訳のわからぬ状況を捉えた観客のざわめきと共に、
「「――――ッハ」」
俺たちは互いに、目くらましに紛れて互いが用意していたモノ。それぞれが背後に背負った百を優に超える弾幕を見上げて、似たような顔で笑った。
いやはや『詠唱無用』……延いては『無詠唱魔法』ってやつは冗談抜きで便利なこった。身体を動かせずとも戦闘続行が可能となるってのが秀逸すぎる。
ってな具合に、俺とて自由の利かぬ間も継戦を果たしていたのだがそれはそれとして。他でもない権能の主がコレを読まなかった訳もあるまい。
ゆえにこそ、わんさか護身の槍玉を引き連れてきたのだろうが……そもそもこうして近付いてくる意味もなければ、極論さっきのアレを連打してればいい話。
それでも簡単に潰されるつもりはなかったが、やはり意図は読めな――――
「おい」
「はい」
突如の呼び掛けに、反射で答える。すると彼あるいは彼女は、一瞬前の笑みは気のせいだと言わんばかりの仏頂面にて、
「動くな」
仮にも戦闘中の相手に対する無理難題を言いつけて、その瞬間。前触れなく放たれた百を超える大岩の杭が、轟音を打ち鳴らし目標へ突き立った。
◇◆◇◆◇
「《ベイルダウン》」
舞台へ突き立ち円を描いた石柱に併せて、詠唱保留を解き法を重ねる。
地牢の結界が齎すモノは、外と内の断絶。端的に要を表せば堅牢なる全周防御魔法――――それからオマケに、ちょっとした防音機能が付随するくらいだ。
斯くして、内。
「………………え、と……どういう、おつもり」
「――――今回は三十分もやれねぇから、三分やる」
命令通り動かず大の字で、つまり五体満足で床に転がったまま。目を白黒させて現状に流された【曲芸師】の疑問を遮り封殺する。
問いなんて求めちゃいない。答えを要求するのは此方だけ。
「放っとかねぇどころか、大層な啖呵を切ってまで私に構う理由はなんだ」
「それは」
「間違えんなよ後輩。私は自分が嫌な奴だと自覚はしてるが、クソ野郎になりたい訳じゃない。だから七面倒でも、必要なら話くらい聞こうかと思うだけだ」
「…………」
「納得させてみろよ。なんで私がお前と遊んで笑わなけりゃいけねえのか」
それこそ『嫌な奴』めいて、大人げない言葉を並べ立てている自覚もある。けれども、なればこそ適当に歩み寄ってくるやつを追い払う義務がある。
目の前のコイツみたいな相手なら、猶更。
クソみたいに理不尽な手に晒されてもなお、焦りでも呆れでも文句でもなく――――ただ純粋な笑みを撒き散らすような無邪気なアホが相手なら、猶更。
「私はな、別に現状でいいと思ってんだよ。気に入らねぇは気に入らねぇが、仕方ねぇは仕方ねぇ。思い通りにならねぇなんて現実も仮想も……どの世界だって」
相槌はなく、茶々も入れず、ただジッとこちらを見る瞳へ叩き付ける。
「ままならねぇもんだってな。諦めてんじゃなく、納得してんだよ」
世の中、思い通りにはならないことばかり。今時は子供でさえ知っている常識。それらに折り合いを付けるなど、それなりに人生を歩いてくれば慣れたこと。
「性格も振る舞いもポーズじゃねぇ。勘違いさせたら悪かったな――――これはただ、誰にも不必要に良い顔せず本音を晒すっていう私の素顔だ」
その一環で不平も不満も呑み込まぬがゆえ……誰かのような度を逸した〝お人好し〟を勘違いさせ、気を遣わせてしまうのを悪いとは思う。
けれど、それも。
「必要ねぇぞ。放っとけ――――私は、いつだって〝今〟を認めてる」
こうしてなに一つ呑み込まず、本音を晒して『否』を告げる。
そうすれば、誰だって……かつて似たような風に歩み寄ってこようとした東序列の連中とて、誰しも『そういうものか』と納得してお節介は引っ込めた。
それでもなお構ってくるような物好き連中とは、友人とは言わずとも知人となれた。それでいい、それで十分、嫌な奴には不相応なほどの厚意だ。
だから、
「さぁ、答えろよ後輩」
ここまで、平坦に、軽々に、ただ事実を言葉により列記した【銀幕】が言う。
「私は別に、孤独に囚われたお姫様でもなんでもねぇぞ」
ただ純粋に、厚意を以って。無駄なことはここらにしとけと、曲がりなりにも先輩として後輩を嗜めるように――――斯くして、言葉を伝え終わると共に、
「――――っは」
倒れ伏すままの〝奴〟は、いっそ不遜なまでの笑みを吐き出して、
「アンタのためを思ってお節介なんかしてねぇよ」
言い捨てるように言葉を放ち、ゆっくりと立ち上がった。
ここまで大体一分半。外ではノノミちゃんがそれはもう頑張ってる。