銀幕に笑む身儘の白 其ノ壱
瞬間、空気が切り替わったことを明確に察する。
生意気極まる後輩の啖呵を受けて、呆れたような顔で『なんだコイツ』と遠慮も容赦もない視線を飛ばす【銀幕】は……果たして、いまだやる気は発さずに。
「……なんでもいいが、一つ言っとく。イラつく程度ならともかく――――」
羽織るローブの衣嚢に両手を突っこんだまま、内に戦衣を纏う麗人は、気だるげな銀瞳の下より真っ赤な舌を覗かせて――――
「本当に私をキレさせられたら、大したもんだぜテメェ」
笑うでも嗤うでもなく言い捨てて、つまらなそうに呟いた。
「《狂奏に酔いし頽廃歌》」
そして輝き奔るは菫色。彼あるいは彼女を認識する者の全てに作用する権能が起動し、戦場を等しく銀幕のルールが支配する。
然らば、アバターに宿る奇跡を掌握されたプレイヤーに起こる変調は二つ。
即ち〝封印〟と〝暴走〟……『ステータス』『スキル』『魔法』の内にて残されるものは一つだけ。初見では間違いなく適応など不可能であろう暴力的な強化を施されるソレは、対応した三つの演目にて振り分けられる。
『ステータス』を司る〝行進曲〟が一つ。
『スキル』を司る〝血舞踏〟で二つ。
そして『魔法』を司る〝頽廃歌〟にて三つ――――ってな訳で……ハハ、まったく、いきなり冗談キツいほど身体が激重なこって。
『ステータス』の数値が封印されたことで超人的な身体能力が消え失せ、また『スキル』の全てが封印されたことで身体に宿っていた超常の力が沈黙する。
残されたのは『魔法』……それと、これもステータスバーとはいえど最低限のお情けめいて残されたHP及びMPのみ。魔法だけ残されたとて、肝心の精神ステータスが消し飛んでいるのではという疑問に関しては……――空間を満たすノイズ。
旧い映画のフィルムグレインめいて戦場を揺蕩う、細かな銀色の粒子が答えになる。アレこそが俺たちの身体から一時的に締め出された〝奇跡〟の姿にして、かの【銀幕】を指揮者に据える領域を形作るモノ。
仮想世界の恩寵を映す、仮想人類の生命。
……とまあ、聞いた話だけではなんのこっちゃわからないが、要はアレが俺たちのステータスに変わって『スキル』や『魔法』を発現させる媒体となる。身体能力は地の底だが、許された超常の力のみは問題なく行使できるということだ。
いや、問題ないどころか大問題のまま行使できるってな具合だが――――
なにをどう気張るかは考えてきた、ならば畏れずノッていくだけ。
さぁ、それでは共に唄おうか? はい、せーの!!!
「――――『穿つ水釘、威止める鉤翅』ッ!」
「――――『逆巻け塵風、疾く駆けよ一足』!」
まず俺とトニック氏、同時に前へ踏み出した前衛が口火を切り、
「――――『護り火は胸に在り、愛を手向けて哀を灼く』」
「――――『劈け地轟、穿て礫、瞳が望むは針人形』」
次いで後衛、我が相方と彼の相方が後を追う。
それらの唄が示すのは幸いなことに、全てが乏しい俺の知識内に在る魔法。しかし、だからといって〝既存〟に収まる未来が訪れるかと言えば全く別の話だ。
「《カレントハーケン》」
「《ソニック》」
「《メルティ・ブレス》」
「《ペネトレイター》」
出でた奇跡は悉く。常軌を逸しファンタジーさえも蹴飛ばすような埒外の出力を以って顕現し、溢れんばかりの魔の暴威にて舞台を埋める。
俺が喚んだ水の〝縫釘〟は『釘』なんて生易しいものではなく、一本一本が大槍の如き威容の様。本数も本来の四本に留まらず、一斉展開したそれは十を超えて二十余り……と、最早『拘束魔法とは』と首を傾げざるを得ない規模の大魔法。
では、元より攻撃魔法であるモノならば、どうなるか? それはおおよそ十メートル先、ゆらゆら氏の背後に浮かぶ無数の大石柱が答えである。
まさしく、俺の相棒が行使する〝巨塔〟が如く。
『槍』とすらも呼べない巨大質量が殺意を吐き散らして突貫してくるまでコンマの秒読み――――なれど、そんな致命よりも先んじて対処すべき致命が一つ。
風を従え豪速を以って俺の懐に飛び込んできた、他でもない【散溢】の姿。
無手の突貫、しかし彼の両手は得物がなくとも今の俺にとって致死のソレ。ステータスが無効化され現実の肉体よりちょい優秀程度のアバタースペックを強制された現状において、トニック氏が俺に駆け引きを目論む必要はない。
ゆえにこそ予想は叶い、対処も叶う。
「――――おっ、と……!?」
戦闘前に【早緑月】を喚び出し、わざわざ腰に差して見せたブラフが通ったのだろう。俺のアバターに宿る〝想起〟が『スキル』ではないことを知らぬ彼は、突如として目前に現れた超質量の大戦斧に進行を阻まれ驚嘆を晒す。
ってことで、隙アリだ――――ハーケン斉射。
「うぉあっぶなぁッ!!?」
至近からの全弾発射は真実超人スペックの体捌きによるバックステップで躱されてしまう、が……まだ。
これで終わらないところが、銀幕の舞台の最高に楽しいところだ。
記憶転写、イメージ構築、出力設定――――再顕現。
「っは? ちょッ……!!!?」
「遠慮なしでいくぜ【散溢】殿ぁッ!!!」
ハーケン五十本、一斉掃射。
術者たる俺の視界すら奪う水槍の雨を解放し、驚嘆を通り越して驚愕の悲鳴を上げたトニック氏を拘束どころか磨り潰す勢いで致死を撃つ。
更に起動、《水属性付与》小兎刀。
刃に伝う〝水〟の色は【銀幕】の舞台に只中にて輪郭をなぞるだけに留まらず、振りの速度を食わずとも伸長した鋒は静に在って大剣の如しだ。
でもって、手札は惜しまずフルスロットル‼
「 顕 現 解 放 」
左腕掌握――――Ver.【刃螺紅楽群・小兎刀】+極大エンチャ。
そうら、ぶっ飛べ。
「《玉奪の輝剣》ァッ!!!」
空を駆けるは水輝を宿した巨剣連弾。迎え撃つは、ハーケンの弾幕が生み出した高波と水煙を穿ち飛来する大石柱。果たして相殺は……――――叶う。
斯くして、地獄のような音響を撒き散らしながら宙で激突する大質量同士。けれどもホッと一息ついている暇なんざ在りはしないし、当然のように無傷で不意打ちをやり過ごした【散溢】殿の姿を確認して悔しがっている場合でもない。
かの【熾揮者の舌鋒】が操る《狂奏に酔いし頽廃歌》にて齎される無法は三つ。一つは単純極まる『出力超強化』、二つは『消費魔力超軽減』。
そして三つ目は『詠唱無用化』。一度でも詠唱を終えて発現した魔法は、その後ノーキャストで幾らでも放つことができるようになるというぶっ壊れポイントだ。
つまり、どういうことかと言えば、
「……まあ、やるじゃねえか。よく凌いだ――――じゃあ次いくぞ」
俺が《カレントハーケン》を連射して見せたように、ゆらゆら氏もアレを軽率に連射できてしまうということ。言葉一つで背後に顕れた致死の暴威がその証左。
全くもって、ふざけてる。それはもう、ふざけ倒しているくらいに……。
「――――っは……‼」
クッッッソ楽しい〝力〟じゃねえかよ。
やっぱ損だと思うんだよ先輩、そんなの持ってんならさ――――
「雛さん!」
「任せなさいっ!」
もういろいろ諦めて、楽しめるように頑張った方が楽しくね? ってさ。
背後から俺を追い越した極大の熱線が、再度飛来した大石柱を灼き払い一掃しながら空を裂く。MIDを封じられた分の威力低下は自前の超強化された強化魔法にて補填して、ご機嫌に第一射目をぶっ放した結果がコレだ。
銀幕の指揮者による支配の抜け道その一、装備のスペックによるゴリ押し。
かの魂依器の権能が齎す封は、あくまでもプレイヤー本人に宿る〝力〟限定。ならば後付けの装備品は勿論のこと、魂を分けてヒトの隣に在る魂依器や語手武装などのユニーク品が極めて有効な突破口と成り得る。
目には目を、無法には無法を、世の常だ。そして併せて――――
「『廻れ水渦、撚り集え波濤、像なき盾は心意に宿り、容なき刃は現に揺らぐ』」
差し向けられた無法にも乗らせていただいて、同じ舞台でやり返すのみ。
「《メイルストロム》」
大熱線により消し炭にされた岩塊の残滓が舞う最中、新たに顕現するは水の輪っか――――轟と音を上げて回り迸る渦潮が如き、激流の大円刃。
それを、とりあえず五つばかり適当に宙へと従えて、
「やるじゃん先輩、流石だぜ――――じゃあ次いくぞ」
「…………ちっ、クソ生意気な後輩がよ」
歩み寄るも、いまだ向こうに笑みはなく。
こりゃ長丁場になりそうだと改めて覚悟を決めて、また一歩を踏み出した。
魔法大戦争開幕。