Let's hang out
「――――いや、なんつぅか…………こう、熱狂的すね……?」
「うふふ……いわゆる、強火ファンの比率が高い人だから」
今日三度目となる舞台入場を終えた瞬間、仮想の鼓膜に痛打を与えた莫大な歓声の〝色〟が若干なり異なっていることは即座に気付いた。
要は、混じる言葉の量と熱の問題。
一度は去り、そして戻ってきたというドラマティックな経緯も多分に関係があるのだろう。咽び泣かんばかりに再来を喜ぶファンたちが、一様に名を呼ぶ者……。
即ち、彼あるいは彼女は、至極鬱陶しそうな表情を隠しもせずに立っている。
元を正せば別に『序列持ち』は人気商売でもなんでもないが、情報社会の現代において多くの視線に晒される立場にある者としては暴挙も暴挙。
けれども、わかるよ。
「アレがイイって人たちは、山程いるだろうしなぁ……」
だからこそ、己には出来ぬ振る舞いを魅せ付ける強者が目を惹く道理。
基本ああいった感じは、是非どちらに関しても際限なく声が高まるのが常ではあるが……そもそもの話、アルカディアは娯楽の世界であるゆえに。
悪辣非道な迷惑行為をしているのでもなければ『個人の楽しみ方』の一言で正当化できてしまう訳で、推す側とて大手を振って推せるのだろう。
だからまあ、唯一の切ない部分はと言えば……――
「ちっ…………クッソ頭に響く……」
「はは……まあまあ、顔が怖いですよ」
肝心の本人が、その扱いに関して遺憾しかないという点だろう。隣のトニック氏が思わず宥める程度には、熱狂に晒された【銀幕】殿は気分が優れないらしい。
ただし、その辺も加味して。
「いやぁ、ゆらゆら氏っすねぇ」
「えぇ、ゆらさんね」
それでもなお、こんな舞台へ律儀に顔を出してしまう辺りが最高のキャラ立ち。
応援メッセージに関しても文句は返さず『勝手にしろ』などと言っていたりなど、向けられる好意を打ち捨て切れないのが彼あるいは彼女の魅力だろう。
見事なまでに、ただのツンデレである――――
「……おうコラ、下らねぇこと考えてんなよテメェら」
と、視線だけでなく声までバッチリ聞いた上での判断だろう。ドスの効いた声音と共に向けられた銀色の瞳にジロリと睨まれるが……。
「雛さん相手でも口調に容赦ないんですね。一貫してるなぁ」
「まあ、同期だし。私としては、むしろ親しみに感じて嬉しいのよ?」
「親しみ……」
「ハル君も、その気になったら敬語を抜いてくれて全然いいんだからね」
「〝雛さん〟で勘弁してください。もうリクエストには応えましたよっと」
「もう、つれないわね。ゴッサン相手には友達みたいに接している癖に」
「それはあの大将殿の独自キャラ性ゆえというか、ですね。そもそも俺、目上相手に敬語省いて喋るとか本来は無理寄りの人間なんで……」
「私、こう見えてハル君よりも年下かもしれないわよ?」
「こんな年下がいたら情緒グッチャグチャですよ。やめてください――――」
――――などと相方のお姉様と戯れていると、殺気が一つ。
「………………アイツら、もう磨り潰していいと思うか?」
「お、意外。割かし勝つ気あります?」
「やる気はねぇけど、イラつきは今クソほど湧いたわ」
なにやら物騒な会話も耳に届き、再び視線を向ければ……好まぬ舞台という負荷も手伝ってか、平素より六割増しで機嫌が悪そうな顔が目に映る。
ははは……――――いいぞ、もっと怒りたまえ。
怒りだろうがなんだろうが、無感情よりは百倍マシだ。
「っし、火は点いたみたいっすよ。こっちも温度上げてきましょうか」
「えぇ、そうね――――あなたに巻き込んであげましょう」
彼あるいは彼女が序列持ちに出戻りして以降、俺は何度となく素直にそれを言葉にしている。他でもない、己がアイデンティティみたいなもんだから。
言葉にして口にしているということは、話す相手がいたということ。
それは誰かと言えば『先輩』あるいは『後輩』あるいは『同期』を語り聞かせてくれた東陣営序列持ちに他ならず……つまるところ俺がそうしたいと思っているのは、トラデュオ以前より雛さんも知っているということだ。
それゆえ、今更ミーティングなどで話さずとも相方の思惑は察していたのだろう。それこそ、一回戦を勝ち抜き〝対面〟が決まったその瞬間から。
即ち、結論。俺は、あの目つきの悪い先輩と戦う気は毛頭ない。
いつだか孤独を拗らせていた『お姫様』の時と同じように、勝ちだの負けだのを気にするつもりも一切ない。何故ならば――――
「先輩」
「あ?」
背中を預けた相方を残して歩み出し、声を掛ければ威圧の返し。
本当に反応の予測が容易過ぎて笑いそうになるが、怒るにしても不快な怒りを与えたい訳ではないのでポーカーフェイスで呑み込んでおいた。
そうして、ながら〝想起〟で喚び出した【早緑月】を鞘ごと【蒼天六花・白雲】のベルトへ差しつつ……準備と並行して、意識を研ぐ。
いつの間にやら既に幕は上がっている。ならば開戦の徴となるのは、互いの意気か距離一つ。ゆえに直前、テリトリーに踏み込む一歩手前で歩を止めて、
――――重ねて、俺は【銀幕】と戦う気がない。何故ならば、彼あるいは彼女が〝戦い〟に興味を持たぬ人種であり楽しむことが出来ないと公言しているから。
ならば、そう。煽り文句など、ただ一つ。
「さぁ、俺と遊ぼうぜ。なお古参序列称号保持者ともあろう御方がいいカッコ見せてくれなかった場合、可愛い後輩から後で死ぬほど煽り倒されるものとする」
「……、…………テメェのどこが可愛い後輩なんだよ、この野郎」
なっちゃん先輩に引き続き、酷い言われようだ。
とまあ、それは置いといて、もう一つ。これもまた、かつて独りで至極つまんなそうな顔してた『お姫様』に投げ付けた台詞を、
「いくぞ先輩、覚悟しろ――――死ぬほど楽しいって言わせてやんよ」
オマケに付けて、いざ始めるとしよう。
勝手だろうがなんだろうが、最後に全員笑えば万事ヨシであるものとする。