城主
「どこから行く?」
「そりゃ正面だろッ!」
「了解。抱け――――」
おもむろに相方が一歩を踏み出すと同時。投げ掛けた端的な問いに返された同じく端的な答えに一つ頷くと共に、足元の己が影を爪先で叩いた【不死】が囁く。
「《黒天の鵬翼》」
《纏身》にて呼び覚ました別次元の自分。齎す変容が幸運を精神へと置換し、更に一極して上積みされた力が純魔法士を容易く凌駕する魔力を生む。
【不死】のとある特性を犠牲にして成立させる、完全後衛支援特化形態。求めに応じ〝燃料供給係〟として割り切ったテトラが、影を相方へ繋いだその瞬間。
《転身》にて裏返った別次元の姿にて、筋力一極型パワービルドの代表めいて名立たる【剛断】の姿が――――掻き消えた。
異常に反応できたモノは、ただ一つ。
その瞬間、当然の如く反応が追い付いていなかった司会役ではなく。数秒を置いても理解が追い付くか怪しい観衆でも、勿論なく。
そして、舞台にて唯一己が能力を以って捉えられた可能性があった【無双】の侍でもなく……――ましてや、目を閉じたままでいる彼の相方でもなく。
それは、仮想世界に君臨するただ一つのモノ。
「――――ッハ、まあ、だよなぁッ……‼」
果たして、比喩なく、かの【曲芸師】に迫るであろう速度を以って直線を駆け抜けたオーリンの大剣を囲炉裏の目前で防ぎ止めたのは、
白亜に輝く、一枚の城壁。
轟音が劈き、衝撃が迸る。されど宙に浮く〝欠片〟は砕けることなく、虚空より出でた姿のままで、大地さえ割るであろう剛撃を揺らぎながらも受け切った。
「…………起きていてくれて、なによりだよ」
「はは、悪いな。ウチの眠り姫が苦労を掛けてるようで――――ぅおった!?」
然して、薄っすらと向かいが透けて見える〝壁〟越し。様々な意味で呆れた様子の【無双】と【剛断】が気の抜けた言葉を口にし合う最中。
更に顕現した黒樹の巨柱が後者の頭上より降り落ち、地を揺らす轟音と共に生じた激甚の余波によって咄嗟の回避をこなした身体を後ろへ飛ばす。
更に、更に、止まらず。
「…………ん」
気だるげな声音が、単なる吐息を逸し意思を宿して空を震わせ――――溢れ出でるは、広大な舞台を埋め尽くさんばかりの〝パーツ〟が無数。
「おぁあい…………マジ、どうすっかなぁコレ……!」
「……覚悟決めたんでしょ、頑張ってよ」
仕切り直しとばかりに開始位置まで跳ね飛ばされたオーリンが苦笑濃くぼやき、頭のおかしな光景を見上げるテトラが溜息交じりに言葉を返す。
そんな彼らの視線の先に浮かぶモノは、壁であったり、床であったり、屋根であったり、それらわかりやすいモノに留まらず、テーブル、椅子、ベッド、クローゼット、果ては小木や甲冑などまで一見して統一感のない物体がてんやわんや。
しかしながら、それらは元々一つの物として在ったモノ。
アルカディア非公式魂依器ランキング防具カテゴリ不動の一位こと、第六階梯魂依器【白亜と黒樹と御伽の城】――――その正体は、
一人の少女の空想に在って、現実へと自在に顕現する王城そのもの。
即ち、意思一つで現れ意思一つで宙を飛び回る……それどころか、時に主の意思なくとも自動で魂の分け身を護る、推定質量測定不能の巨大建造物丸ごと一つが、
「ふぁ、んぅ……――――それじゃ……がんばろー……かぁ…………」
大舞台にて暢気な欠伸を零しつつ目をこする、幼気な少女の盾にして矛だ。
◇◆◇◆◇
「――――マジ、何度見ても冗談みたいな魂依器だぁ…………」
スクリーンに映し出される真実無法な光景を前に、口から漏れるのは呆れと感心と畏れ諸々。自在に分割された〝城の欠片〟たちが好き勝手に宙を飛び交う様は、まさしくこれ以上ないというほどの常軌を逸したファンタジー。
無論、オーリンが披露した転身体による初見の超高速機動には驚かされたものの……やはりというか、中継越しでもリアルタイムで目にすると、なんだ。
流石に、どう足掻いても、こちらに心を持っていかれてしまう。
「南の順不同ワン、ツー、スリーは伊達じゃないというか……ぶっちゃけ、改めて二位がおかしいよなぁ。これとアーシェの間に挟まってんだから」
「そうねぇ……ある意味、アルカディア最高の才能の化身がメイちゃんだから」
「努力なしでコレなんですもんね……」
いや、ある意味で彼女はアルカディアプレイヤーの誰よりも努力……というか〝経験〟は積んでいるという事実があるのだが、まあそれは置いといて。
「でも、テトラ君もオーリン先輩も凄いよ。まだ戦いが成立してるもん」
と、トニック氏の言葉はその通り。
テトラもテトラで、相変わらず絶対的な権能の規模がデカい。無限の如く湧き出す〝影〟と〝闇〟は、ともすると【城主】の〝城〟に匹敵するリソースでもって対抗手段になり得るポテンシャルはあるのやもと思わせるほどだ。
オーリンもオーリンで普通にビックリというか、どういうカラクリなのやら俺に迫る超速機動を既に一分以上も安定して繰り駆け質量の奔流に抗っている。
それどころか攻め気も諦めず、時たま城壁を潜り抜け敵二人の眼前まで辿り着くナイスガッツを見せる勢いだ。決して、意気と技術で負けてはいない。
負けてはいない、が――――
「…………いや、無理だろアレ」
彼らに対するは【城主】に侍る〝城〟だけにあらず、大魔法顔負けの出力で顕現し屹立する【無双】の〝氷〟までもが積層となって攻勢を阻む。
かわいい後輩にして仲のいい先輩が気合を入れて奮闘している様を、心から応援しているのは事実だが……誠に遺憾ながら、残念なことに、
「…………………………無理くさい、かなぁ……?」
「組み合わせが、悪過ぎるわね……」
「あのタッグに勝てる組み合わせって、例えば誰と誰になるんだろう……」
俺を含めて、雛さんもトニック氏も一様に。思わずといった具合でポツリと零された【銀幕】殿の言葉へ、同意を示す他なく――――
斯くして、試合開始から三分強。
『あぁー……――――け、けっちゃーく! 勝者は【無双&城主】ペアっ!!!』
紛れもない大健闘の果てに敗れた【不死】と【剛断】両名への拍手と歓声は惜しみなく。対して、パーフェクトゲームを成し遂げた二人はと言えば、
『……………………許せテトラ、完全に組み分け事故だ』
『ん……おつかれ…………おやす、ぃ………………………………』
それぞれ対極。実に居心地の悪そうな顔と、なにものも気にしていないのだろう寝惚け顔を晒しながら、無傷のままに並んで立って……――訂正。
片や立ち、片や宙に浮くベッドへ沈み込んでいた。
能力だけで言えば彼女が現状のNo.3。