二巡目
「――――っと、あら。皆さんお揃いで」
斯くして、一つ二百円強の某イラストレーターお勧めカップラーメンを啜り、仮想in現実⇒現実in現実⇒仮想in仮想という目まぐるしい世界移動を経て、寂しがりやなパートナーとのお喋りで時間を潰した末に舞い戻ったお勤めの舞台。
特殊起動シークエンスからの再入場によって自動的に送り届けられた部屋は、次なる試合の関係者が集う待合室Part.2。即ち、俺を見るのは三つの顔。
相方である雛さんに、Cブロック二回戦の相手となるシード枠【銀幕&散溢】の御二方。その内ヒラヒラと俺に手を振った愛想のいい【散溢】トニック氏の反応、一瞥して気もなくそっぽを向いた【銀幕】ゆらゆら氏の反応は……。
まあ各々、少ない付き合いで察したキャラ通りってなことで。
「一回戦、新技連打お見事だったよ。二回戦よろしくね」
「あぁ、どもども。こちらこそ」
と、不愛想平常運転の後者を他所に、ヒーロースーツめいた装いの爽やかイケメン様が気さくに話しかけてきた――――なんというか、こう、今のところ序列持ちにしては癖がないってか、なさすぎる部分が逆に特徴的な御仁である。
表だけなのか、はたまた底まで一律こんな感じなのだろうか。
……で、それはさておき。
「えー、と……なにか?」
相方としてソファに並んで腰を下ろしつつ、合流してからジッと意味深な顔で俺を観察しているお姉様に真意を問う。すると、彼女は悪戯っぽく微笑んで、
「なんだか、少し肩の力が抜けたんじゃない?」
と、なにやら見透かしたようなことを仰り始めた。ゆえに、首を傾げて『なにを仰っているやら』と惚けたポーズを取って見せれば……。
「明らかに、休憩前より随分とスッキリした顔してるわよ――――可愛いパートナーから元気を貰ってきたのかしら?」
「黙秘します」
他でもない事実をまさかのドンピシャで言い当てられ、そうなれば俺にできることなど顔を背けてしらばっくれるのみ。前から言われていたことではあるが、俺はそんなにわかりやすいのだろうか――と、そんなこともさておいて。
時刻は十四時目前、つまりは二次プログラム開始まで秒読みのタイミング。一部屋に集った俺たちが話しておくべきことは、とりあえずの所ただ一つだ。
「二回戦、どんな感じでいきましょうかね?」
それ即ち、エンタメ試合を彩るにあたり本気と演出の線引きを如何するかのミーティング……とまあ、一応は切り出してみたものの。
「どんな感じ、とは言ってもねぇ」
「ですよねぇ」
雛世さんの言葉にトニック氏が同意の相槌を打つと共に、揃って目を向けるは銀色一人。ついで、勿論のこと俺も加えて三人分。
己以外の視線を一身に受ける彼あるいは彼女は、注目を察して鬱陶しそうに眉を顰めながら、しかし無視まではせず律儀に口を開いた。
「……知っての通り、私は加減できねえぞ。そっちで勝手に合わせてくれ」
「そうなるわよねぇ」
「そうなるよなぁ」
「そうなりますよねぇ」
然して、それは事前にわかり切っていたこと。かの【銀幕】が関わるモノとなれば、埒外の権能に晒される他三人が如何に立ち回るかに試合内容は集約する。
俺と雛さんは、どう抗うか。そしてトニック氏は、どう共演するか。舞台の指揮者は確定しているがゆえ、結局は役者となる俺たちの立ち回り次第だ。
で、その立ち回りかたを考える上で重要なポイントは――――
「ちなみに、どれを敷く予定だったり?」
彼あるいは彼女が操る三つのルールから、どれが選定されるのか。軽い気持ちで問うてみれば、ゆらゆら氏は再び俺を気のない感じで一瞥しながら、
「大体わかんだろ。お前ら相手じゃ選択肢ねぇよ」
と、実にらしい素直の対極たるお言葉を投げ付けてきた。清々しいまでの天邪鬼っぷりだが、個人的には逆にわかりやすいまであるので嫌いではない。
直接的な答えではないにしろ、返答も理解の内にあるからな――――確かに、俺と雛さん相手では〝アレ〟一択だろう。予想自体は難しいことではなかった。
なお察した上での攻略難度。タッグの組み合わせ的にも大問題――――
なんて、総意として『相談しようがない』という結論にてミーティングが秒で幕引きとなった頃合い、宙に展開したスクリーンが時を告げる。
そして、
『――――ハァーイッお時間となりましたぁっ!!! ランチでお腹は満たしても、まだまだ心はペコペコなことでしょう! ノッてこうぜ中盤戦ッ!!!』
元気を充填した司会進行の声が響き、プログラムの再開を宣言した。
◇◆◇◆◇
転移を経て、三度目の舞台入場。変わらぬステージに変わらぬ歓声、唯一変わった向かいの相手は、身内が一人に知り合い未満が一人。
「はぁ…………どうしようね」
「どうしようなぁ」
Aブロック一回戦を制した【剛断&不死】のタッグが勝ち進んだ先、相対するは【無双&城主】こと南東三位ペア。待合室にてミーティング……約一名がスヤスヤしていたので打ち合わせ未満の言葉は交わしたが、結局のところ結論は一つ。
つまるところ、一体全体なにをどうすればアレらの守りを抜けるのかと。
「テトラ、一回戦みたいな奥の手まだ隠してないか?」
「どこかのアレじゃないんだから、そんなポンポン必殺技は湧いてこないって。オーリン先輩こそなんかないの? 下手すりゃ完封されて即終了だよこれ」
「んあー……あるにはある、が、うーん」
なにやら渋い顔を見せる相方の様子を見て、なにかと首を傾げる……でもなく、あれやこれやと察しが良過ぎる少年は小さな溜息を一つ。
「勝つ気ある?」
「お? そりゃ当たり前だってんだよ」
「そう――――ならやろうよ。試さずに後で後悔するのが一番ダサい」
「…………なんか、なぁ。タッグ組んで印象ガラっと変わったわ」
対して迷う素振りもなく『全速前進』の意を提示したテトラに、オーリンは意外さと感心をミックスした表情を向けると共に、
「したら、やるか――――《転身》」
鍵言を口に、姿を遷した。
装いは変わらずの軽鎧。やや縮小した体躯に反して長く伸びた鳶色の髪はアップで纏められ滝を形作り……華奢になった右手が、背負った大剣の柄へ伸びる。
そうして、紛うことなく〝勝つ気〟を示した相方を見やり、
「ん……必要なのは?」
「MPと援護。無限に」
端的な言葉を交わして、頷いた少年はそれに続く。
「オッケー、じゃ――――《纏身》」
先んじたオーリンへのものと併せて、それぞれ恥を避け得ない歓声が届いているが全て無視。斯くして、黒尽くめに似合いの真黒な『猫』の〝耳〟と〝尾〟を生やした【不死】が涼しい顔で……親しい者の目には、半分ヤケクソとわかる顔で、
「まあ、やれるだけやってみようよ」
「おっし、いっちょ楽しくしてやるか」
相方共々、覚悟を決めて〝敵〟を見据えた。
――――そんな、視線の先にて。
「……………………………………【城主】」
「……………………んぅ」
「起きてるか?」
「…………………………んん……」
「起きてるんだよな?」
「ん……」
「肯定と取らせてもらうぞ。頼むぞ本当に……頼むぞ、本当に」
「ぅん…………」
「せめて目を開けてくれるか?」
「んん………………」
「くっ……俺の手には余るッ…………!!!」
タッグ相性は抜群を超えて反則的。しかしながら勤勉と怠惰で性質的な相性を言えば壊滅的な〝敵〟二人は、ここに至ってなお意思疎通もままならないまま。
トライアングル・デュオ、二回戦の第一試合が幕を開けた。
大丈夫、ちゃんと起きてますよ。
起きててコレは余計に大丈夫じゃないとか言ってはいけない。