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『――――マジで十連引いてんじゃねえよテメェ!!!』
斯くして、朗々と会場に響き渡るのは聞き慣れた……しかし、現実世界の『彼』とは雰囲気テンションその他〝存在感〟とでも言うべきモノを異にする声音。
同一人物であるはずなのに、明確に違う。
今この瞬間、確かに【春日希】ではなく【Haru】としてスクリーンの中にいる友を眺める大学生四人組は――――各々、程度の差はあれど。
「………………いや、アイツほんともう尊敬するわ……」
「ボケもツッコミも弄り弄られも全部やってて笑うよね」
ここに至り、ただただ感心と呆れの双方を抱いて見守るのみ。
「……素でやってるにしても、計算でやってるにしても、緊張が飽和して混乱状態で立ち回っているにしても…………あれはもう、流石に才能」
「…………凄い、ね。のぞ――むぎゅんっ……!」
そうして幼馴染同士二人の零した言葉に美稀が続き、更に後を追った楓の口を隣席の親友が容赦なく片手で塞ぎ止めた。『彼』の試合を見てからこんな調子だが、呟き程度のボリュームにしても流石に呆け過ぎである。
「楓、危ない。そろそろしっかりして」
「うぅ、ごめん……!」
四谷ドームの観客席は非ぎゅう詰め仕様の優雅でストレスフリーな造りとはいえ、並んだ友人四人の両サイドに他人がいることを忘れてはいけない。
一緒になって騒ぐのは問題ないとしても、事実上の〝関係者〟として騒ぎ方には気を遣う必要がある……と、そんなこと彼女もわかっているはずなのだが。
「まあ、目の前で魅せ付けられちゃうとねぇ……」
他の三人も、理解はある。なぜならば、それもまた程度の差こそあれど――
「そりゃあ、惚れちゃうよねぇ」
「惚れっ……ちが、そういうのじゃ……!」
「そうなの? ――――私は惚れちゃいましたけども」
「俺も、流石に惚れたわ」
「私も惚れ直した。……それじゃ、楓だけ仲間外れ」
「んぇえっ……!? そ、そういう感じなら、わた、私だって……!」
拡張現実として投影された映像。なれば未だ次元を異にするモノといえど、確かに目の前に在る光景として己が目に映した、その結果。
親しい友人という前提も相まって、ある意味では世間よりも一段深い熱心ファンの頭が、目前で繰り広げられた試合に焼かれぬはずがないゆえに。
宙に浮かぶ数多のスクリーンの中で賑やかに在る『彼』は、そうして自身の招待した友人たちが避け得ず熱を上げていることなど露知らず――――
『十通終わったか。では次だ』
『おい嘘だろ十一連続!!? マジでやらせじゃないだろうなこれ……ッ!』
その胸中に、緊張は在るのか失せたのか。紛れもない天上人たちに混じって物怖じもせず愉快に振る舞う様を、友に世にと見せ付け続けていた。
◇◆◇◆◇
『おい嘘だろ十一連続!!? マジでやらせじゃないだろうなこれ……ッ!』
斯くして、朗々と部屋に響き渡るのは聞き慣れた……しかし、現実世界の『彼』とは雰囲気テンションその他〝存在感〟とでも言うべきモノを異にする声音。
大切な親友の想い人ということで自然と関心を向けるようになり、今では頻繁にチェックするようになったアーカイブ動画内に在る『彼』の声。
現実の素顔とは異なる仮想の素顔。見知った二面性が生中継にてモニターへ映る様を眺めるは、熱に満たされた会場とは別世界のお部屋にて――――
「やー……もう天性のそれだよ。やっぱり一度でも入ると周りが気にならなくなるタイプだよ。度胸も山盛りだし、本質的に見られるお仕事に向いてるよね」
「………………」
「本番に強いの羨ましいなぁ。私なんて何年お仕事しても緊張してないフリが精々だよ、小心者のヒヨコを脱せないよ、見えてないとこでミス連発だよ全くもう」
「………………」
「………………」
「………………」
「――――ねぇニアちゃ。人を部屋に召喚するだけじゃ飽き足らずソファ代わりにしといて放置とは如何なものなの? 足が痺れてきたんですけど???」
「………………」
「せめて会話しない? ねえ? くすぐるよ? くすぐっちゃうよ???」
「………………………………」
「あー、はい、そう――――もう怒ったもんね友情より恋か貴様ーっ!!!」
「――――!? っ……!!? ッッッ!!!?!?!」
親友の膝上に収まる一人。そして親友を膝上に抱く一人。
終始ぽけーっと画面に映る想い人に夢中な前者、焼きもち六割の切なさ三割の怒り一割を以って襲い掛かった後者がじゃれ合い始める最中も『彼』は――――
『〝座右の銘は?〟』
『あー……やればできることはやればできるので、やれると信じて励みましょう』
『…………ハル君?』
『なんです? 正真正銘、俺の座右の銘ですが』
果たして、胸中の真実を悟らせることもなく。実に【曲芸師】らしい愉快で掴みどころのない、とぼけた様を世に振り撒き続けていた。
なおご存じの通り画面の中にて本人は必死。