一方その頃、先輩同士
「――――っちょ! なんですかアレなんですかお姉様ッ! なんかまたちょっと目を離した隙にエラいことになってますけどもっ!!!」
「あら、いつものハル君じゃない?」
「それはまあ本当にいつものですけれ」
「うふふ……リンネちゃんも、随分と上手に踊るようになったわね? ――――私を前に、余所見をしている暇があるくらいには」
「ひぃんっ!?」
視界端を掠めた異常光景。ビカッと光って二人に増えた黒炎の宿主が盛大に暴れ散らす舞台の一画を他所に、こちらで舞うは赤々と輝く『炎』と『音』。
差し向けられた〝熱〟を音の鎧でもって迎え撃つ、それはいい。けれども余波の熱が振り撒かれるたびに、舞台は【熱視線】の勝ちへ寄っていくのだ。
向こうの二人は多少なり距離があるためマシかもしれないが……ほんの数メートルの距離感で戦り合っているリンネは既に、現実の肉体であれば数分と保たずに倒れ伏しているであろう熱気の只中に呑まれている。
そう、ほんの七、八メートル――――如何な格上とはいえ、近接戦を苦手とするはずの彼女を相手にして、リンネが『流石に詰められる』と思っていた距離感。
灼陽の如き視線が、沈まない。
「っ゛……! ほん、っとに、東のお歴々は、もうっ!!!」
宙に揺蕩う熱が増すほどに察知困難となる予兆を辛うじて拾い、至近で生まれた爆炎を音による断崖で堰き止めながら。最も近くは四ヶ月前、第十回四柱戦争にて相手取った〝過去の彼女〟を思い返して呆れと称賛の文句が溢れた。
また、一層に強くなっている。既に常人と比して遥か高みに居るはずなのに、それでもなお常人を置き去りにする成長速度に陰りがない。
新たに序列の輪へ加わった後輩こと推し、だけではないのだ。東陣営の序列称号保持者たちは、誰も彼も『特別』に留まらぬ『異常』が過ぎる――――
「ひあっぶなぁ!!?」
「考えごと? 本当に余裕、ねッ!」
反応が遅れ、掠めた炎熱が肩先を焦がす。アバターの耐熱限界を超過して蓄積したデバフも相まって、じわじわと削られ始めているHPは残すところ七割弱。
更には開戦から一歩も動かぬまま。まさしく視線一つでリンネをやり込め続けているお姉様からダメ押しの追撃が放たれ――――
「――――《舞い歌う戦巫女》ッ!」
いつかのように一矢も報いられぬまま落ちることを良しとしない【音鎧】の底から、本気の輝きこと『王冠』を呼び起こした。
音より転じた音なき〝力〟が、炎を散らし舞台を揺らす。
斯くして殺意満点の全周同時起爆を中心点より強引に吹き飛ばした北陣営序列八位は、カラフルなサウンド波で形成されたティアラのような冠を掲げ……。
「こっから逆転劇――――が、できたらいいんだけどなぁっ……!」
この状況にて、僅かな助けにしかならない己が『王冠』に残念を漏らす。
特殊称号『音鎧』の強化効果《舞い歌う戦巫女》は、多対多にて真価を発揮する群団戦闘特化の力。ただ一人ぼっちで起動したところで、受けられる恩恵はそこそこ程度の既存能力強化バフのみである。
せめてもナツメが傍にいれば……ともならないのが切ないところ。
正直なところ、口はともかく能力は静かな彼女とリンネはタッグとしての相性がよろしくない。〝音〟と〝糸〟という空間制圧に秀でたモノ同士での力押しは多くの相手にとって脅威となるだろうが、誠に残念ながら相乗効果は薄い。
つまるところ、相手が別ならまだしも他ならぬ『お姉様』となると冠を起動したところで焼け石に水……というより太陽に水レベル。
最近は誰かさんから散々『万能』だの『強過ぎ』だの言われている〝音〟の権能は、扱う本人からしてみれば言うほど無敵の力ではない。
増幅して盾と成し矛と成せるのは直接的に自らが発した音のみであり、物を投げて発生した間接的な音などは対象外であるため根本的な射程に限界がアリ。
限界蓄積の一斉解放でも最大射程は十メートルそこそこ。連続での発動は利くが間隔を狭めれば狭めるほど強度が分散し、発散した分だけ再充填を要する。
加えて、自身を基点に能力を発動する一瞬の間は移動不可というのが致命的。
即ち、パッと発動すれば届く圏内――――おおよそ三メートルの間合いに入れるのであればリンネは自分が『超強い』という自負を持っているが、それより遠くの間合いより対処困難な手数を撃ち込まれるというのが心底ツライのだ。
これが例えばバビュンバビュンとノリで動き回ってくれる誰かさんのようなタイプであれば話は別だが、ジッと一所に構える彼女のようなタイプだと……。
「ぅあっつう!!?」
どうにかして、リンネの方から近付く必要がある。
そして、絶対的な実力差によってソレが叶わない場合――――
「ぅわーんっ!!! 助けてナツメちゃーん!!!!!」
「…………せ、先輩としての威厳については、もういいのかしら?」
大変、誠に遺憾ながら。
気合と根性ではどうにもならない場合というものが、存在するのである。
格好良い時は格好良いし頼りになる時は頼りになるけど、根本的には割かし抜けててポンコツの才があって絶妙に格好付かない場合も多い愛されキャラ。
どこぞの主人公もとい推しと似てるねキミ。
《舞い歌う戦巫女》とかいう名前だけ登場したアルカディア史上でも十指に入るぶっっっ壊れ能力については、ヒントをバラ撒いといたのでご自由に察して。