糸巻と曲芸師
その輝きの元となった宝石の名は【猛り狂い輝く電気石】。竜の塒より持ち帰った秘宝の内、例外たる特級ユニークを除いて品質第二位に付けた代物。
更に詳らかに語るのであれば、性質を発揮するに至り甚大なデメリットを振り撒く点に目を瞑れば、装備として加工した際の性能期待値一位に付けた問題児。
生まれ変わり、転身体用戦衣【白桜華織】に納まった基幹宝玉としての名は【紅より赫き杓獄の種火】。秘めた権能は……〝同調〟と称すのが相応しいか。
簡単に言い表すと、この『励起時に魔力が触れると同質の魔力を創り出しながら際限なく白熱する』という特異極まる性質を備えた石から造られた宝玉は、
「――――――……観客に代わって、一応、聞いてあげるけど」
もとい、そんな代物を身に付けた俺の身体は。
「その姿は、一体全体なんなのかしら……?」
「残念ながら、これといった形態名はないんだけども……」
〝受け容れた〟魔の『性質』を、やや強引に存在へ書き込むことで、
「便宜上――――『俺.ver黒炎【糸巻】presents』……とか」
「アンタのネーミングセンスが機能してないことだけは理解したわ」
半物半魔の、魔人と成る。
闇の焔に巻かれるまま、束ねて引っ掴んだ〝糸〟を力任せに引き千切りつつ戯れを交わす。勿論のこと黒炎に触れているがノーダメージ。
それどころか、今や俺も黒炎を宿す側。
デメリットというかなんというかな部分の共通点より、かつての四柱で世話になった【赤より紅き灼熱の輝琰】に名付けは寄っているものの。作品自体の根幹着想としては、他ならぬ俺の星魔法《疾風迅雷》が元となっている。
手足に纏うのみならず、轟々と火の粉を散らして揺れる結髪の先が黒炎と化しているのなんかまさしくといった感じ。
勿論、あっちほど完璧な魔法体という訳じゃないが……。
「ま、最たるメリット部分はご覧の通り」
「………………ちょ、っと待ってよ、まさか、嘘でしょ?」
はは、いいね。これでおあいこだ。
「――――こっから先、俺に黒炎は効かねえぞ」
そっちも、余裕のない顔になったじゃねえの。
ともあれ、避けず受け容れるだけで敵の持つ属性を丸ごと無効化できる……そんな特大のズルが代償もなく存在を許される訳がないのは自明の理。
なにを隠そうってか隠そうと思っても隠すことなど不可能である。なぜなら、宝玉が権能を顕わにした瞬間に俺の頭上で『冠』が輝いているから。
特殊称号『曲芸師』の強化効果《鍍金の道化師》――その効果は、戦闘中に自傷ダメージが総HPの九割に達した時点で発動する自傷ダメージストッパー。
「……もしかしなくても」
そう、つまりこの冠が効力を発揮するということは……。
「アンタそれ、王冠なかったら秒で自滅するってこと……?」
「ご名答ッ!!!」
「この頭曲芸師いいかげんにしなさいよ」
なんかすげー罵倒が聞こえた気がしたが、ともかくだ。
《鍍金の道化師》の踏み倒しによって、受け容れた魔法の性質にもよるが基本的にコンマ一秒ごと総HPの一割とかいう頭のおかしな代償は無視できる。
いや無視できるってかガッツリ生命を九割剥奪されてはいるのだが、元より防御性能にリソースを割いていない我が身は一般プレイヤーにも劣る耐久値。
序列持ちとかいう化物連中を相手に一撃耐えられることのほうが珍しいのだから、体力十割だろうが一割だろうが真実もって大差ナシ。
なんか最近『曲芸師のクラクラ冷静になって考えると微妙じゃね?』という声が世間でチラホラあるらしいが、それこそ冷静になって考えてほしい。
〝自傷〟という、ゲーム的にポピュラーかつ『デメリットであるがゆえに超強力なメリットを引き連れてくる』案件が多い要素を踏み倒せる我が権能が――――
ぶっ壊れの看板を、そう易々と下ろす訳がなかろうと。
「さーて……――――それじゃ行くぞ、なっちゃん先輩」
千切った糸の残骸を放り、一歩前へ。闇属性の黒炎を容れたことで変調したステータスの細部を把握すると共に、瀕死の身で元気に踏み出す。
終わってねえし、終わらねえよ。そうだろ先輩、こっからだ。
「……………………っは、ほんと、可愛くない」
俺が思うに、この流れでそんな顔をできるなら――――
「ぶっっっつぶす!!!」
俺たちやっぱ、仲良くできると思うんだよな。
◇◆◇◆◇
―――――気に入らない、気に入らない、もう本当に気に入らない。
致命の黒炎を詳細不明な手品で克服し、強気で踏み出してくるようになった後輩を……ナツメは、相も変わらず手玉に取って右往左往と躍らせながら。
胸の内にずっと、ずっと……――――先日の四柱戦争で何一つ良いところを見せられなかったときから、ずっっっっっっっと、その感情が薄れない。
先輩の自分よりも強いから? 違う。
言動に可愛げが足りないから? 違う。
ジッとこちらを見る瞳が、妙に心を見透かしてくるような気がするから。誰も彼もが、熱に浮かされたようにコイツの話をするから。まるで、世界に祝福されているような存在に思えてならないから――全部、違う。なにもかも、違う。
まずもって、向ける相手が間違っている。というよりも、ナツメは〝誰〟ではなく他ならぬ今の〝状況〟が気に入らなくて堪らない。
だって、おおよそ八ヶ月強。
なぜなら、序列持ちになってから八ヶ月強。
なにを隠そう、密かに待ち侘びていた八ヶ月強。
元新参序列持ちこと【糸巻】ナツメは、
「おらどうしたぁッ! ここまで来てみなさいよ曲芸師ぃッ‼」
「なんかキャラ変わってませんくぉあっぶねぇアッ!?」
誰あろう、自分の次に此処へ来たる『後輩』に。
――――即ち、他の誰でもない〝コイツ〟に。
格好良いところを、見せたかったというのに。
序列持ちとか、最初は勘弁してって思ったのよ。
天才だのなんだのって訳わかんないまま持ち上げられて、勝手に世界から名前を寄越されて、結局こっちでも人前に出なきゃいけないのかってさ。
ただ、皆が優しかったから。喜んでくれたから。歓迎してくれたから。
現実でも仮想でも素直になれず言葉が強いのが平常運転の自分を、鬱陶しいくらい構って構って大事にしてくれたのが嬉しかったから。
陣営の垣根なんて関係なく、広く先輩に恵まれたから。
自分も家か他所かなんて関係なく、後輩に同じモノを還して応えようって。
立派で、格好良い先輩を演じてやろうって息巻いていたのに――――
「初戦惨敗じゃ、格好付かないじゃないのよこんちくしょーッ!!!」
「マジなに言っ――――ぅぉおえぃッ!!?」
だからこれは、やつあたり。
約一名の先輩に恵まれなかった哀れな後輩へ、不甲斐なさとやるせなさと恥ずかしさから引っ込みがつかなくなった約一名の先輩による、
どうしようもなく素直じゃない、不器用極まる、可愛がりである。
それでも笑顔が滲んでる。後輩と遊ぶのが楽しいから。
なっちゃん好き。ぶっちゃけ外伝とか描きたいくらい好き。
ちなみに主人公がサクラメントを自重しているように、なっちゃんも場合によっては【曲芸師】を封殺できる技を自重しています。
あくまで魅せる試合の前提に則ってるからね。舐めプというより舞台制限。