炎焔舞踏
「――――なんっっっっっで、これで落ちないの、よッ!!!」
「――――空間制圧型の相手は、諸事情あって慣れてるんで、ねぇ……ッ‼」
絶えず襲い来る黒炎糸が織り成すカーテンの向こう側。焦れと呆れを煮詰めて怒りの下に結集させたかのようなツッコミの声に適当な返事を叫びつつ。
適当に適当を言っている訳ではなく、余計なリソースを割く暇が存在しないゆえの無思考な譫言。間断ナシ疑似縮地の技術構築、的確に包囲を乱すために刃を放つポイントの選定、更には脚を止めたままでいる状況の限界を見極め、場所替えに踏み切るタイミングの読み込み……と、全くもって余裕なんざありゃしない。
黒炎を纏う致死の〝糸〟――――第四階梯魂依器【奏紡の白雪糸】は、主たるナツメの魔力が尽きるまで溢れ出でる半物半魔の操り糸。
両手の十指による物理的操作および思考操作の両立によって駆られるソレが描くのは、自由自在かつ千変万化の精緻極まる鬼挙動。前回のファーストコンタクトと併せて、その規則性自体は既に記憶しちゃいるのだが……――
いやはや、参った。反撃の隙がねぇ。
「いやッ、マジ、実際ガチで相手にすると……! 想定の五倍は強ぇな!?」
「――――っ随分、低く、見積もってくれてたみたいじゃないのよッ!」
「そんな意図は毛頭――ッ……!」
予測七割の、勘二割。咄嗟に地へ伏せ首を下げた瞬間、目立つ黒の輝きに混じって無存在を装う〝糸〟が舞い虚空を縊る。
捕まっていた場合、首から上が辿っていたであろう未来は推して知るべし。然して当然そこで終わりではなく――リズムを崩した獲物に殺到するは、本命の闇。
攻め手とは別に、俺を完全包囲する黒炎糸の牢獄に穴はなし。
つまり逃げ道など在りはせず、回避を試みるのであれば致死の火粉がわんさか舞っている閉鎖空間内で針の穴を通すような精密ピンボールが最低条件。
ッハ―――― で き る わ け ね ぇ だ ろ 。
「ッ、二の太刀……!」
外転出力『廻』、臨界収斂。
「《涓》ッ……‼」
解き放つは、刹那無数に円を描く刃の軌跡。魔力の介在しない純粋風の閃が全周より迫りくる致命を千々に断ち、黒炎の竜が宙にて頽れる。
けれども、まだ。
黒い雪の如く降り来る残滓もまた、触れたらアウトのド畜生仕様だ。然らばブレイクタイムを望むにはもう一つ――――《リジェクト・センテンス》。
喚び出すは紅筒もとい【紅玉兎の緋紉銃】。夥しい数の紅水晶をその身に生やす銃身は、通常時の火縄銃サイズを逸した特大仕様。
「火縄連結十二式拡散弾頭――――〝雀〟」
「っ、ちょ――――」
断ち切ったカーテンベールの向こう、見える【糸巻】の姿は目測十五メートル先。流石に射程外なのは残念だが、ならばせめて轟音にて脅してくれようぞ。
「【簇ル紅兎ノ大煌砲】」
銃口は床に、引き金は躊躇わず。
限定的にシステムを騙す反則スキルによって俺に対する当たり判定は削除済み。然らば、解き放たれた連鎖炸裂弾頭の爆風が吹き飛ばすのは周囲に漂う焔のみ。
【紅玉兎の緋紉銃】の弾頭が引き起こす炸裂波は純粋な魔力の塊。つまり本来ならば黒炎にとってオヤツに他ならないが、追従する十二連結の大煌砲が引き起こした馬鹿げた余波は成長の暇を許さない。
斯くして、一瞬。
強引に吹き散らした牢獄が再誕する前に《天歩》起動。あちらもあちらで盛り上がっている赤炎の狂乱を横目に収めつつ、思い切ってガッと距離を取り……。
「……ねえ今、自爆しなかった? なんで生きてんの、いい加減にしなさいよ」
「いやまあ、アレコレとタネがありまして……」
いまだ満タンをキープしている俺のHPバーを見やりつつ、呆れ果てたと言わんばかり仏頂面で文句を寄越してくる先輩が一人。
あわよくば隙を見て撃ち込もうと事前チャージしていた手札を仕切直しのために切らされてしまった形だが、まあ致し方なし死な安である。
それはそれとして……なんともはや、困ったな。
「けどまあ、ちょっとスッキリしたわ――――余裕なさそうな顔してるじゃない」
「ちっくしょう、楽しそうな顔しよってからに……」
この人、ガチで手強い。
そも、ソラ然りリンネ然り『設置技』が択にある強者は俺の天敵筆頭。
世間には半信半疑の目を向けられているが、俺は十八番の高速機動中にほぼほぼ視界を失っている。加えて音速に迫るアクションをその場その場で行うことなどできる訳がないため、思考加速を切っていない状態で行う挙動は悉くが設定行動。
踏み切ってしまえば、その後は敷いたルートを辿り終えるまで待ったは掛けられない。つまるところ、途中で足を引っかけられても反応が出来ない訳だ。
キャンセル不能のマクロみたいなもの。自動ではなく自力には違いないが、状況に即して事細かに挙動を変じることなど不可能である。
だからこそ、こういう手合いを相手にするのが心底キツい。
触れたらアウトの障害物こと黒炎糸は無尽蔵。自由自在に舞うソレは当然の如く宙も舞い、俺の歩む先を悉く塞ぎ止める。更には視認困難な素の白糸によって罠も張り巡らされるとあっては……――――文字通り、八方塞がりだ。
「……さーて、どうすっかなぁ」
けどまあ、打つ手が皆無な訳じゃない。情け容赦なしに勝ちを捥ぎ取りにいくのであれば、黒炎と同じくして『魔特効』の権能を持つ〝剣〟を抜けばいい。
【αtiomart -Sakura=Memento-】の刃なら、闇と拮抗するか下手すりゃ勝った上で容易く〝糸〟に届き断ち切ることだろう。
ただ、なぁ。それはなんか、なぁ……?
対エネミーであれば、別にいい。
装備品だってプレイヤーが研ぎ上げた立派な〝力〟であって、それをプレイヤーの敵に容赦なく叩き付けて得た勝利は純粋に誇れるものだろう。
ただ、元来PvPの必要性がないアルカディアにおいて。単に互いに楽しむための戯れ、誰かを楽しませるための娯楽、あるいはプライドを賭けた殴り合いで、
更にあるいは、親睦を深めるために全力を交わす対話において……道具一本に頼りきりで勝ちを攫うってのは、元も子もないと思わんかねと。
道具を使うにしても、せめてこう――――愉しいモノを、使うべきだよなと。
「っ……だから、さぁ…………!」
なにを見ての反応か、ヒクっと頬を引き攣らせた少女が糸を繰り、
「そういうのが、可愛くないってんのよ、こんにゃろうッ!!!」
顕現した黒炎の竜を容赦なく差し向けながら――――素直じゃない笑みを滲ませて、そりゃもう心底可愛くないのだろう後輩に向けた文句を叫ぶ。
まあまあ、そう言わず。どうか許していただきたい。
アホかってくらいの強敵を前にして、思わず頬が緩んじまうのはさ。
「――――赫け」
遍く男児の、逆らえぬ習性であるからして。
「【紅より赫き杓獄の種火】」
瞬間、大衆の予測を裏切って動かず受け容れた影を黒炎が呑み込み――――その中心より、桃色を過ぎ深紅を経て、真白の無色へと至った煌輝が、
狂い咲く業火と共に、産声を上げる。
まーたノリで雑に手札切ってるって専属魔工師殿に言われそう。