惚気合い
『――――んぁ゛あ゛あ゛っ゛もう、恐れていた事態というかなんというかぁっ! こんなん実況とか無理だよ目で追えないんだからさぁッ……!!!』
『カッカッカ!』
『いやカッカッカじゃなくてぇっ! 戦闘方面は一般人スペックの私に代わって解説諸々お願いしますよ! お二方!! もう本当にぃっ!!!』
と、そんな愉快な声音が彩る試合の音が響くは待合室。試合を控えるツーペアにあてがわれるものと比べて随分と広々とした空間は、トーナメントを脱落するなどして役目を終えた序列持ちたちが一堂に集う特設ルーム。
斯くして、一回戦と二回戦の敗退ペア……加えてサプライズセレモニーを演じた【剣ノ女王】と【剣聖】が残る試合を観戦する場にて。
現在【彩色絢美】に並んで駄弁り役を務めている【総大将】ゴルドウと【剣ノ女王】アイリスを除いた四人が視線を向けるのは、宙に浮かぶ大スクリーン。
「おーおー。派手、ここに極まれりってな試合だねぇ」
「ふふ……楽しそうですね」
広い舞台で二分した二つずつ。それぞれ赤炎と黒炎が荒れ狂う最中、舞い踊る影一つずつが毎秒のように観客の度肝を抜き続ける異常の光景。
男四、男四、からの華が三つにオマケ一つ。役者の見栄えも勿論だが、それぞれがわかりやすく強力かつ派手な能力を有した者たちのマッチアップ。
お手本のような非現実の舞踏を叩き付けられ……おそらく碌に内容を読み取れていないというのに、歓声が尽きず白熱していくのも当然といったところだろう。
「ノノミさんは不憫ですけど……アレは、流石に俺たちでも解説不能っすよね」
「ま、碌に目で捉えられないのは我らも同じだからねぇ」
それは、最早わかり切っていたこと。
リアルイベントに際してのリアルタイムステージにて、かの【曲芸師】が本気で動けばこうなることなど火を見るより明らかであったゆえに。
解説を求められて、あの【剣ノ女王】さえ困った顔をしているのが最たる例だ。
実際に戦いの場で諸々を感じ取りながら相対するならまだしも、だ。単に傍目から見るに限れば、如何な序列持ちの目とて映す白兎の姿は霞ばかり。
音速を蹴飛ばして跳ね回る彼の挙動を、解説できる者など存在する訳が――
「…………ところでリッキー君、こっち来ないのかい?」
「いや、はい、自分は、ここで……」
と、賑々しく和やかに言葉を交わす【剣聖】、【詩人】、【変幻自在】の三人が囲む卓の脇。微妙に離れた位置でソワついている【雲隠】に八咫が声を掛けるも、返って来たのは彼らしくない慎ましやかな声音と言葉。
首を捻る【詩人】に、同じく不思議そうに首を傾げる【剣聖】――――特に後者の反応を見て、更に縮こまった先輩の姿に苦笑を滲ませつつ、
「…………アレです。リッキーさん【剣聖】様の大ファンなので」
「ははぁーん……」
マルⅡがそっと耳打ちした『何故』を読み取り、八咫は楽しげに笑い納得すると共に寛大なる処置――――即ち放置を決め込むことにした。
「……さて、ところで剣聖様。お弟子さんについては言うに及ばずですが、どうですか。うちの可愛いナツメちゃんあたりに、感想や所感などありませんかね?」
「はい……? ん……そう、ですね」
それに伴い、当然のように心配の声を掛けに席を立ちかけた小さな大物を呼び止めつつ。八咫自身も数えられる程度しか顔を合わせたことのない御仁に言葉を投げ掛け、更に気安い交流を図ってみる。
成人しているとはいえ、まだまだ年若い彼女。一回り以上も年下であるはずなのに、これっぽっちも敬語を外す気になれないのは流石の威光といったところ――
「――――見事、です」
「おお……それはそれは」
穏やかなれど隙の無い横顔に思わず見入っていれば、齎された答えは『先輩』として喜ばしいもの――……どころか、本人に伝えれば甚く喜ぶだろう純粋な称賛。
「八咫さんは、ソラちゃんのことはご存じですか?」
「それはもう、世に知られている分は余すことなくご存じですとも」
「ふふ、そうですか……。それというのも、私は彼女に……ソラちゃんに初めてお会いしたときに、他でもないナツメちゃんのことを思い出したのですが」
然して、灰色の瞳が真剣に見据えるはスクリーンの中。
黒炎を纏う無数の〝糸〟を自由自在に繰り巻き、絶えず空間を支配することで、かの【曲芸師】に足を止めさせ只管の迎撃択を強いている【糸巻】の姿。
「流石は〝天才〟……――――第二の『才能』覚醒に最も近い者と言われた子、ですね。空恐ろしいほどの空間掌握能力、そして並列思考能力です」
「はは。残念ながら、今は目指せ第三の……に、なっちゃいましたが」
「順番など、些末なことでしょう」
本当に、この瞬間を録音または録画して本人に見せてあげたい。照れ隠しを爆発させながら、さぞ面白――――可愛らしい反応を晒してくれることだろう。
「確かに、ナツメちゃんヤバいっすね。糸繰りの精度が一段と……どころじゃ、ないなこれ。もう普通に相手したくないレベルまでエグくなってますよ」
「はい。ここしばらくは映像で姿を見ることがありませんでしたが……知らぬ間に、随分と精進されたようです。先輩として鼻が高いのではありませんか?」
そうして、他陣営の者たちから口々に褒められるものだから。
「いやはや、本当に…………もしかすると、もしかして」
それはいつもの軽口とは違い、ついポロっと零れた先達としての惚気。
「お弟子さんにも、勝っちゃうかもしれませんねぇ」
けれども、事実ある程度の『本気』を交えた戯れだったのだが……――見誤ったというより、知らなかった八咫は数秒後、らしくもなく呆けることとなる。
それというのも、誰あろう弟子の試合を楽しげに見やる【剣聖】様に、
「それはどうでしょう――――私の愛弟子は、とっても強いですよ」
紛れもなく特大の。
師としての惚気を、打ち返されたからである。
そして流れ弾によって無事死亡するリッキー。