挨拶一合
なにをもって『全力』と言えるのか。なにかと手札の数が多過ぎるあまり線引きが難しい身ではあるが、とりあえず一つ切るべきカードは決まっている。
「――――お望みとあらば、御随意に」
『決死紅』起動。
いつもの髪型に戻り定位置で輝いた【藍心秘める紅玉の兎簪】が権能を一つ解放し、俺と言えばコレと今や広く周知されている紅の燐光をアバターに宿す。
闇色に赫く黒炎の顕在によって、既に戦いの火蓋は切られている。ならば当然、臨戦態勢を取った俺へ〝敵〟が取る対応は――――
「小手調べなんてしないわ、よッ!」
情け容赦なしの、総攻撃。
暗い輝きを宿し、宙を翔け、一斉に迫りくる〝糸〟による面制圧。通常時ならばいざ知らず黒炎……闇魔法適性の特殊な属性付与を纏うアレは触れたらアウト。
つまり、四柱の時と同じように迎撃にて払い除けるのは悪手。
ならばこうだ。
「結式一刀、六の太刀――――」
喚び顕すは刀を一振り。
『纏移』&《天歩》&《天閃》&以下機動力手段の全並列起動による疑似『縮地』の成立。システム補助込々で練り上げた力によって、抜き打ち放つは、
「《重光》」
斬り飛ばした〝空〟で以って敵を捌く、遠当て不可視の斬撃波。
闇属性の『黒炎』は、あらゆる魔を喰らい飲み干す収奪の焔。その浸食炎は単純に魔法のみならず、魔工師が手掛けた作品にまで及ぶ。
つまり、アルカディアにおけるプレイヤーの主たる遠距離手段である魔法は迎撃手段として役に立たない……どころか即座に呑み込まれ敵の火力を上げるばかり。
ならば物理的な対抗として得物を投擲しようとも、それが【糸巻】の〝糸〟に抗し得る業物であれば瞬く間に食い潰され帰らぬ者もとい物となる。
そんな迎撃困難な代物が全方位から襲い来る、自由自在かつ尽きぬ物量の併せ技。シンプルかつド畜生な力であらせられるが、解法がない訳ではない。
それ即ち――――魔を用いず編んだ〝力〟によって、触れず斬り飛ばせばヨシ。
「お見事」
「あざっす!」
一息四閃。四角を描き放った《重光》の刃が単純な物理の力によって黒炎を纏う〝糸〟を咬み千切り、主との繋がりが断たれた燃え滓が宙に解ける。
けれども、先輩の称賛を受けて暢気に頬を緩めている場合ではない。細々と宙に散った残滓すらも、触れたら手痛い火傷を受ける危険物なのだから――とはいえ、
俺が一人で気張って、なにもかもを片付ける必要はなし。
パチン、と軽快な音が鳴る。
背後から響いた指鳴りが誰によるものかなど明々白々。彼女を『お姉様』と慕う女性ファンを、さぞ沸かせたであろう超絶格好良い立ち姿を幻視すると同時。
千々に舞う暗い炎の中心、燦然と輝く深紅の焔が生まれ出で――――
「――――ばぁんっ」
更に観客を沸き立たせ、他ならぬ相方こと俺も「貴女そういうのもアリなんですか!?」とビビらせた茶目っ気一言。紅煌が弾け、爆風が荒ぶ。
彼女の『魂依器』である双拳銃、第五階梯【六耀を照らす鏡面】が生み出す炎熱は全てが等しく魔力によるもの。ゆえに本来であれば、その紅輝が天敵たる黒炎に勝る道理はない――――けれども、彼女は東陣営の序列持ちたる【熱視線】。
単なる余波で種火を吹き消すくらい、当たり前のようにやって魅せる。
「ハル君っ!」
「行きますともッ!」
《鏡天眼通》及び《天歩》起動、空けた特大の風穴が塞がれぬ内に面を突破。銀眼が報せる攻撃予測に則って黒炎を宿さず紛れている視認困難な〝糸〟を掻い潜り、疾く目指すゴールはただ一点。
「ん、の、化物どもめッ……!」
頭に過るは音階の幻聴。まるで……というより、そのものピアノを弾くように。軽やかに跳ねる十指で以って、無数の〝糸〟を繰る【糸巻】の姿。
重ねて、彼女は精神ステータス偏重型プレイヤーの天敵だ。然らばMID:1500なれど一応は真っ向からの対処手段がある俺よりも、裏技的に凌ぐ手段しか持ち得ない完全魔攻型である雛さんに攻め手を向けられたら致命的。
闇の黒炎は、対象が抱える魔力の多寡によって威力を変動させる――――ならば俺の転身体など掠れば即死でも不思議ではないが、だからどうした。
当たれば終わりなんざ、いつものことなんだよなぁ!!!
斯くして目前、糸その他を擦り抜けて降り立った床より、もう一歩踏み出せば手が届く距離。驚倒と併せて『知ってた』と憎らしげな表情を見せる先輩へ踏み込
「っ私を忘れ――――」
「――――る訳ねえだろうがよッ!」
……むのは一拍先送り。相方と共に俺の進路へわんさか障害物を設置してくれていた厄介ファンのインターセプトは、想定するでもない当然のこと。
ゆえに、返す表情は『来やがったな』ではなく『いらっしゃいませ』だ。
――――さぁ教官殿。歯ぁ食いしばれぇッ‼
「ッひぃ……!?」
音もなく炸裂した必殺の音が満たす領域はもぬけの殻。自らの手中から獲物が逃げ果せたことにリンネが気付くまで一瞬未満、しかしそれだけで十二分。
わりかし失礼な悲鳴を上げつつ咄嗟に気配を追って振り向き、流石の反応速度で両腕プラス〝名〟を体現する不可視の音鎧で守りを固めた彼女の眼前。
着装【仮説:王道を謡う楔鎧】――――勿論、弾薬装填も完了済みだ。
「〝六重〟」
左拳一閃、轟響が劈く。
STRの数値など知ったことかと言わんばかり、唸りを上げて〝力〟を生む過々剰AGIが数多のスキルを引っ提げて迸り舞台を揺り鳴らす。
然して、ボールのように豪速で跳ね飛ばされた【音鎧】は――――
「ちょ、待っ――――瞬殺っ!!?」
「死んでないけどごめぇえーーーーーんっ……!!!」
まさしく弾力のあるボールを打ったかのような感触から察した通り、迫真の無被害生存。甘えず浸透撃を通しとくべきだったと悔いる俺が見送る先、咄嗟に味方の身を焼かぬよう黒炎の包囲に穴を開けた後輩のツッコミに謝罪を返しつつ、
闇壁の向こう側へ、愉快に悲鳴を上げて飛んで行った。
これにて目論見は無事に爆速コンプリート。向こうは頼れるお姉様がなんとでもしてくれることだろう。分断からの一対一も立派なタッグマッチの戦術である。
なお雛さんもリンネと相性良しとは言えないが……そもそも、あの【音鎧】様が基本的に弱点ナシなのだから致し方ない。
全くもって『音』とかいう権能が器用万能すぎるんだよ。大概の相手に有利対面取れる上に不利対面皆無とか、ソラに次ぐ能力的ぶっ壊れキャラだ。
と、無敵の厄介ファンはさておいて……MP爆食いの《鏡天眼通》を一旦閉じつつ目を向け直せば、噛み合った黄色の瞳が「うげっ」と嫌そうに歪められる。
「んじゃまあ、そういうことで」
「……、…………」
そんな顔しなさんな、望むところだろう先輩殿。
「お望み通り、全力でいかせてもらいましょう」
「…………ガチ一対一は、流石に勘弁してほしいんだけど」
ハハハ――――そんなもの、俺とて似たようなもの。
リンネのサポート込みだと事故る可能性が天井知らずだったからご退場いただいた訳で、タイマンを設定したとて問題なく勝てる見込みなんざありゃしない。
重ねて、重ねて、心から。
「あぁ、もう……覚悟決めるわよ、こんにゃろうっ……‼」
「っは、それでこそだぜ流石なっちゃん先輩」
「なっちゃん先輩ゆうなってのッ!」
眩い先達たちを相手にして、舐めて掛かれる道理など在りはしないゆえに。
この主人公、基本的に輝かしい人へ憧れを抱きやすいゆえに。