紡ぐ熱気に火が灯る
――――斯くして、時間一杯おおよそ十分の幕を経て。
『二回戦も決っちゃぁーッく!!! 勝者は【大虎&双拳】ペアっ!!!』
響き渡った幕引きのコールは、大体の者が予想した通りの結末と成り。
時間制限六百秒、最後の最後まで熱さを通り越して暑苦しい拳戟の轟響を打ち鳴らし続けた男四人は……皆それぞれ差異はあれど、共通して満足気な顔を晒す。
「あーあーったく、やっぱ若けぇモンに混じるってのは骨だなぁ。どいつもこいつも若さに任せて大暴れしやがって、とてもじゃねえがオッサンついてけねえよ」
「トータル誰よりも大暴れしてた御方がなにを仰いますやら……」
片や、本気のド突き合いの果てにギリギリの敗北を喫した【総大将&変幻自在】ペア。負けてなお誰よりも楽しげに豪快な笑みを振り撒くゴルドウの言に、誰よりもくたびれた様子でツッコミを入れるマルⅡが在り。
「どないなっとんねやアンタらの大将は……アレで出力三割って正気か?」
「……まあ、俺たちの【総大将】だからな。当然だ」
片や、必死のド突き合いの果てにギリギリの勝利を捥ぎ取った【大虎&双拳】ペア。久方ぶりに手合わせした〝大物〟の変わらぬ化物っぷりに呆れを零すタイガー☆ラッキーに対し、言葉一つ頷き一つを静かに返すゲンコツが在り。
拳が飛び交い、刃が飛び交い、鋒が飛び交い、その他が飛び交い……――――初戦に勝るとも劣らない熱を存分に振り撒いた末に、両者納得のいく決着を経て。
「さぁて……――そしたら、とっとと引っ込むぞテメェら。いい加減に観客も野郎の顔は見飽きただろ。早いとこ綺麗所に〝華〟を差し入れてもらおうぜ」
鷹揚に観客席を見回しつつ、堂に入った身振りを交えてのパフォーマンス。
友人たちへ向けた言葉が四人の内に留まらず、観る者たち全てに届けられ……自身のキャラクター性を深く理解した振る舞いが、いとも容易く笑いを誘う。
数万人の目を前にして、毛ほども緊張の窺えぬ自然体。
今この時『敗者』であることなど、その威容に僅かさえ陰りを齎す要因に足りえず。満ち溢れる自信を当然のように他者へ伝播させ、姿を見る者、声を聞く者たちの胸中へ等しく〝安堵〟と〝期待〟を芽生えさせる偉丈夫は――――
まるで、やんちゃなガキ大将のように。
「んじゃ、引き続き楽しんでってくれや」
ニッと楽しげな笑み一つ。
友人たちへ気安く語り掛けるような言葉を残して、
共に遊び倒した仲間と連れ立ち、後続へとバトンを渡し去って行った。
そして、入れ替わりに現れた四つの影を……――――より正確には、本人は目を背け素知らぬ顔を気取るだろうが、四つの中でも一際小柄な影を見て。
本日二度目のサプライズを叩きつけられた観客席が、爆発的に沸き立った。
◇◆◇◆◇
「――――そんな沸きますぅ……?」
「それは沸くでしょう。今一番の注目株なんだから」
「はぁ……表の俺と比べても、圧倒的な注目株なんでしょうよ……」
相も変わらずスーツ姿。しかし、しばらく前までとは違い今は『死ぬほど着こなしている』と断言できてしまうスーツ姿。
自動でアバターの体格にアジャストされる洒落乙スーツは、裏返れば当然それに合わせてビシッと決めてくれる――で、決まり過ぎた結果がコレってな訳だ。
「男の俺より、こっちのが似合うの、無限に納得いかねえんすけど……」
「うふふ。本当に、ビックリするくらい素敵よ?」
「僅差で『嬉しくない』が勝つんでヤメてください」
揺らす白髪は、いつもの横ではなく首の後ろで纏めて流すスタイリッシュ仕様。そうして生身でも仮想でも着慣れぬ礼服で着飾った『転身体』は……。
「――――はぁあぁぁあぁほんっっっっと可愛い格好良いヤバヤバですよなにあれ無理ほんと無理ソラちゃんも着飾って並んでほしいぃい……!!!」
「知ってたけど腹立つぅ……なんで男が一番〝華〟やってんのよ意味わかんない」
舞台の向かいで若干一名がバグり散らかし、若干一名が隠さずジト目を向けてくるような仕上がりになってしまったらしく……まあ、その、コレである。
別に転身体で出てきた理由はサービスでもサプライズでもないのだが、なんと言おうが詮無きことってか誰も彼も聞く耳など持っちゃくれないだろう。
なんかどこぞの元アイドル司会役殿がワーワー言っている声が彼方で聞こえるような気がしないでもないが、心穏やかに無視だ無視。
なんか会場全体から謎に『ナントカちゃん』の名を囃し立てるコールが耳に届いているような気がしないでもないが、心を無にしてシャットアウト。
――――狭くなれ、視野。いっそ極限まで視野狭窄になり果てろ。
ゴッサンみたくファンサに臨むなど無理ゲーもいいところだ。ならばせめて、ただ俺ができることを以って先達たちの熱を繋ぐのみ。
「スゥ――――――――――――……ヨシ、イケ、ル」
「んっ、ふ……ダメそうね」
えぇ、ダメですとも。だからもう早く始めましょうぜ先輩方……‼
周囲なんざ一切合切、気にする余裕もないくらい、しっちゃかめっちゃかに暴れさせてくれ――――と、願いを察した〝敵〟が笑む。
一人は、楽しげに。一人は、呆れたように……その実、俺と同じく極限の緊張の中で必死に己を奮い立たせながら。
四人同時に一歩を踏み出し、ドレスとスーツが戦衣に遷る。
「大丈夫かしら?」
「――――大丈夫、っす。手筈通り、リンネの牽制は頼みます」
「えぇ、頼まれたわ」
隣を歩くは、梔子色のフレアドレスを纏う【熱視線】。見慣れた華やかさを振り撒く相方と言葉を交わしながら、無理矢理に心を宥めすかして深呼吸。
相対するは、二人の少女。これも見慣れた元気の化身こと【音鎧】に、こちらはいまだ見慣れぬ白猫ことなっちゃん先輩の姿。
第三回戦にして【曲芸師&熱視線】の初戦、俺こと【曲芸師】が主に戦り合う相手は――――後者。無限の〝糸〟を従える、序列入り的に一個上の先輩殿。
「お願いだから、ウチだけ残して、やられたりしないでよね。リンネ先輩」
「善処しますともぉ! 先輩の威厳を守るためにぃっ!」
「微妙に信用ならないのよね……――――さて、っと」
奇しくも白髪同士、視線が噛み合うと共に戦意が通じ合う。
四柱でのファーストコンタクトを経て、俺たちの戦績は引き分け一つ。逃げるが勝ちとは言ったものだが、流石に俺も本気でない相手から逃走を果たした程度で『勝』を宣うほどアホではない。
南陣営序列七位【糸巻】――――またの名を、遍くMID型プレイヤーの天敵。
「アンタが鬼強いのは嫌というほどわからされたけど、それはそれとして」
勝ち気な声が耳に届き、華奢な十指の閃く様が目に映る。然して、可愛くない後輩に大層アレコレ思うところがあるらしい彼女は、
「舐めて掛かったら、大火傷じゃ済まないわよ――――《灼厄描舌》」
白髪の頭上、まるで猫の耳が如く揺れる小さな二つの火冠を灯し、
侍らす〝糸〟に、音なく吹き荒れる〝黒炎〟を宿す。
現在までに確認されている取得者は八名。ある意味で『星魔法』を超える超稀少属性にして、かの特別とは異なる意味で扱いが極めて難しい魔法。
特殊属性〝闇〟――――その代名詞たる【不死】のように『品』へ宿るソレではなく、真実その身に宿す暗がりを完璧に従えた唯一のプレイヤー。
「……ご先達相手に、舐めて掛かったことなんて一度もないっすよ。マジで」
「本当かしら……まあいいわ。それなら」
燃え盛る闇を纏い宙を奔る〝糸〟は、鎌首をもたげ無数に蠢く竜躯の様相。
「全力で来やがりなさいよ。かわいくない後輩君」
視線に震える子猫など、もう其処にはいなかった。
なっちゃん好き。
ゴッサンは諸々あって本気出すの無理なので、全力戦闘描写は別の機会に。
それはそれとして久々に打鍵したタイガー☆ラッキーとかいう謎ワードに一人で「んふっ」ってなった事実を包み隠さずご報告しておくものとします。