闇の君主
序列に名を連ねる【詩人】の同格たる存在、即ち現序列持ち。詳しい権能を知り得た者から例外なく『ひっっっどい魂依器』と評される黒木のリュートは、主たる語り部が識る者の〝名〟を媒介に英傑の姿を借り降ろす。
勿論のこと、制約は多数。〝名〟一つ一つに許された投影時間は数秒から十数秒に限られる上、使えば各々に設定される再使用待機時間は例外なく一律で一ヶ月。
しかし、それら含む極大の難仕様を備えてなお、評す者たちの言は変わらない。
【語り騙る夢見人】――――限定的に、僅かな時間、喚び降ろした〝名〟の『力』を知識まで含めて身に宿すそれは、
真実反則と言わざるを得ない、特級のズルであると。
「九秒だ、仕掛けるよリッキー君ッ!」
「あいさぁッ!」
瞬間、黒衣の姿が掻き消える。声音を残して、それ以外は音もなく、駆け消えた同僚を見て、目を剥いた【剛断】が――――否、目を剥く暇すらなく、
「ッ――――ぅあっぎ、マジか……ッ!?」
十割反射の防御行動。背筋を奔り抜けた勘に従い展開したダメージ減衰スキルの上から滅多斬りにされ、夥しい量のダメージエフェクトを散らして驚倒を漏らす。
辛うじて目が捉えたのは、宙に尾を引く紅光のみ。自らの目で何度か、映像を通して何度も、決まって白熱の只中に閃いていたソレは、
〝彼〟のトレードマークこと、兎刀の幻影。
然して、刹那に迸った再びの勘。余裕など掻き捨て、背後へ迫った気配に向け咄嗟に取った択は迎撃。驚愕の最中にもコンマ一秒すら間断はなく振り返っ
「え゛あ゛っ……!!?」
…………た、その瞬間。
オーリンは、心の底から「曲芸師この野郎」と毒づきながら、
眼前を埋め尽くす勢いで迫る大戦鎚に、拳諸共。人体を鉄塊が打ち据えるややショッキングな音を上げ散らし、踏み止まれるはずもなく豪速で吹き飛ばされた。
「悪いねオーリン、加減とか無理なんだッ……!」
頭――――仮想脳に時限インストールされた【曲芸師】の使い方に従えばいいとはいえ、とにもかくにも〝名〟が秘める権能が奔放すぎる。
かの【剣ノ女王】や【剣聖】とは別方向で特級のじゃじゃ馬。一応は扱える分だけその二つよりマシではあるが、正直なところ進んで使いたくはない部類。
一歩一歩が、悉く馬鹿馬鹿しい。これをマニュアルで支配しているというのだから、ご本人の逸脱っぷりが深く理解できるというものだ。
つまり、白状すると、
「ささっと仕舞いにしようか……ねぇッ‼」
一秒でも早く、この無視界肉弾ジェット機を止めにしたい。こんなものマトモな人間に耐えられるアレではなく、ならば一秒でも早く、敵を仕留めなければ。
そして幸い、この〝名〟を降ろした身を以ってすれば、
「ふ……ッ――――」
遠く離れた敵へ辿り着くまで、一秒も掛からな
「――――はい、残念」
「……、………………マジか、少年」
果たして、一秒にも満たない一瞬後。
真っ直ぐに懐へ踏み込み、借り物の権能を以って喚び出した短刀の鋒を喉元に叩き込む……――――そんな思い描いた未来は、訪れず。
音速に迫るであろう速度で駆け抜けた身体諸共、幾重もの〝影〟によって拘束された幻影の刃は押せど引けどもピクリとさえ動かず。
捕らえられた、ことに驚いている訳ではない――――予め張られていた罠ではなく、確かに動きに応じた彼に捉えられたことに驚愕しているのだ。
「……まさかとは思うけど、見えてたのかい?」
歴戦の古兵、南の五位でさえ反応出来なかった速度に。呆然と称賛の合間で苦笑いを滲ませながら、構えることすらせず悠々と立つ少年に思わず問えば、
「まさか。本物より遅いとはいえ、見える訳ないでしょ」
【詩人】よりも一層の黒を纏う【不死】は、可笑しそうに笑みを零し、
「ただちょっと……――――最近、一緒する機会が多くてさ」
左手に宿した『弓』を解きながら、
「動き方は知ってるから、警戒してれば反応くらいできるよ」
「………………流石、君も東の序列持ちだねぇ」
なんでもないことのように宣ったテトラに、今度こそ純粋なる称賛十割の笑みを八咫が返す――――そして、それが刻限。
足元は、黒。
気付けばフィールド全てを満たしていた〝闇〟が、そっと蠢いて、
「〝抱き滅せ〟」
目前に敵を捕らえた『王』が、左手でどこからともなく取り出した小さな短剣を閃かせ……そっと、僅かに、己が肌へ傷を付けた。
そして、右腕からささやかな朱を散らした【不死】が告げる。
「――――《無限闇闢》」
然して、刹那。
〝闇〟へと転じた〝影〟の上。領域内に在る全ての者……即ち敵味方を問わず、君主たる少年を除いた三人の身に訪れるは等しく死。
それぞれのステータスバー下部、一斉に発現した夥しい数のデバフアイコンがアバターから一切の自由を奪うと共に、無数の状態異常ダメージの発生により有無を言わさず瞬時に残存HPが消し飛び――――鳴り響くは、試合終了の鐘音。
斯くして『第三回トライアングル・デュオ』一回戦、決着。
「………………ド派手な幕引きとか僕には無理だから、勘弁してよね」
「……十分すぎるほど、圧倒的かつド派手だったと思うがね?」
【剛断&不死】……もとい、味方諸共に殲滅した【不死】の独り勝ち、である。
え、リッキーはなにしてたのかって?
吹き飛ばされたオーリンにトドメ刺そうとして返り討ちにあってたよ。




