閃交、闇咬
それは無数の刃で容作られた冠。それは揺らぐ影を鋳型で固めたような冠。それは青葉と紅葉が撚り合い環を作る冠。それは白雲が揺蕩う不定形の冠。
輝きを以って開戦を告げた頂点に連なる四人は、その瞬間には既に観客の視線と心の行方などというまどろっこしいことは考えず。
心を奪うのは、確認するまでもない前提条件として振る舞うままに。
「「――――前衛、よろしくね」」
「「――――任せとけッ‼」」
【不死】と【詩人】、共に支援役を自認する後衛それぞれの言葉に頷き、戦士たちが地を蹴飛ばしたのは同時のこと。
【剛断】オーリンの手に在るのは、禍々しい黒の巻き布に封じられた呪物が如き大剣が一振り。そして【雲隠】リッキーの手に在るのは――――アルカディアにおいて使い手は極少数、ゲームに登場する武器として珍品に相当するモノ。
それらを、戦の熱に浮かされた男二人は、
「「いくぜオッラァ!!!」」
一切の躊躇なく、互いに全力で投げ付けた。
片や大剣。仮想世界有数の脳筋もとい筋力特化ビルドたるオーリンの手による投擲は、まさしく爆発的な威力を秘めるはずであろう大砲の様。
片や珍品。日々『地味』だの『目立たねぇ』だのと、己がスタイルを愚痴る筋力敏捷バランス型のリッキーによる投擲は……――まかり間違っても他人が地味とも目立たないとも言えぬであろう、音を置き去りに空を裂く閃光の如き様。
然して、見事に空中での正面衝突を果たした『大質量』と『軽質量』対極の得物。刹那の押し合いを制したのは――――後者。
それは本人たちに限らず、誰もが知っていた未来こと異常の光景。いくら豪速なれど僅か掌大の〝重り〟によって、戦士の身の丈に迫る大剣がカツンと軽い音を上げ小石かなにかのように宙を舞い……誰も、その行方などには目もくれず。
互いに非敏捷特化、しかし現実に比しては超人の歩。常人なら目を凝らしていなければ姿が霞むような速度を以って、僅か数秒で間合いを踏み潰した影二つ。
果たして、交錯の時。先を取ったのは、
「〝浮雲四式〟」
珍品こと、二つの重りならぬ『錘』を両端に備えた鎖分銅。放浪人めいた旅装の袖から垂らす、長物どころではない細鎖を巧みに従えた――――【浮雲流】開祖。
「《無知打》ぃッ‼」
瞬間、両袖から伸びる錘の先が掻き消える。
弧を駆け回る〝端〟特有の超加速。音どころか像を置き去りにする勢いで、打つに留まらず叩き裂く薙ぎ払いが正面に迫った敵の首を目掛け交叉し――
「――――相変わらずキレキレじゃ、ねえのッ!」
「躱されてちゃ格好付かねぇけど、なぁ……ッ!」
勘と経験の併せ技。視認困難な速度を誇る双撃の挙動を完璧に見切り、大きく上体を逸らして目前を通過する致死を涼しげに見送りながら。
後輩への称賛と、先輩への照れ隠しを口々乱暴に交換しつつ、
「ッ――――」
片や上体を逸らした勢いのまま、高々と右足を天へと振り上げて、
「――――ッ」
片や牽制の先で初手を躱された予測通りを切り捨て、即座に足を切り返し、
次なる、瞬間。
「そぉ……――――ッッッッッらァ!!!」
嗜みめいて大剣を背負う肉弾戦士。
『近接最高火力』ことオーリンによる全力全開の踵墜としがフィールドに着弾。破壊不能オブジェクトたる床を盛大に打ち鳴らすと同時、
「わかっちゃいるだろうが」
埒外の衝撃波が轟き荒ぶ中、咄嗟の回避を咬ませ爆風に乗った〝雲〟へと。
「余波も一撃の内だぜ?」
特殊称号『剛断』強化効果《断別せし剛躯》――――その秘めたる権能が一つは、己が四肢を用いての攻撃に対する斬撃属性付与。
それは例えば、拳撃や蹴撃によって生み出した風圧さえも。それが相手になんらかの効果をもたらす〝攻撃〟として見なされるのであれば、例外なく作用する。
ゆえに、
「――――ぁ痛っでぇ……!?」
身体を押し流すほどの衝撃波であれば、刃と成るに不足なし。然して轟風に巻かれたリッキーの身体、そこかしこからダメージエフェクトが……。
「つつ……――とまあ、そっちもわかっちゃいるだろうが」
赤い燐光が、出ない。
たたらを踏みつつ無事に着地した【雲隠】は、全身から薄く白煙を――――否、そのもの『雲』を棚引かせながら、
「俺に物理は効かねえぜ? 先輩」
「ほぼだろ後輩。盛ってんじゃねえよバーカ」
ニヤリと悪い笑みを浮かべれば、呆れたような弄りのツッコミは即座。
双方とも紛れもなく〝頂点〟に相応しい『技』と『力』を見せ付け、挨拶代わりの一当ては渡し合った。なれば、続いてのなにかを見せるは当然、
「――――真っ当にやるのは、苦手なんだけどね」
「――――そう嘯く子供こそ、相手取れば怖いものさ」
前衛を走らせ、リズムを目に収め、即座に戦いの流れを脳内に構築した後衛が二人。呟き程度でも確かに相手へ届けてくれるシステムアシストを存分に乗りこなしつつ、少年の声音とバリトンボイスが戯れを交換し合い……。
互いに侍らすは、黒の色。
「【暗夜影縫】」
足元から昇り墜ちる影を受け止めた少年の左手に、顕現するは夜空の短弓。
「【語り騙る夢見人】」
天に掲げた詩人の右手に降るは、頭上の虚空から滲み墜ちた黒木の撥弦楽器。
黒を纏い、黒を従える者同士。それぞれに魂の分け身を喚び出せば……行き着く先の光景を染める色など、見るもの全てが識っている。
なればこそ、
「いくよ」
「あぁ――――胸を借りよう、闇の君主」
彼らは畏れることなく、手中より暗く昏い闇の濁流を溢れさせた。
なお揶揄いで呼ぶと怒る。




