Ceremony
――――それは、ある種お決まりの演出。
照明の光量が、ゆっくりと絞られる。完璧な遮光性を誇るドームが日中において薄暗闇に満たされていくと共に、時を待ち侘びる観客たちが大きくざわついた。
ざわついて、次に訪れるのは静けさ。
映画や演劇などの〝舞台〟に適用される『開演します、お静かに』という、頭に染み付いた常識を以って沈黙を選ぶ多数へ全体が引きずられた結果だろう。
斯くして、集った皆々は知っている。予告された本格開幕の時間まで、本来ならばもうしばしの猶予があったことを。
斯くして、大多数の者は知っている。事前公開された『キャスト』の中に、今年もまた〝姫〟の名前があったことを。
斯くして――――半数以上の者は気付き、察している。オープニングセレモニーに現れず、その後も一切その存在に触れるアナウンスがされないことから、彼女が関わったなんらかの企画……サプライズが、裏で走っていることを。
ゆえに、
『『『――――――――――――――――――ッッッ!!!!!』』』
迸った一筋の照明が差した先。
舞台の中心に煌めく青銀が現れた瞬間、反応を用意して待ち構えていた観衆が一斉に湧き立ち、建物が内から爆発するのではと思わせる莫大の歓声が轟いた。
然して、現実世界に降り立った『お姫様』は……どこかの誰かさんの初々しい反応とは異なり、ビクつく訳でも顔を顰める訳でもなく、
「――――……」
ただ静謐に、言葉なく、そっと人差し指を口元に立てた。
それはもう、いっそ馬鹿馬鹿しいほど掌の上。瞬く間に従い侍った人波が再びの静寂を生み、ドーム内から音が搔き消える。
「……ん、ありがとう」
贈られるのは平坦な声、そしてありふれた感謝の言葉。
ただそれだけのことで、既に〝世界征服〟を果たしているアリシア・ホワイトは容易く会場全ての心を掴み――――
「改めて、ようこそ。私たちの舞台へ」
ほんのりぎこちない微笑を以って、更なる沼へと叩き落とす。
そうして一度、二度。各々が堪え切れなかった熱により断続的な歓声が伝染し、響き渡り……言葉を察して、何度目とも知れず従順に舞台が静けさを取り戻す。
「……しばらく前に、一人〝お友達〟が増えたの」
語り始めは唐突に、
「元々は知人。けれど、遊びに誘ったら思いの外に気が合って……」
緊張などまるで感じさせない、完璧に演じられた素の表情で、
「……ただ私が一方的に振り回されていただけ、のような気もするけれど」
紡ぐ声音は、甘やかな鈴音。
その中に、滅多に聞くことなどなかった――――正しくは、ある一時まで。盲目的な熱狂の中で彼ら彼女らが知ることのなかった、少女の無邪気さを感じ取り。
「ともかく。そんな我儘な友人から、ようやく表舞台に戻るって連絡が届いたから」
見惚れ聴き惚れる全ての者に、姫は真実〝素〟の笑顔を差し向けて。
「今……――――改めて、紹介するね」
真っ直ぐ前。手を伸ばした先へ、もう一筋のスポットライトを導いて、
次いで降り立った〝灰色〟に、困惑先行。そして数秒後、皆等しく頭の中に溢れ出したであろうハテナを興奮と混乱の混合物が押し流して、
「……ただい――――」
果たして、その身に緊張は抱えているのかいないのか。
ほわほわと帰還の名乗りを告げようとした『彼女』の口を待ってはくれず、真なるサプライズにいっそ狂的な反応を見せた観衆の熱が全ての静寂を駆逐した。
「…………大丈夫?」
と、流石にブランクか否か。過去の『四柱戦争』では緊張の「き」の次も感じさせなかった〝敵〟が、わかりやすく肩を撥ねさせて驚き呆ける様子を見て。
場を共にして観客たちと同じく、こみ上げる様々な感情の一端……即ち、友人に対する揶揄いを薄く表情に出しつつ声を掛ける。
さすれば、会場を真実混沌に叩き落とした『お姫様』こと【剣ノ女王】に匹敵する演者――――【剣聖】の名を冠する小さな大和撫子は、
「……、耳が、しびれています」
やはり、大して緊張はないようで。
先は単純に久方ぶりの歓声と熱気に対する反射だったのだろう、声音も喋り口調も一切が変わることなく。自身のリアクションにやや恥ずかしげな顔を魅せながら、空いた両手で痺れをほぐすように耳たぶを擦った。
すると、まるでそんな彼女を気遣うように。コワレモノでも扱うように。望外の奇跡が失せてしまわぬよう、大切に見守るかのように。
「人気者ね」
「ふふ、アイリスさんほどではありませんよ」
明らかに、彼女のため。お行儀よくボリュームが絞られた歓声の最中で立て続けに揶揄いを投げられ、【剣聖】は淑やかに笑みを零す。
「さて……――――それでは、ご来場の皆々様」
演じることにも長けた〝友人〟とは異なる、あくまで生来の度胸とマイペースを以って悠々と万の観衆を相手取り。
「【剣聖】うい。ご紹介にあずかりました〝我儘〟を終え、この度こうして舞台上へと戻らせていただきました……ですが、皆さんご存知のように」
ともすれば全てが『ひらがな』に聞こえてしまうような、ゆっくりおっとりとした語りによって多くの者を己が空気に巻き込みながら。
「私は口が達者な〝えんたぁてぃなー〟ではありません――――ですので、聴かせるのではなく見せることで……帰還の挨拶としたく思います」
そうして、一秒、二秒、三秒。
数えるごと明確に変わっていく……自らの気で変えていく空気の中。ゆっくり閉じた目を、ゆっくりと開いて、友を見る。
遅刻、遅刻も、大遅刻。
結果を見れば全てに乗り遅れ、全くもって間に合わなかった上での今。
彼女が言う通り――――否、彼女が言う以上に。仮想世界の誰よりも〝我儘〟であり、それを己がためだけに貫き通した自覚を以って、
閑居していた身で以って、かの【剣聖】は自分勝手に微笑んだ。
「アーちゃん」
「ん」
誘われた遊戯の旅にて時を共にし、言葉を交わし、親睦を深めた友に言う。
「謝罪も、なにも、言うつもりはありません」
「……ん。そんなの要らないし、必要ない」
彼女が抱えていた孤独を理解しながら、自分勝手を肯定して。
「遅くなりましたとも、お待たせしましたとも、言いません。けれど、だからこそ――――私は、独り善がりな我儘の果てに研ぎ上げた〝刀〟を以って」
無手の【剣聖】は、胸に手を当て前を見る。
「貴女の『友』に、名乗りを上げさせていただきましょう」
「………………うん。――――受けて立つ、よ」
その瞬間、舞台が変遷する。
照明が灯り、光り輝く境界線が奔り、フィールドが煌々と浮かび上がる。そしてスタジアムの中空、更には観客席の巨大スクリーン上部に表示されたそれが、
向かい合って映し出された【剣ノ女王】と【剣聖】の名とステータスバーが、その特大が過ぎる『サプライズ』の内容を告げる。
これこそが、真なるオープニングセレモニー。
いつかの〝星〟のように世界を蹴飛ばし、遊戯者も観客も等しく熱狂に叩き落した一幕に倣い、お遊びの大会を『本気のお遊びの場』とするべく。
待っていた者と、待たせていた者が、相対する。
その対話に、始まりの号令を掛けられる存在などなく。
「――――うい」
「はい」
「手加減しない」
「…………ふふ、はい」
舞台が戦いの場へと変遷すると同時、ドレスから戦衣へと一瞬で装いを変えた【剣ノ女王】が剣を取る。そうして、向けられた視線に、
剣聖は、ただ淑やかに微笑んで、
「私も――――この身に在る全てを以って、お相手いたします」
それこそ、一人の少女が願えぬままに願っていた言葉を返し、
「―――― 繭 幻 解 放 」
手を当てた胸元に、輝きが灯る。
そして、
「秘し隠せ――――《神館の揺籠》」
世界が知らぬ、名を詠んだ。
「――、――――っ」
期待を上回る、予想外。
装備やスキルどころの話ではない。他ならぬ〝特別〟を躊躇わず手に取った姿に息を詰めたアイリスを呑み込んで、彼女の世界が顕現する。
それは誰かが見慣れた秘所の棲み処……ではなく、誰かが見慣れた竹柵の輪。
直径おおよそ三十メートル程度の真円を描く、戦いの境界線。
そして……そして。
「では……――まず一つ。〝すきる〟や〝魔法〟は無しにしましょう」
「っ……?」
「次に二つ……〝すてーたす〟も、少し抑えることにしましょうか」
「……、…………」
「三つ。勝負は一本先取、先に得物が相手の身体へ触れた方の勝ちです」
「…………」
「四つ。…………四つ、そうですね……あぁ、これ以降、装備品の特殊な効果も禁止といたします。互いに剣一本、刀一本で試合うとしましょう」
次々と、真実『勝手』を宣い続ける彼女。その様子を見て、言葉を聞いて、黙して思考していたアイリスは――――答えに至って、微かに目を瞠り、
「…………そんなのアリ?」
困ったように、文句を言うように、問いかければ。
「ふふ……申し訳ありませんが、有りなんです」
彼女は微笑みを崩さぬまま、己が敷いたルールの上で、
「アーちゃんの言う通り――――〝我儘〟な私に、似合いの語手武装でしょう?」
悪びれもせず、悪戯っぽく戯れる。
「それでは、最後にもう一つ」
そして、そして、そして、戯れはまだ終わらずに。
「得物も、対等としましょうか」
胸の奥底より現出した輝き。
絢爛な羽織りを透過して現れた眩い〝鍵〟を【剣聖】の御手が掴み取る。
「――――『夢現に揺蕩う月代の御身、剣聖の名を給ひし我が請ふ』」
口ずさむは、祝詞。
「『恐れぬことを契らむ、歩み止めぬことを契らむ、刀なることを契らむ』」
心を以って、契る言の葉。
「『三を契りて願ひ奉る、道行きに足る剣を一振り、授けば給へと白す事を』」
然して、踏み出す一歩を誓う約定を以って、
「『聞こし食せと、恐み恐みも白す』――――」
彼女の手が、掴み取るは、
「〝心威抜刀〟」
瞬き生まれた、霊光の〝刀〟が一振り。
世界を造る権能を以って、己が心を容とした刃を今、音高く抜き放ち、
「【晴天叢雲】」
名を呼び、従え――――【剣聖】が往く。
「さぁ、名高き【剣ノ女王】様……――――心ゆくまで、試合いましょう」
もう誰にも、己にさえも、その歩みは止められぬとばかりに。
勘の良い読者の方は、もしかすると察しているやもしれませんが、
次回、時が飛びます。
なにを言われようが絶対に、今は二人の戦いを描写する訳には行かないので、お許しくださいと命乞いをすると共に、未来で最高の『その時』をお約束します。
私 だ っ て 描 き た い ん だ よ 。
一応トラデュオ中に二人の活躍の場は来ますので、それでご容赦くださいませ。




