Opening
意識を飛ばし仮想の身体にて降り立ったトラデュオの舞台。天蓋に覆われた広大なドーム空間の形は、扇形状ではなく長方形タイプ。
周囲を囲む観客席は数万人を易々と呑み込むに足る規模であり、またそれらの頭上四面に設置された巨大壁面スクリーンに拡大された役者の姿が映されている。
それらは勿論、埒外の技術を以って造り上げられた拡張現実フィールドが映すモノ。更にはマイクいらずで拾われた『音声』は極めてクリアな質を以って観客席へ届けられるということで、先程のじゃれあいもバッチリ聞かれていることだろう。
超恥ずかしい。しかし、衆目の視線に多大なる緊張と羞恥を感じるからこそ――
「……すげぇなノノさん」
広大な空間に響き渡る元気一杯を体現する溌溂とした声音に、驚嘆するばかり。
万の群衆にも場の空気にも恐れず畏れず、それは必要なのか雰囲気づくりの小道具なのかマイクを片手に、入場してきた俺たちの只中にて跳ね回る姿。
他ならぬ俺の友人にしてニアの恩師、ノノさんこと【彩色絢美】ノノミである。
明朗な声で、楽しげに、観客を巧みに己がテンションへ巻き込むように、ハキハキワーワー騒ぎながら説明を交えた舞台進行をしていく彼女。
普段着というかプライベート用の洋装ではなく、自身の作品なのだろう見事な着物で着飾った姿は西の序列持ちに相応しい空気を纏っており……極まった立ち回りと併せて、完全に場へ受け入れられているのも無限に頷ける。
…………あ、目が合った。ウィンク死ぬほどお上手ですね。
「――――そーりゃもう、あたしらの先輩ですしー?」
と、舞台設備に拾われない程度の小声を聞きつけて、オープニングセレモニーが進行する中も好き勝手に友人各位へ絡みに行っていたちみっこが戻ってきた。
ひょこっと顔を出した赤色が『当然でしょ』とばかり謎のドヤ顔を披露しているが、まあ言わんとすることは理解できる。
流石は【野々宮 蜜柑】――――元アイドル様ってなところだろう。
事務所が同じとかそういうアレではないらしいが、同業界内にてミナリナとは昔からの知人であったとのこと。でもって双子(双子じゃない)がアルカディアを始めたのも、元を正せば彼女に誘われたからというのがまさかの原点。
でまあニアとの馴れ初めも、そっから道が繋がって……ってな訳で。
世界は広いが狭いってか、いろいろ繋がってんだなと謎に感心するばかりだ。
「へいへい固いぜお兄さーん。ノノちゃん見習ってリラックスしなさーい?」
「見習う相手が特異すぎるだろうがよ」
心に幾許か納得と余裕は生まれども、それで全てを吹き飛ばすには頼りなく些細が過ぎる小戦力。筋肉の緊張までも仮想の身体に再現する超技術を以って、怪しい手つきで二の腕を揉んでくるミィナに続く弱気を看破される。
軽口反論を返しつつ、胸の内で必死に深呼吸を繰り返すのが精一杯だ。
「オープニングが終わったら、待合室。もう少し頑張って」
「気遣い痛み入るよ……」
数秒遅れて、逆サイドから青色。いつもの如くダウナーな表情のまま相方に引き摺り回されていたが、こちらもこちらとて緊張とは無縁な様子。
揃って『人に見られる』ことが本職とはいえ、この歳で大したものである。
まあ、俺が知っている二人の年齢は現実世界におけるアイドルとしてのミナリナ――――つまり【才門 未奈】と【天羽 理奈】の公表プロフィールにある『十七歳』という表記が情報源であり、それが真実であるなら一つ下ってなだけ。
ちなみに現実だとコイツらも立派に成長しており、変わらず小柄ではあるが身長もいくらか伸びている。二人のアバターは三年前の姿で止まっているものの、だからこそ実際は年下のソラに甘え尽くす光景に「えぇ……」となる訳で――
「あ、この顔はあれだよ」
「現実逃避で適当なこと考えてる顔」
「いつもなら、衆人環視の下で美少女二人に引っ付かれてる状況を流さないよね」
「本格的に緊張してる」
「ま、無理ないけどもさ。ところでお兄さんスーツ似合ってなーい」
「着慣れてない感は逆に需要ありそう」
「なるほどそっちを狙ったか。あざとい流石お兄さんあざとい」
「どっちもそっちも狙ってねぇよ、いい加減に離れてくれ……!」
これもいつもならステータスなり〝影〟なりで放り投げるところだが、今の俺には弱々しく腕を振り距離を取るよう請うのが限界。
敢えていつも通りをぶつけて調子を取り戻せるよう計らってくれているのは察しちゃいるが、とにもかくにも一旦、一旦は落ち着かないとダメだこりゃ状態だ。
ゆえに、しかし、できることは堪え忍ぶのみ。願わくば、開会式のラストイベントが早く速く疾く来てくれることを祈るばかり――――
『――それでは台本通りの面倒事も一通り消化したところでぇっ! 早速いっちゃいましょうかね皆さんお待ちかね、ペア分けランダム抽選の時間だぁい!!!』
……と、果たして祈りが通じたというか、呑まれている間に時間が飛んでいたのだろう。声が枯れないのか心配になる飛ばしようで盛り上げに励むノノさんがシュバッと天高く空いた片手を振り上げれば――――頭上の虚空に現れるは、
「…………やりたい放題だな超技術」
「すーっごいよねぇ」
「数百年先取りじゃ済まなそう」
此処にいる俺たちが言えたことではないが、実際そこに在るとしか思えない宙に浮かぶ巨大ビンゴマシーンを見てツッコミは我慢できず。
これが現実世界に投影されている虚像だと言うのだから、全く意味不明だ。
『んではでは皆さんハイせぇーのっ――――最初はだぁーれだあっ!!!』
で、開催三度目ともなれば最早お決まりなのだろう。
ノノさん主導の数万人による超絶ノリノリ『だーれだ』コールと共に、ガラガラと……ではなく、鈴が鳴るような軽やかで心地良い音を立て、抽選機が回り出す。
然して、数秒後。マシーンの口から勢いよく飛び出た球――――否、眩い〝星〟がパッと中空にて弾け、進行役が掲げっぱなしにしていた左手に集い、
『第三回、記念すべき一人目はぁー……――――【無双】!!!』
光を放つ『名札』をタメたっぷりに読み上げた瞬間、もう何度目とも知れず観客席が歓声にて爆発した。気持ちもノリも理解できるが、真っただ中で圧を受ける身としては正直なとこ堪ったもんじゃない。
友人知人はどうして皆、揃いも揃って涼しい顔をできているのか。最近は俺もこなれてきたと自惚れていたが、やはり根本からしてメンタルが違う――――
「………………」
と、思いつつ改めて周囲を見回して。離れた位置……北陣営の序列持ちが固まっている場所にて、堂々と腕組みをしつつ不動で青い顔をしている友を見つけた。
ちょっと待って、今なんか凄いお前のこと好きになったわ。
左右の弟子&後輩に気遣われている辺り、そういうことでいいのだろう。四柱をメインに大舞台や人前なんざ気にしないみたいな振る舞いだったが……いやはや意外。リアル舞台に関しては俺側である疑惑が、ここに来て唐突に浮上した。
なんか救われたぜ。仲良くしようやトラッキー。
『二人目はぁー……――――【城主】!!!』
「うーっわ……」
「いきなり酷い組み合わせ」
と、俺がひっそりと心の友を見つけて僅かばかり心の安寧を積み上げる内。進行していた組み分けが記念すべき一組目を確定させる。
左右から文句めいた言葉が零れるが、それについては俺も完全同意。
東と南の三位同士。紛れもない序列上位の組み合わせにして、ぶっちゃけ『そこは組んじゃダメだろ』と言わざるを得ない好相性ってか超相性の筆頭例。
守を突き詰め攻に転じる天才と、究極の防を備えた眠り姫。
つまるところ、尋常ならざる矛ってか〝刀〟を佩いた無敵要塞のできあがりである。一体全体なにをどうすれば守りを抜けるのか、全くもって想像できない――
『いいねいいね盛り上がってきましょう三人目ぇっ!――――【群狼】!!!』
そして、まさかの序列上位三連発である。
遠くで頬を掻いている序列二位にして北陣営のまとめ役ことジンさん。数えるくらいしか対人戦をしたことがないと公言している彼だが、その『数えるくらいの経験』こそがトラデュオであるため当然こうして参加していらっしゃる。
なお第一位。まあ来ないよね知ってた。
『四人目はぁー……――――ぁっ……じゅ、【重戦車】ぁ!!!』
「おい」
「えぇ……」
「流石に抽選機バグってない???」
三位ペアの次は二位ペアかよとツッコミを入れたのは、俺たち三人に留まらず。選ばれた当人たちを含めて『マジかお前』みたいな顔で口々に言葉を漏らしているが、残念ながらお前もなにもランダムスクリプト相手に文句は通らない。
『だ、大丈夫かなコレ……んまぁ大丈夫ってことでハイ五人目ぁっ!!!』
司会進行役もヤケクソになってない? 大丈――――
『っ! そら来ましたよ――――【曲芸師】ぃッ!!!』
――――……大丈夫、ではなかった、その瞬間。
別に前四人に比べて俺の人気がどうとか、そういう問題ではないだろう。ただ単に、直近で世間を騒がせ続けた問題児に対する反応というやつ。
音が消えたかと錯覚するほどの大音響に煽られて、真面目に意識が飛びかけた。
ずっっっと謎に引っ付いている件には物申したいが、今この瞬間に限っては礼を言いたい。二人に支えてもらっていなければ、おそらく尻餅を着いていただろう。
『皆さん期待のトリックスター!!! 我らが新星のペアになるのはぁ……!』
そんでやめて、露骨に煽り文句とか入れなくていいから粛々と進行して――――
『おっとこれは同陣営のお姉様――――【熱視線】だぁっ!!!』
「あら雛ちゃん」
「…………これも、酷い」
斯くして、左右からキョトンとした声音と文句が零れる最中。
同陣営ペアもアリなのかーと痺れた頭で呆ける俺の傍へ、コツコツと靴音を鳴らして近付く気配が一つ。振り返れば、そこには当然、
「ふふ……よろしくね、ハル君」
普段の華やかな梔子色とは異なるフォーマルなドレスを纏い、普段通り魅力的な年上の微笑と色香を放つ同陣営のお姉様。
「さて……三度目の正直、二度あることは三度ある、どちらになるのかしら」
「………………も、もしや、割と根に持ってらっしゃいます?」
余裕たっぷり悠々と揶揄いを放つ彼女と握手を結べば、更なる歓声が押し寄せて……――――此処に、俺の『トライアングル・デュオ』が幕を開けた。
◇『トライアングル・デュオ』お便りのコーナーについて◇
・参加する序列持ちプレイヤーに対する応援、質問等のメッセージを募集します。
・選出されるお便りは管理委員会の審査および抽選を経て決定されます。
・招待客の皆様は奮ってご応募のほど、よろしくお願いいたします。
だそうです。招待客の皆々様、応募用紙こと感想欄にてお気軽に。
もしかしたら採用されたりされなかったりするかもね。




