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斯くして、本番当日まで残すところ五日――――なんて、その程度の猶予はあれやこれや現実と仮想を行き来する間に爆速で過ぎ去り時の藻屑。
むしろなにかしらの予定を近くへ置いている分、更には『瞬きすれば日付が飛ぶ』でお馴染み長期休暇マジックも合わさり体感時間は超過加速もいいところ。
即ち、あれよあれよと……――――
「………………平気?」
「ま、まあ、大丈夫、だろ、多分、きっと、おそらく……」
「ダメそうね」
九月半ば、来ませりは週末日曜にして終末日和の午前十時前。
集合時刻まで残すところ十分弱。様子を見に部屋を訪ねて来たアーシェは流石の慧眼というか、まさしく俺は本番直前で見事なまでにメンタルをやられていた。
玄関開けたら十秒でクスリと笑われてしまったが、こちとら全く笑えねぇ。
いやもう今更というかやはりというかゆうてわかり切っていたというか、今日の今日まで誤魔化してきたものの結局のとこ今回はこれまでと違うというか。
この後、これから、生身ではなく意識だけの写し身とはいえ、現実世界にて数万の人間が待ち受ける舞台に馳せ参じるのだと考えると……ほんと、もうね。
緊張しない、わけが、ねぇだろうがよと。
「慰めにはならないかもしれないけれど、普通は皆そんなものよ。いくら変わり者が多い『序列持ち』と言っても、最初から臆せず大舞台に立てる人なんていない」
「…………アーシェも、人並みに緊張ってするのか?」
「勿論。大舞台の前は、いつだって身体が震える」
確かめてみる? と、両腕を広げる彼女の戯れには苦笑いを返しつつ。
「半分以上は武者震いってオチではなく?」
「そうするのは、むしろ貴方の方が得意なはず――――ほら」
諸々を適当に誤魔化して時に身を任せようと諦めている俺を、結局アーシェの両腕が捕まえた。弱ったことに、弱り切った俺に回避行動の択はなく。
グイと強引に頭を確保され、
「添い寝はできないけれど、ずっと私が隣にいる。心強いでしょう?」
首元で、あやすように優しい熱が囁いた。
「…………心はアウェイでも、身体はホームってか。そりゃまあそうだけどもさ」
〝お隣さん〟による迫真の励まし。ついでに積まれていく羞恥も手伝って、ヤケクソ気味ではあるが欠片程度の覚悟は決まったような気がしないでもない。
下手すりゃ決まるってかキマってる精神状態に足を突っ込みかねない現状ではあるが、もうそうなったらそうなったでいっそ楽かもしれないなと。
「逆隣には、賑やかな引き籠もり&保護者の応援団もいることだしな」
無理矢理にでも軽口を叩けば、俺の顔には引き攣った笑み、アーシェの顔には無表情の微笑がそれぞれ浮かぶ。今もって、メンタル良好とは言い難いが……。
「そろそろ時間――――まだ心細ければ、おまじないをあげるけれど」
「……なにが飛んで来るやら恐ろしいから、遠慮しとくよ」
「ふふ、残念」
無限にグダグダやっていたくとも、残念ながら時間は待ってくれない。
そもそも何日、何週間、何ヶ月と掛けて結局は整えられなかった心を、土壇場の数分で宥めすかすなど無理無茶無謀な話だろう。
だから、もう、開き直って。
「それじゃ、向こうでね。ハル」
「あぁ、向こうで」
自室へ戻っていったアーシェを見送り、ドアを閉めた瞬間に両手で思い切り頬を張る――――いや力入れ過ぎたわメッチャ痛てぇ。
極めてフワついたテンションを自覚しつつ、自分を馬鹿めと罵りつつ、リビングを抜け、廊下を進み、辿り着いた寝室でベッドの上からスマホを攫い、
『がんばってください』
会場へは行かず、自宅にいる相棒からの応援一言を胸に落として、
「スゥ――――――はぁあ――――………………『パーソナル・シークエンス』」
横たわった機械仕掛けの方舟にて、特殊機動モードの鍵言を呟く。
斯くして、音もなく閉まった【Arcadia】の上蓋に、見慣れた文字列が瞬いて、
「ドライブ・オン」
俺の意識は、現実世界にて眠りについた。
――――そうして、目覚めた場所は、
「半年ぶりの光景だぁ……」
見渡す限りの白一色。
戦時拠点の訓練室と比べても一層の白、現実の肉体であれば秒で目が痛くなりそうな光景は、初めて仮想世界に飛び込んだとき目にしたもの。
起動の際に鍵言を挟むことで入ることのできる、通常であれば用のない途中駅のような仮想空間。身体を見下ろせば眠りにつく前に現実で着ていた衣服が目に入るように、今の俺は【Haru】ではなく【春日希】の姿で此処にいる。
然して夢の狭間を訪れた俺の他、真白の空間に存在するモノが一つ。
懐かしきスタートアップ時に在った大きな姿見……ではなく。目前の宙に浮かんでいるのは、小洒落た装いの小さな封筒だ。
はてさて、事前に聞いていた通りの演出。
然らば………………然らば!
「かかってこいや、カボチャじゃがいもエトセトラ……ッ!」
覚悟を決めて、テンションをキメて、握り潰さん勢いで封筒を掴み取る。さすれば、独りでに封を解き放ったソレから便箋代わりの光が溢れ出し――――
首元をくすぐる感覚が、俺から俺へ姿が変わったことを明確に告げる。
そして、チラと見直した己が〝装い〟に対して一言。
「――――――……っは、絶望的に似合ってねぇだろうな」
次の瞬間、空間を埋める〝白〟が開けて、
『――――――――ようこそっ! 現実と仮想の交わる舞台へ!!!』
近くに多数、遠くに膨大の気配が現れると共に、聞き覚えのある声音がテンション高く元気溌剌に『歓迎』及び『開幕』を告げる。
止まりそうになる呼吸を誤魔化しながら、眩い照明と怒涛の歓声を浴びながら、我ながらぎこちなく辺りを見回せば……そこは舞台の中心地。
俺含め男性はスーツ、女性はドレスと現実世界に即した格好でめかし込んだ友人知人たちを取り囲む、巨大なスタジアムと人の大波。
「――――……」
ってか、待って、止まりそうってか、マジ、息――――
「――――よう坊主。流石のお前さんでも震えてんなぁ?」
「――――シャンと立て。早々に無様を晒すんじゃない」
「おごっはッ!?」
――――できねぇと冷や汗を垂らしかけた瞬間、左右からバシン!!! ドゴォ!!! と背中を叩かれ殴られ呼吸が通った。
さて誰の仕業かなど、問うまでもなく……。
「けほっ……おう、こら……! なぜ叩くに留まらず殴った……‼」
「ゴルドウと俺とじゃ、そうでもしないとバランスが悪いと思ってね」
「STR:500でゴッサンより上だろテメェッ!!!」
共に色味の違う金。獅子のように金髪を逆立てた偉丈夫と、サラサラが過ぎて腹立つレベルのブロンドを小奇麗にセットした青年が一人ずつ。
東陣営の身内こと【総大将】並びに【無双】――――それぞれに意味が分からない域までスーツを着こなした先輩が二人。
「あっはは、まーた男子が馬鹿やってるよ飽きないねー」
「仲良し」
次いで、どこからともなくチョロチョロとやってきた【左翼】と【右翼】のちみっこペアが毛ほども痛くない腹パンを謎に見舞っていき、
「去年は僕もそんなだったな。ま、どうせ先輩ならすぐに慣れるでしょ」
本当かよお前とツッコミを入れたくなるほど、普段通り極まる【不死】こと後輩一号が気配もなく現れ肩を叩いて、
「うふふ……そういう反応こそ、むしろ好意的に見られるものだけどね」
「………………まあ、やることは戦るだけだ。そう気負うな」
いつもの如く、お手本のような大人の余裕を振り撒く【熱視線】のお姉様。そして珍しく目を開けている【双拳】こと体術教官様からもそれぞれに。
やや離れた位置で気だるげに立っている【銀幕】殿――――そして、いまだ舞台に姿を現していない【剣聖】を除いた、先輩方による迫真の励まし。
集った友好と気遣いに泣けてくる。そして、
そして、それ以上に……………………なんか、こう、なに?
先輩方が俺に絡み始めてから確実に爆発的に圧と熱気を増した歓声諸々が、早くも限界オタクの軍勢による大合唱にしか聞こえず困惑を呼ぶ件について。
「……………………あぁ、まぁ、そうか。そんなもんかね……」
別に、必要以上に『別世界』と思い込まなくとも良いのだろう。
スポーツ観戦よろしく、ライブ鑑賞よろしく、こんなバカ騒ぎの舞台に集った彼ら彼女らは、全て皆が等しくまではいかずとも……少なくとも、大多数が、
「仮想世界も現実世界も、変わんねぇか……」
少なくとも、この場においては。
つまんねえことは置いといて、ただひたすら盛り上がろうぜという、一つの目的のために押し寄せた同類に違いないのだろうから。
それはそれとして胃は痛い主人公。




