青春中
――――で、身内を招待するとなれば両親に次いで当然のこと。
「という訳で、ここに招待券が四枚あります」
「神はここにいた……」
「神様仏様ノゾミン様……」
「…………まともに手に入れようとすれば、倍率数十倍じゃ済まない……」
「い、いいのかな、本当に……」
いつもの如く四條邸。前々から言っといたことだというのに、いざ現物を前に掲げ出せば本気か冗談か各々で慄く友人各位。
母上父上はパスとのことで、和さんから『好きなだけ呼んでいいよ』などと言われていたが結局のとこ俺が招待したのは全部で六人。
このように大学グループと……ってか、そっくり全員大学関係者か。
誰かと言えば、大学理事長こと九里さん。まあ間違いなく多大なサポート諸々で世話になっている相手ということで話とチケットを持って行ったら、そりゃもうハチャメチャに喜んで受け取ってくれた。
生徒からこういうの受け取っていいのかなと少々疑問だったのだが、曰く『むしろ貴方の好意を無碍にする方がとんでもない』と迫真の即答。
相も変わらずというか……かのマダムを相手にしている時こそ、最も自分の立場が愉快なことになった現実を自覚する瞬間と言えよう。揃って大の仮想世界ファンだという旦那さん共々、どうぞ楽しんでいただければ幸いである。
ちなみにニアは「人、一杯、無理」と迫真の引き籠もりムーブで招待を拒否し、そのご友人こと三枝さんは「引き籠もりと一緒にお家観戦しないとなのでー」と迫真の保護者ムーブで辞退なされた。正直知ってたというか既定路線である。
――――と、それはさておき。
「ほい、んじゃ渡したぞ。各自なくさず持参するように」
「「ハーイ!」」
「ありがとう」
「わぁ…………わぁ……これが、幻の…………」
小学生もかくやといった素直で元気な返事を寄越す幼馴染ペアに、声音は冷静なれど微かに震える手で受け取った美稀。そして、声も手も全部を震わせながら至極恐々な様子で受け取った四條の御令嬢。
毎度のことだが、このグループ内で断トツ諸々の反応が地に足付いているというか庶民的なのが楓だと思うのは気のせいか?
あるいは非箱入り令嬢だからこそ、物の価値を人より深く知るゆえの反応か。
とにもかくにも良いキャラをしていらっしゃる。どうかずっとそのままの楓でいてくれと思うと同時に、ふと悪戯心が芽生えるが自重――――
「ちなみに今回は【剣聖】様がいらっしゃいますので、お楽しみに」
――――しようと思ったけど口が待ってくれなかったわ。無念。
いやまあ別に内緒って訳じゃないし、この面子の口の堅さを信頼した上で諸々の危険性を鑑みてどうせ伝えとくつもりではあったのだが……。
流石に、いきなりぶっぱは悪戯が過ぎたというか。
「………………………………ぇ――――――――――――――――――」
「…………希君?」
「悪い、その、ついポロっと……」
蚊が鳴くような声音を漏らして機能を停止した楓の隣、溜息を吐き出した親友様からジト目を拝領。でもって、毒を喰らわばなんとやら。
「その、なんだ。この面子には【蒼天】のこと報せてるから言っちゃうけど……あれです、しばらく前から俺の師匠がウチに加入なされてだな」
「「「は???」」」
おおう、まさかの三人シンクロ。
反応がない楓に関しては……大丈夫、多分おそらくきっと呼吸はしてる。
「これからは、ちょいちょい表に顔を出されます。ういさんが映ってる動画の編集とかも頼む可能性が無きにしも非ずだから、そのつもりでいてくれってことで」
「ってことでじゃねえんだよ、は? マジで?」
「マジで。クラン単位では既にそこそこ一緒に冒険してるぞ」
「いやマージかー……マジかぁ…………」
楓ほどではないにしろ……というか、アルカディアオタクは誰しも大なり小なり【剣聖】のファンと言っても過言ではナシ。それぞれ結構な反応を披露する俊樹と翔子を見て、改めて恐る恐るガチファンの方を窺えば――――
「……………………………………な、泣いてる……」
「……刺激が強過ぎた。回復にはちょっと掛かりそう」
固まったまま、それはもう綺麗な涙を流し始めた親友を当然のように抱き寄せる美稀さん。美人女子大生の美しき友情を前にして流石に罪悪感が湧いてきたが、眼鏡越しの瞳と目が合えば責めるでもなく困ったような笑みを向けられた。
「お察しの通り、いつもの病気の嬉し泣きだから気にしないでいい。動画、私も期待して待ってる――とてもとても、期待して待ってる」
「…………実は既に何本か撮ってはあるから、ういさんと他面子に確認しとくよ」
「よろしく」
クランのことを世間に周知させるつもりはないが、数本程度なら同陣営繋がりで誤魔化せるだろうと『身内パ』の動画は元より公開する予定だった。
時期は考える必要があるが、別に今『YES』を返しても嘘にはならない。
で、
「まー……しゃあないよねぇ。事前に言っとかないと、当日に会場でサプライズ喰らったら楓ちゃんガチで気絶しかねないし」
「あぁ、そういう……それは確かに、予防接種しとくべきだわな」
つまりは、そういうことである。
俊樹も翔子も割と散々な言いようだが、四條御令嬢のコレは最早グループ内で羞恥の――もとい周知の事実であるゆえ、本人が聞いていても否は唱えないだろう。
斯くしてチケット配布が無事……ではないにしろ終わり、数十分程度の間を挟んで限界オタクが復活した後のブレイクタイム。
五人で囲む卓上を賑やかすのは、いつもの如く見事な香りを振り撒く紅茶と茶菓子。ただし後者に関しては、四條邸に置かれている高級菓ではなく……。
「ほんっとさぁ。ノゾミンほんとさぁ、諸々スペック高くない?」
「男友達で当たり前のようにケーキ焼く奴なんて希が初だぞ。どうなってんだ」
「売り物みたいに綺麗だけど……これも、アルバイトで?」
「いや、菓子作りに関しては父上の趣味。子供の頃から手伝ってる内に感染った」
他でもない、昨日に焼いたシフォンケーキ。ホールで二つ焼いたうちの片方は既に四谷宿舎の面々が綺麗に平らげており、こうして持参したのはもう片方。
「ほんとにぃ……? 物凄い手際よかったけど。プロみたいだったよ?」
「煽てられるのも悪い気はしないけどさ」
とは、先程キッチンをお借りしてホイップを用意する様を見ていた楓さん。
プロみたいもなにも泡だて器でシャカシャカやってただけなのだが、妙に感心したような目でジッと見られてそりゃもう背中がむず痒かった。
「ってか、ワーワー言わずにさっさと食べたまえ。あんまり期待感ガシガシ上げられても困るし恥ずいし居心地が悪いし恥ずいから」
「「ハーイ!」」
「ほんと仲いいね君たち」
例によって元気花丸なペアに義務的なツッコミを入れつつ、自分の皿から一口ぱくり……うむ、まあ、美味しいってか非常に食べ慣れた味である。
続々と食べ始めた友人たちの反応は……。
「んぁぇえ………………これ、これ同い年の男子が作るのかぁ、マジかぁ……」
「なんかもう、一周回って腹立ってきたな……」
「美味しい。定期的に食べたくなるやつ」
「………………ほんとに、プロの人じゃないの?」
各位、とりあえず良好なようで。めでたしめでたし――――
「あ、ノゾミンはーいちょっと質問ってか好奇心が止められないので一個いい?」
「うん?」
と、完全に気を抜いてリラックスする一瞬手前。感動してんだか打ちひしがれてんだか判断が付かない様子で震えていた翔子がシュバッと挙手。
顔を向ければ、彼女はまるで口にしづらいことを口にする前のように覚悟を決めつつタイミングを計る素振りを見せて……――
「『トライアングル・デュオ』ってさ、ファイトマネー出るって噂じゃん?」
まさしく、友達でも――――というよりは、友達だからこそ、おそらく訊ねる側は口にしづらいことだろうなという話題をぶっ放した。
「あー……」
話というか『問い』の方向を一瞬で悟り、微妙な声を漏らしつつ周りを見れば……咎めるような声や視線はなく、誰も彼も浮かべるのは気まずさ&好奇心。
いや、気持ちはわかるよ。
仮に逆の立場なら、俺だって好奇心を抑えられたか自信はないから。グループ随一の好奇心星人こと翔子であれば、そりゃ我慢は無理ってなもんだろう。
「や、あの、別にね? 正確な額が知りたいとか生々しい話ではなくって、ただその、どんくらいの規模感なのかなーみたいな、社会科見学的な意図的な」
「わかったから。わかってるから。気持ちは死ぬほど理解できるし気にしないから、そんなテンパらなくていいぞ」
重ねて、俺も同類だ。
ゆえに……ま、規模感を耳打ちするくらいはヨシとしよう。
「え、あ、はいっ」
ちょいちょいと手招きすれば、なにをそんなにといった具合で驚きながらパパっと近寄ってきた翔子に苦笑しつつ。気まずさを果敢に踏み倒して好奇心に殉じた勇者への褒美として、確かに存在する『報酬』をザックリ囁くと――――
果たして、数十秒後。
「……な、なあ、おい。一体全体どんだけ――――」
「しらないほうがいい。もどってこれなくなる」
「…………大体、察した。いえ、全然わからないけど、大体」
「あ、はは…………」
と、もどってこれなくなった翔子と戦慄する他三人が出来上がり。もういっそ開き直って愉快に感じる和やかな一幕…………あぁ、そういやもう一つ。
実は君たちが食べてるケーキ。ちょっとだけとはいえ、かの【剣ノ女王】が手ずから仕上げたメレンゲ様が内包されてるというサプライズ案件については……。
まあ、内緒にしとくのが吉だろう。
ちなみに参加する序列持ち全員に一律で配られるため、各人の序列順位や知名度およびトーナメントの成績等は報酬額に一切関係しない。
ゆうてそこまで破滅的な額ではないです。
でも具体的にいくらかはもどってこれなくなるので秘密。




