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『トライアングル・デュオ』――――世界唯一のVR機器【Arcadia】が描く夢を現実に映す世界唯一のリアルイベントにして、仮想世界の星が集う非現実の宴。
世間の熱狂と願いを受けて『四谷開発』が舞台を造り上げ、仮想世界に関わる名立たる企業協賛の下に成立した年に一度の娯楽大祭。
技術の主たる四谷は祭りの運営自体にほぼ関わっておらず、それゆえの半公式リアルイベント。ドーム建設以降は公式が一切アクションを見せぬまま触れていないため、ある意味で開催側も参加側もファン一色の祭りと言えよう。
闘技の舞台に立つ者は、仮想世界の頂点こと『序列称号保持者』たち。非武闘派の西陣営を除いた南北東の三陣営序列持ちが出場依頼を受ける立場にあり、当然ながら強制はされないまでも……まあ、実質的には暗黙の了解的な全員参加。
流石に一部の特例者、例えば個人での戦闘能力が皆無あるいは『二人組』という状況下で一切の実力が発揮できない者は除外されるが、他は大体が顔を出す。
あとは最近までの【剣聖】然り、戦い自体を好まない者くらいか。
重ねて強制はされていないってか、現実においても〝多〟の熱狂的な支持を以って特権階級にある『序列持ち』に無理を言える存在が何処にいるという話。
そもそも、如何な『序列持ち』とて元を辿れば一人の娯楽を楽しむ個人。そんな人間になにかを強制するとなれば、それこそ四谷が黙っちゃいないだろう。
さておきそんな『トライアングル・デュオ』の詳しい内容はと言えば、現実世界のドームに観戦者を招いて行われるタッグトーナメント。
そこだけは〝道〟を敷いてくれる開発元の助力を得て、参加者は各々の箱舟から意識だけを飛ばして開催当日に現地集合。アルカディアから引っ張ってきたアバターデータを以ってスタジアムに降り立ち、祭りに参加する運びとなる。
なおペア組は当日ぶっつけの完全ランダムであり、事前の連携云々など打ち合わせを仕込む余地はナシ。場合によって組み分け事故……例えば前回大会みたく東の【不死】&北の【雲隠】といった火力不足ペアが発生したりしなかったり。
けれども、それもまた味として楽しむのがトラデュオ。むしろ事故やハプニングも大歓迎ってな具合に、スターたちのラフで身近な姿をこそ望まれる。
そんな感じでトーナメント戦がメイン……ではあるのだが、他にも実況ならぬ『観戦駄弁り枠』的にアンケートで選出された序列持ちが二人組で各試合の賑やかしを依頼されたり、お便りのコーナーとかいう恐ろしい企画もアリ。
総じて、とにかく、距離を近くして盛り上がろうぜってなノリな訳だ――――
「――……とまあ、そんな感じの」
『アンタじゃないんだから、私もお父さんも知ってるわよ』
ペラペラと我ながら端的かつ実にわかりやすい説明を終えれば、スピーカーから届くのは呆れたような声音が一つ。
流石オカン。相も変わらずハキハキ極まる気の強そうなお声であらせられ、いつもの如くバリっと伸びた背筋が目に浮かぶぜ。
「そいつぁ失礼……ってことで、一応、あれだ。俺も何の因果か参加側ってな訳で、しかも後ろ盾が開発様ってな訳で、招待枠がそこそこあるんだけども……」
『………………』
「えーと………………き、来ま、す……?」
ともあれ、細々とした連絡は継続しているものの通話は久々。挨拶から改めての近況報告を経て概要説明を終え、ようやくの本題と相成った。
の、だが、果たして無言のお母上。別に怒ったりなんだりしている訳じゃないのは気配でわかるが、お父上共々に日々心労を掛けていること間違いナシな方向の話題であるため謎の緊張感が満ち満ちている。
気持ちはわかるが、そこでタメを作らないでほしい。
一応これも通話にて改めて確認って体であり文字では月頭に伝えているため、今週に入ってから突然の誘いという話でもないのであるからして――――
『お父さんと相談はしたんだけどねぇ』
「ぁ、はい」
さて答えが聞けるかなと耳をすませば、母はまた少し言葉を切った後。
『今回は行かないことにした。二人でテレビ越しに応援するから、頑張りな』
「お、おう。左様ですか……」
正直どっちになるか予想が付いていなかったので、意外や驚きは特になし。ただなんとなく、どういう反応をすればいいやら口籠る俺に対して、
『別に予定は付くんだけどね。ただ、東京に行くとなると、ほら――――』
母上も、同じく少々口籠り、
『流石に顔くらいは見たくなるだろうし……そうなると、いろいろと顔を合わせる可能性もありそうじゃない? その、アンタの、周りと』
「……そ、………………ん、なこと、も、ある、かもしれない、っす、ねぇ……」
『………………』
「………………」
『………………』
「………………」
ちなみに、両親は俺の〝現状〟をバッチリしっかり把握済み。信念一本であらゆるメディア媒体を断ったアホとは違うのだ、当たり前である。
『聞くに随分とアレコレ支えてもらっているみたいだし、私は……本音を言うと、お礼も兼ねて、お会いしてみたくはあるんだけど』
「そ、そうすか……」
『お父さんは、ほら。腰抜かしそうじゃない?』
「そ、そうすね……」
『息子の彼女ってだけでも気絶しそうなのに』
「あの、母上、違います。まだ、誰も、違います、ハイ」
『それが三人、しかも揃って住む世界の違うお嬢様方ともなると……ねぇ。現実感がなくて、流石に私でさえ正直どうしたもんやらって感じだし』
「す、すいやせん……」
そしてちなみに、大変ありがたい話として、
『あんまりそれについては報告がないけど、しっかりやってんでしょうね?』
「それはもう、真剣に、誠実に、向き合わせていただいております次第で……」
いろいろな意味で人の恋愛事情にアレコレ言えない両親は、ほぼ全容を知った上で驚き呆れながらも現状の俺を素直に応援してくれている。
出来る限りは泣かせんじゃないわよとか、中途半端に不貞を働いたら縊るからねとか、主に母上から諸々の脅しは受けているものの……まあ、そんな感じで。
『だから、そう……そうね。まだちょっと心の準備ができてないから、今回は見送り――――ただし、ちょっと気が早いかもしれないけど』
「はい、なんでございましょう」
『年末辺り、もし〝お嬢さんたち〟の意思や都合に問題がなければ』
「…………………………」
『とにもかくにも、親として。馬鹿息子が作り上げたトンデモない状況に形だけでも頭を下げておくべきだと思うから、一度こっちへお連れするように』
「………………………………………………」
『希、返事』
特に目立った反抗期もなく、昔っからではあるのだが、
「…………………………………………………………りょ、了解、しやした」
前にも増して、オカンに頭が上がらなくなっている俺であった。
作中三ヶ月後とか、いつになったら辿り着くことやら。
なお両親が出向いてきた場合、予測に違わずアーシェが突撃してた。
母は慧眼。




