姫の随に
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………それで、どうして、序列入りしないのかしら」
「謎」
土日明け、翌日月曜の昼過ぎ、現実世界の自室にて。
趣味……とまではいかぬ菓子作りに興じながら。隣の助手が長い長い思考の果てにポツリと零した言葉に返せるのは、生憎こちらもハテナのみ。
「ある意味この上なく誰よりも特殊な身分だしなぁ。なんやかんや俺らが知らない事情がアレコレあるんかね、くらいしか想像でき……あ、ストップ。もういいぞ」
「ん」
かの【剣ノ女王】様が右手に従えているのは剣ではなく、実家にあるものと静音性の格が違う調理器具。左手で抱えているボウルの中身こと卵白は角が立つメレンゲに生まれ変わっており、与えた職務は無事に全うしてくれた模様。
機会がなくて慣れていないと何度か聞いていたが、いざ任せて見れば流石の常人離れした手際&要領の良さ。無敵の姫に不可能はないらしい。
さておき。アーシェがふらっと部屋を訪れたことから端を発した突発共同調理と並行して交わす話題は、昨夜おねむになるまで散々暴れ散らかした相棒のこと。
「真面目な線で要因を探すとすれば、対人戦が苦手だからとか?」
「他はともかく、東の選定基準なら的外れでもないと思うけれど……それだけで除外できるほど、あなたのパートナーの価値は小さくない」
「だよな。俺もそう思う」
別のボウルで用意しておいた卵黄生地にメレンゲを三割ほど叩き込み馴染ませた後、残りを加えヘラでサックリサックリと切るように攪拌。
頃合いを見て、巨大ドーナツ製造機めいて中心が空いた型へ一気に流し込む。後は焼くだけ、数十分後には美味しいシフォンケーキの出来上がりだ。
「…………ねぇ、ハル」
「はい、ハルです」
「男の子って、当たり前のようにケーキを焼けるもの?」
「やろうと思えば誰でもできるんじゃね? 今はレシピもネットで一発だし」
「そう…………シフォンって、家でも普通に作れるのね」
「スポンジより遥かに簡単だから、春日家ではむしろ家庭のケーキって感じだ」
斯くして作業は無事ひと段落。実に余暇に相応しき(?)気の抜けた言葉を投げ合いつつ、パッパと器具を片付ける内にオーブンから予熱完了の報せが響く。
さぁ、いざ旅立ちの時だ。いってらっしゃい美味しくなれよ。
「さておき、まあ結局は『謎』以外に出せる答えなくないか。外側で立ち回るくらいしかできないって言う徹吾氏や和さんがアレコレ忖度を仕掛けるのは無理だろうし……となると、なにかあるなら〝神様〟の意図ってな訳だけども」
「それにしては、チグハグ……ね。特別に力をあげたいだけなら、それこそ『称号』という特級のユニークアビリティを獲得できる序列持ちに祭り上げない理由がない。逆に序列入りして生じるデメリット、目立つという点は――」
「【剣製の円環】っていうバランスブレイク大暴れ不可避な超特級『魂依器』を、手に入れちゃってるからな。制限を目論むってなら失敗してる、と」
とにもかくにも、俺の相棒は普通を逸している部分が多過ぎる。
しかしそれも結局は〝特別〟が数多く存在する仮想世界において、本人の才能という別答が常について回ることで推理の詰めようがない。
なので、
「……やめましょうか。あんまり気分のいい話でもないから」
「それな。ソラはソラで万事オーケーだ」
「それはそれとして、滅茶苦茶すぎるのも大概にしてほしいけれど。羨ましい。私も色とりどりの魔剣を自由自在に操ってみたい」
「世界広しと言えど、あの【剣ノ女王】に憧れられるのはソラくらいなもんだな」
戯れ程度の話題は、戯れ程度に留めて放り投げるが吉だろう。どうしても興味ゼロとはいかない部分ではあるが……ま、ソラはソラということで。
可愛く頼りになる相棒、それでヨシ。
「戦力的な事情で言えば、彼女が序列入りしないのは有難い限り。これからもずっと……少なくとも、全ての『色持ち』を攻略するまでは〝無名〟のままでいい」
「枠を割かない超特記戦力だもんなぁ……」
実際、翌週末に決行予定の『緑繋』攻略では大いに活躍してくれ……いや、どうだろうか。アレに関しては直接戦闘に遭遇するかも確定しないゆえ――――
「それも、それとして。今週末に向けての調整は、どうなのかしら」
と、アーシェが話を向けたのは、俺が目を向ける未来から一週間前の地点。今週末の日曜日、いよいよ六日後に迫っている『トライアングル・デュオ』について。
「んー……まあ、ぼちぼち? そもそもあんま気負わなくていいってテトラとかゴッサンに言われてるし、言われた通り楽しむ程度で参加するつもりだし」
なお、推定観客動員数――――都内湾岸に近い位置に建設されたVR……ならぬARドーム、通称『四谷ドーム』こと別称『馬鹿テクノロジー建築物』の規模は、そっくり東京ドームに匹敵するサイズゆえ〝視線〟は数万人が最低ライン。
俺たちは実際に現場へ赴く訳ではないとはいえ、現実世界とのクロスオーバーにて『真なる一般人』の方々の前に姿を現すのは……まあ、これまでとは別種かつ段違いの緊張を避け得ないのは想像に難くないのだが。
もうね、諸々、諦めてるから。
「だから、問題なし。どうせ本番になって目の前の相手に集中すれば、いつも通り周りのことは気にならなく……なる、と、信じて、る、から、大丈夫、だ」
「……本当に大丈夫?」
「目が笑ってるぞ」
ついでに声音も全く心配そうじゃなかった。器用に無表情でニマつくアーシェから目を逸らし――――いや、視線は随分前から逸らしっぱなしなのだが、気付か
「ハル」
「はい」
「いつになったら、しっかり見てくれるの」
れてないから無問題と思ってたけどバッチリ気付かれてたわ。ハイ死。
お茶請けは未完成でオーブンの中だが、手慰みに淹れて供した珈琲では誤魔化されずにズイと距離を詰めてくるアーシェから顔を背ける。
だがしかし、逃がしちゃくれないのはいつものこと。
ガッと頭を掴まれグッと首の向きを矯正されれば、果たして――――目に飛び込んでくるのは、宿舎内限定のラフな普段着にエプロンを着重ねたお姫様の姿。
誰のエプロンかって、俺のエプロンに決まってんだろ舐めてんのか。
「……似合ってない?」
「げ、言語化が難しい……」
ハッキリ言って、似合ってないよ。そりゃもう死ぬほど似合ってないよ。
似合っていないからこそ、死ぬほど似合ってるよ。いい加減にしろ。
前面に押し出されているのは壮絶なまでの着慣れてない感、及び見合っていない感。俺の私物ゆえサイズが大きいこともあり、ブカブカなのも、こうさぁ……。
こう、さぁ……!!!!!
「………………どっちがいい?」
「色チェンやめてバリエーションをお届けしないで間に合ってるから……!」
斯くして、オーブンが鳴るまで数十分。
技術的には『四谷ドーム』を上回っている〝腕輪〟を付けたり外したりしてみたり、髪型を弄ってみたりと本格的に揶揄い始めたアーシェを前にして。
俺が成す術なく無様を晒し続けたのは、言うまでもないことだろう。
残念ながら全ては描写しきれないけれど、会えば大体こんなことやってる。




