炎は常より高みに在りて
アーシェ――――かの【剣ノ女王】と共に【影滲の闘技場】を攻略した。
その様子を世界に公開した二ヶ月前の日が、俺こと【曲芸師】の知名度やらなにやらの規模を決定付ける〝トドメ〟となったのは間違いないだろう。
それについては納得……というよりも、諸々スパッと諦めて踏み切ったことだから後悔はない。いまだ気後れはしているし現実味も確かとは言えないが、自分で選び辿った『今』を少しずつ受け入れている。
だからまあ、俺の状況は別にいい。いや心の底を曝け出せば万事ヨシとまでは割り切れないが、重ねて後悔を抱くつもりはないってのは本心だ。
…………が、しかし。それでも、
「連日連夜の盛況っぷりだなぁ……」
「これ、盛況で合ってるんでしょうか……?」
自分の行動によって『他』に影響が出ている現実を見ると、流石に思うところってか罪悪感めいた感情は避け得ないというものである。
とある街の一区画。アルカディアでもトップクラスに慣れ親しんだ場所と言って差し支えないだろう、関係深い【陽炎の工房】セーフエリア支部。
以前からも人の往来がひっきりなしで活気に満ちた場所であったが……誰かさんの台頭からジワリジワリと注目度が更に上積みされ続け、二ヶ月前の〝トドメ〟がこちらにも作用した結果がプレイヤーで溢れかえった現状である。
爆発的な再点火を見せたネームバリュー。その根底に輝くのは勿論――――
「…………本人に関しては注文に応えた結果だから別にいいとして、毎日キャパオーバーで泡吹いてる事務員さんたちに申し訳ないんだよなぁ……」
「はは……ご本人も、大変そうではありますが」
他でもない、俺の専属魔工師殿。
ニアと並んで……いや、並んではいないか。今期の序列更新にて第二席へと返り咲いた、サブマスターこと【遊火人】カグラさんの威光である。
こっちは名実ともに並んでいる不動の第一席【赫腕】殿との共同作、アルカディア史上初の概念こと『魔力喚起具現化武装』の開発者が所属する工房。
人波を呼ぶには、余りある特大の話題性及び実績と言えよう。
足を運んだとて誰も彼もが彼女に目通り叶う訳ではないが、それは訪問者側も承知の上。しかし直々にとはいかずとも、新技術の一端でも触れられないかと期待して来る彼らの思考は極めて普通のことだろう。
なぜなら此処はプレイヤーのための職人工房。元より求める者を拒まぬ場所であるからして、訪ねることは迷惑行為でもなんでもないのだから。
ちょっとばかり、話題性が行き過ぎて混沌に両脚突っ込んでるだけで。
「別にそういう趣味はないんだけども……いち男子として、いち人間として、仮に今ガバッとフードを取っ払ったら一体どんな地獄が幕を開けるのかって想像すると、こう…………アレだ、背中がゾワつくな。これが背徳感ってやつか」
「多分、違うと思います……」
然して、後輩と連れ立って人波の影。隠密外套を目深に被り、現実逃避めいてアホなことを呟きつつ、喧騒を擦り抜けて向かうは一部屋。
以前はなかったロビーと廊下を隔てる『関所』にてチラッとフードをズラして見せれば、顔馴染みの女性職員さんがニコリと顔パス判定を……――
「「………………」」
下しては、くれるものの。
色濃い疲れを隠せぬ瞳の奥に『やってくれましたわねウフフ』的な色を感じ取ったのは気のせいか否か、反射的に深々と頭を下げずにはいられなかった。
◇◆◇◆◇
「大丈夫? 俺、工房の皆さんに恨まれたりしてない?」
「さぁね。ファンは掃いて捨てるほどいるだろうけど」
斯くして辿り着いたのは、ロビーの喧騒からは切り離された個人工房。対面するは今日も炎のような赤髪が輝かしい着物美人ことカグラさん。
ことある毎に入り浸らされているニアのアトリエほどではないが、ここも随分と慣れ親しんだ空間だ。相変わらず物が少なく小ざっぱりしていらっしゃる。
「世間話なんざ後でいいだろう。さっさと出すもん出しな」
「はいはい仰せのままに」
でもって、相も変わらずのコレである。
お手本のようなサバサバっぷりだというのに、それでも『愛想が悪い』や『つれない』といった雰囲気を微塵も感じさせないのが素晴らしい。稀有な才能だ。
さておき要求に応じるとして、ここ暫くの冒険で獲得した多様な素材群をリストアップしたデータを受け渡す。メインは都合四度討伐した大量の水精霊由来品、加えて昨日今日の土日で巡ったダンジョン産の素材が……これまた大量。
まあそりゃそうだろってな具合。一応は『高難度』と付くダンジョンを回ったはずなのだが、とにもかくにも戦力が馬鹿過ぎて軒並み瞬殺だったゆえ……。
「………………なにこれ、業務スーパーのレシート?」
「いやぁ、どこもかしこも攻略が快速特急過ぎて足が止まらず……」
素材群の数に比例して、ひたすら伸びたスクロールバーを見てのことだろう、呆れ混じりのツッコミともつかない呟きに頬を掻きつつ視線を横へ。
ふむ。緊張している様子はないが、まだまだ打ち解けるまではいっていないか。
身内……ってか、修行を共にした俺とソラの前では頻出する子犬フェイスは鳴りを潜め、キリっと澄まし顔のカナタ君。この後輩についても、まだまだ奥底まで相互理解が成っているとは言えないな――――
「そうだ、カナタ」
「ぁ、はいっ」
とかなんとか考えている矢先、リストをつらつら目で追いつつカグラさんがカナタへ声を向けた。重ねて、別に少年の方も【遊火人】を前に緊張はしていない様子。返答は気負いの感じない自然なものだった。
「映像を見た限りは問題なさそうだったけど、短刀の使い心地はどうだい? アンタとハルじゃ手の大きさも違うし、やっぱ調整ナシじゃ――――」
「いえ! 全く! 全然、問題なし完璧ですっ!」
「……ゆうて、握りのアジャストくらい秒で終わ」
「大丈夫です!!!」
「……………………そ、そうかい」
と、そこで俺に目を向けられましてもねカグラさん。本人がいいって言ってるなら、別にいいんじゃないかな、うん。
これで完璧主義な御仁だから、調整ナシでそのままカナタに譲り渡したおさがりこと【愚者の牙剥刀】に思う所があるのだろうが……もう諦めてもろて。
曲芸師ファンモードのカナタ君は俺にも制御不能なんだよ。
「ん゛んっ……――――あー、よし、大体わかった」
そんなこんなで微妙なやり取りを交えつつ、リストの確認を終えたのだろうカグラさんが一つ二つと頷きながら口と共に手を動かす。
「とりあえず、アンタに関して新規武装案は特にナシ」
「えー」
「えーじゃないよ。選択肢が多くなり過ぎて、最近アレコレ扱い切れてないだろう。時たま雑に手札を切ってから後で参ってんの知ってんだからね」
「えー……知られてるぅ…………」
とりあえずで初っ端に切って捨てられた俺、完全論破され秒で沈黙。流石は俺を戦場へ送り出す人、しっかり諸々を見透かされているらしい。
「しばらくは、現状の手札に慣れ切るまで我慢しな。……なにさ鬱陶しい顔しなさんな。新規案はなくとも改良案くらいはあるさね、後で話すから待ちな」
「やったぜ流石は姐さぶべっ」
半年を経ての有言実行。軽口を宣った俺をデスク越しの椅子投擲で張り倒しつつ、伏した阿呆を他所に――――
「カナタ、それ見せな」
「は、はい……」
何事もなく、生意気ではない方の顧客へ要求。
躊躇なく【曲芸師】を張っ倒した【遊火人】に慄きつつ。生意気な方が地べたから見上げる先、カナタが腰の剣帯を外すのが見えた。
でもって、受け取ったカグラさんがまた躊躇なく鞘から短剣の刃を抜き、
「ふーむ……――――こっちも四柱のアーカイブで見て大体の見当はついてたけど、やっぱりジャズの作品か。相変わらずだねアイツも」
「え……凄い、わかるんですか」
「実用一本頑固で無骨な造りの癖して小洒落た銘。それでこのグレード帯ってなると、工房の職人なら誰だってわかるさね。ま、悪くない品だ」
「はぁー……」
頭の上で展開するのは、なにやらそれっぽくそこはかとなくそれこそ小洒落た『職人と客』の会話。なにそれズルい、俺も交ぜてほしい。
「ともあれアタシに話を持って来たってことは、別にジャズの専属顧客って訳でもないんだろう――――なら、構やしないってことだね?」
「っ……では」
椅子と共に仲良く立ち上がり、傍らで「よっこらせ」と腰を下ろしがてら。目をやれば映るのは、カグラさんの言葉に瞳を輝かせる後輩の顔。
ま、そりゃあそうだろう。
贅沢極まる話、いまだに『初めて出会った職人』である彼女に対して俺は第一に親しみを覚えてしまうが……世間の常としての正しい認識は、敬意を以って胸に留めておくべき事柄であるはずだ。
実際のところ、
「まだまだ誰かさんほどじゃないけど、アンタもそこそこ面白い。だからまあ、いいだろう――――アタシが一本……いや、二本ばかし打ってやるよ」
「……! 是非、よろしく、おねがいしますっ!」
彼女の言葉が、遍くプレイヤーをどれだけ心震わすモノであるかということを。
「さて…………アンタ、次に姐さんって呼んだら改良案もナシだからね」
「ほんとゴメンナサイ調子くれてました許して」
とまあ、このように。上下関係的には最初から今に至って不動なんだけどさ。
可愛くないから嫌だそうです。




