幕間:かえりみち
「――――連日ありがとうございました。夜更かしさせちゃって申し訳ない」
「お気になさらず。弟子が師に、遠慮などしないものですよ」
最終四つ目となった今回の遠征行は、往復はるばる六時間強。
現実時間午後九時の定時集合から数えて現在は深夜一時の半ば……不必要に目立たぬよう【セーフエリア】近くの森中に降りたサファイアの背には、乗員二人。
即ち俺とういさんだけで、後の三人は既にログアウト済みである。
ソラとカナタは単純に時間を理由に、そしてテトラは「疲れたから」と仮想世界を離れ――――抜け殻のアバターは、かの【剣聖】が抱く〝異界〟に在る。
語手武装【真名:外天を愛せし神館の秘鍵】……お師匠様には「詳しくは秘密です」と茶目られているが、名前を含めて多少の概要は判明済み。
簡単に言えば携帯式異空間みたいなものであり、内部世界の創造やルール制定は彼女の思うがまま。加えて即時生成空間ではなく常時〝在る〟異界であるため、このようにプレイヤーを仕舞って持ち運ぶことも出来てしまう。
言わずもがなゲーム概念的ぶっ壊れというか、プレイヤー個人が持つにしてはあまりにもあんまりな反則級の特権である。秘密にしているのも納得って感じだ。
内緒で、こっそり、慎ましやかに世話になるくらいが丁度良いだろう。まさにこうして年少組の負担を軽減するために、とかな。
それにしても、
「師弟で相性抜群ですね。俺の〝脚〟でアホほど遠くに出向いて帰れなくなっても、最悪ういさんが不可侵の〝家〟とかいう安全地帯を出せちゃうんですから」
ういさんの語手武装について知識を深めたのはクラン参入後のこと。つまり彼女が加わることで生じる集団行動時のメリットを、予め把握していた訳ではない。
だからこそ、誂えたかのような〝相性〟に今更ながら笑ってしまう。
「ふふ……喜ばしいが二つ、ですね」
「ん、二つとは?」
街の賑いまで僅かな道程、彼女の居を囲う竹林とは異なる森の音を聞きながら。転身体にて、いつもとは異なり並んでも目線が同じ高さの師を振り向けば――
「一つは〝くらん〟のお役に立てること。もう一つは……内緒です」
「では、聞かないでおきましょう」
弟子も弟子とて、師と旅行きの相性が良いことは〝喜ばしい〟ですよ。
「――――ハル君」
恥ずかしいとはまた違う感覚。
こそばゆさから目を前へ向け直してすぐ、名前を呼ばれてもう一度。先は横顔しか見えなかったが、今度は灰色の瞳と目が合って……。
二秒、三秒と待っても、言葉はなかったので口を開く。
「……さて、明日明後日は結局どこに行きましょうかね。ようやくの土日ってソラも張り切ってましたから、盛り上がる楽しげなとこが良きなんですが」
「…………そうですね。今度は、髪も服も水浸しにならないところがいいです」
「はは。特別仕様といっても、邪魔っちゃ邪魔でしたよねぇ」
「ふふ、ソラちゃんは特に大変そうでした」
「髪の量がね、俺の転身体ほどじゃないですけども。今になって思えば、俺のだけじゃなくて自分のも編んじゃえばよかったのになぁ」
「それは……お揃いとなると、恥ずかしかったのではないでしょうか?」
「なにそれ可愛い。そうであったものとしましょう」
「本当に、ソラちゃんは可愛いですね」
あれやこれやと、わざわざ改まった言葉を受け取る必要もないと思ったから。そんなもの、それこそ畏れ多く……なにより気恥ずかしかったゆえに。
穏やか。
・【真名:外天を愛せし神館の秘鍵】語手武装:???
おそらく本編で権能を詳らかに語る場面は訪れない。いつかのなにかを待て。
ちなみに〝異界〟はお師匠様がログアウト中でも存在しており、閉じた状態で中にいるプレイヤーは彼女が異界に取り込んでいる転移門から外界へ帰還可能。
ただし彼女が自身の身を投じる場合は展開場所にアバターの座標が固定され移動不可状態となるため、本人が転移門を利用して別座標へ飛ぶことはできない。
更に異界への入界方法は転移門渡りor展開時に同一の場にて彼女が招くの二点だが、退界方法は同上の転移門による帰還のみ。
つまり通常転移門の設置限界距離を超えた遠方で異界を開くことで、遥か彼方のフィールド上にプレイヤーを移送するといった使い方は事実上不可能である。
中に人がいるか否かはお師匠様が常に把握できる状態にあるので、転移門を探して林道で迷った人は諦めて大人しく救助を待ちましょう。
あるいは思い切って竹林を薙ぎ払うのもアリ。どうせすぐ生える。




