無貌の水翼
――――それでは、時間にして約五分。相談と熟考を経て導き出した対【水俄の大精霊 ラファン】におけるクラン【蒼天】のフォーメーションを紹介しよう。
後衛テトラ。全衛ソラさん。前衛その他。
以上、この上なく完璧かつツッコミどころなど何一つない完全な作戦だ。
モデルケースってか参考にできるのが俺の知る氷の大精霊だけであり、俺から土産話を聞いているソラとういさんの知識もまた然り。
似通った姿=基本的な戦闘方法も似通ったものなのではと仮定してアレコレ思索するしかなかったが、まあ結局のところシンプルイズベスト。
とにもかくにも、我らがパーティは個々のスペックが高過ぎる。
ゆえに小利口にまとまった戦術を取るよりも、その場その場で連携しつつ各々が全力を振るった方が勿体なくないよねってな結論に行き着いた訳だ。
「――ってことで、用意はいいかなカナタ君」
「なにが『てことで』なのかは、ちょっとよくわかりませんが……」
先日の四柱よろしく並び立ち、開幕特攻を演じるはクランの敏捷ツートップ。
瞬間的な速力なら【剣聖】様に軍配が上がるが、継続的な高速機動であればカナタに分がある。ので、回避盾の適性的に俺とカナタの二枚構成が安牌だろう。そもそも『回避盾』とかいう概念が安牌ってか安全ではないとか知ったことではない。
ウチのクラン、そも誰一人として高耐久型がいない件について――さておき、
後輩二号に声を掛けつつ、すぐ後ろへチラと目配せ。パチリと噛み合った琥珀色が二度瞬き、凛々しく頼もしい表情を湛えた可愛いお顔が一つ頷く。
我らがクランマスター殿のゴーサインは此処に。然らば……行こうか!
「んじゃ――――お先にぃッ!」
後輩二号どころか巷じゃ『曲芸師二号』だの『曲芸師予備軍』だのと呼ばれているらしいカナタだが、宙ってか水中に漂う浮遊体が相手では一直線は叶わない。
ならば一番槍は、やはり天地を問わない〝脚〟を持つ俺の役目。
『決死紅』起動、並びに《天歩》以下機動力系のスキルを軒並み点火。些細な〝水〟の抵抗を突き破り、広大な空間を突き抜けて一歩。
浮かぶ九つの柱を擦り抜け走れば、目前を埋め尽くすは水を映して透き通る巨体。静謐な輝きを放つ〝核〟が出所か否か、確かな『視線』を感じながら。
「さて、弱点も似た者同士かな」
抜き打ち放つは、翠の刃――――結式一刀、一の太刀。
「《飛水》」
《天歩》及び《天閃》及び『纏移』の混合による疑似『縮地』が成立し、プレイヤーの限界を超えた出力が刃に乗って迸る。
回避行動を取るつもりがあったのか、あるいは鈍重な見た目に相応しく不動を以って受け止めるスタイルなのか……わからないが、水を裂いて振るわれた【早緑月】の翠閃が狙い違わず深々と核に斬痕を刻んだ瞬間。
『――――――――――――――――…………』
響き渡ったのは、世界を揺るがすような深く深く重く重い鳴動が如き咆哮。成程、性格や性質は種類によるという知識はあったが――――少なくとも。
声に満ち満ちた激烈な殺意を鑑みるに、温厚なタイプの鯨ではなさそうだな。
◇◆◇◆◇
――――斯くして、戦闘開始から十分後。
「――――ッ、ソラ‼」
「はい……!」
割と真面目に、困っている。
尽きず周囲に湧き出す水精を片手間で八つ裂きにしつつ、相棒を呼ぶと共に水中疾走。並行して【九重ノ影纏手】起動、一本二本と飛ばした〝影糸〟をカナタとういさんが掴んだ瞬間、全速力で巻き取りながら――――
「《連なる巨塔》ッ‼」
両腕に確保した二人を連れてパートナーの背後へ退避すれば、次の瞬間。ソラの紡ぐ四本の巨剣が連なり形成する『盾』を、激甚の圧が軋ませた。
脅威を齎すは他でもない【水俄の大精霊 ラファン】――――いまだHPバーを毛ほどしか減らさぬまま、広大な空間を縦横無尽に暴れ狂っている鯨様である。
定期的に放たれるエペルよろしくな『自機狙い&バラ撒き混合無差別広範囲極太破壊光線』の水属性バージョン。言わずもがな掠れば致命、当たれば即死が察せられる怪物らしい必殺技だがコレはまだ有情ってか休憩タイムだ。
本当に参っているのは……。
「えぇー……どうすんのアレ。なにしてもミリしか減らねえんだけど」
「どこを斬っても、手応えらしい手応えがないですね……どうしたものでしょう」
「物理攻撃も魔法攻撃も、効き目は大差なさそうですし……」
まず間違いなくデザイナーの意図したものではないのだろうが、極悪全体攻撃が飛び交う致命領域は安全確保さえ成ってしまえば十数秒の暇ができる。
ゆえに、こうした戦闘中に相応しくない相談事も可能。しかしながら、これで都合三度目となるものの交わせているのはハテナばかりだ。
明確に上手くいっていない以上、根本的に攻略法を間違えているのは察せているのだが……――――と、懲りずに首を捻っている折にテトラと目が合った。
「先輩。口出しというかヒント、いい?」
見かねてというか、状況的に近い未来ジリ貧になることを予感したのだろう。少年の提案を受けて左右に目配せすれば、女性陣は揃って首肯。
ま、別に鋼の意思で情報を縛ってる訳でもないしな。
ラファンの戦闘行動は予測通りエペルのそれと大体が似通ったもの。今のコレもそうだし、小物の召喚や水魔法の連打、オマケに巨体による圧倒的な肉弾戦まで含めてが大精霊のスタンダードなのだろう。
水中戦という特異な環境&水中での敵性水魔法の視認性が最悪という部分が〝氷〟よりは難敵と言えるが、言ってしまえばその程度である。
慣れない環境かつ初見で挑み、こちらもほぼ消耗ナシ無傷で粗方の手札を捌いて見せたのだ。時短ってことで助言はヨシとしておこう。
ってな訳で二人に続いて俺も頷けば、テトラは「オッケー」と一言。
「じゃ、簡単に――――先輩、姿に引っ張られて忘れてるんじゃないかな。アイツも雑魚と一緒だよ。そもそもほら、元が同じだから」
「…………………………………………成程……なるほど?」
ふむ……一緒、元が同じ…………確かにそこもエペルと同じく、わらわら湧いてくる【剥離の水精】はラファンの身体から出でる分体らしいが……。
「…………――――ぁ、ハル。もしかして」
「はい時間。ま、二人で考えて」
遮ったテトラの言葉通り、なにかに思い至った様子のソラさんが『もしかして』を並べる途中でタイムアップ。剣が織り成す盾の向こう側から新たに迫る圧力を感じ取り、集合していた面々が一斉に散った。
次の瞬間、去来するは巨体。
然して、一瞬に満たない拮抗の後に砕け散った巨塔を他所に……。
「――――んで、続きは?」
「は、はい。あの、えとっ……」
言われた通り二人で考えるべく、ソラを攫って水中疾駆。飽きもせず健気に追い掛けてくる水精たちを余裕でぶっちぎりながら、腕の中に問いかける。
閃きに気を取られ、一瞬なり状況を見失ったことを恥じているのだろうか。ぼんやりとした光源でもほんのり朱が見て取れる頬を手で誤魔化しながら、
「水、です。小さな水精さんと同じ……なら、やっぱり水魔法が有効なのでは?」
ソラさんが口にした『閃き』に、しかし俺は首を傾げる。
「と言っても、もう《水属性付与》は試したぞ?」
核も身体も散々ボコスカ殴り倒したけども、効果は全く――――
「ですから〝量〟が、足りなかったのではないかと」
「量」
「はい。あの……見ての通り、とっても大きいので」
「…………」
言われて、仰ぎ見る。現在も意気揚々とカナタを追い回し、ういさんに背中を滅多斬りにされてなお元気溌剌な『鯨』を見やる。
ははぁ…………ははーん、なるほどねぇ???
成程なるほど、姿に引っ張られた、言い得て妙。
エペルと似通った姿ゆえ、わかりやすく弱点っぽい核が露出している点から正攻法の殴りが通用するものと思い込んでしまったが……。
分け身たる【剥離の水精】がそうだと言うならば、本体が同じ性質であったとしても不思議ではないってか当然だよなぁ?
ついでに、メタ的な読みを交えれば。
「水魔法適性持ちが特効になる、まさしくのデザインだわな……」
「そうかなぁ……って、思ったんですが」
ははは、こういうとこは相も変わらず控え目だ。
だからその分、相棒たる俺が自信満々堂々に断言させていただこう。
「ソラさん、それ正解」
《転身》起動。縮こまった身体を駆り、白髪を棚引かせ駆ける先は一点。
「あ、わかった?」
「わかった――――ソラと一緒に援護頼む!」
動きを止めた大量の水精を周囲に侍らせながら悠々と漂っていたテトラの元へソラを残し、カナタが引き摺り回すラファンを目掛けて一歩。
視界が消し飛んだ次の瞬間、全く違う景色が目前を染めるのは慣れ切ったもの。
狙い違わず靴底が捉えたのは鯨の背中。その生きて動く大地が如き巨体を踏みしめ、右手に喚び出した【真白の星剣】を銛よろしく突き立てると同時。
水肌に当てるは左手。そして、
「さぁ、たらふく吞めよ――――《フラッド》ッ‼」
声高に喚ぶは、己が魔水。
予測とノリに則ったぶっつけ行動。これがダメなら観念して口に飛び込むのも辞さない構えだったが……果たして、思った通り。
本来ならば手近な〝空間〟にしか設定できない瀑布召喚の座標指定が、鯨の外皮を擦り抜けて内部へと通る。そら見たことか――――
『――――、――――……――――――――ッ――』
大正解だよ、流石は俺のパートナー。
殺到する水精は周囲を飛び交う魔剣と〝影〟に一切合切を任せ預け、迫真怒涛の《フラッド》連打。そしてこのテラアクアの水量は術者のMIDに比例する。
【蒼天を夢見る地誓星】の共闘時二倍補正含めて俺の転身体MID実数値は実に1550。一度の行使でもドデカいプールを満杯にして余りある水量を立て続けにぶち込まれたら、如何に鯨とてそりゃ満腹は免れないだろう。
然して、明確に悶え苦しみ始めた大精霊が行き着くは――――水底。
盛大な地響きを上げて落底したラファンは心做しか身体の透明度が濁っており、明らかに平常時とは異なる不調を患っているご様子。
そして、
「――――あらっ……?」
背中に相乗りしていた師が何度目ともつかぬ斬撃を見舞った折、これまでとは別物だったのだろう手応えに不思議そうな声を零した。
お師匠様、気のせいじゃないですよ流石です。今のでガッツリHP減りました。
と、いうことで。
「評価修正。これなら〝氷〟のが強いな」
決着まで残り一分弱。水の大精霊の未来が決した瞬間であった。
分かり切ったことですが一応、念のため注釈しておくと、
普通は一瞬で墜落させるような量の〝水〟をぶち込むことは不可能。加えて言えば遠隔魔法でもない《アクア》や《フラッド》を直接流し込むには至近で本体に触れる必要があるため、真っ当な魔法士には至難の業。
本当は描写してある九本の『柱』をなんやかんやしたり無限湧きの水精を逆手に取ったなんやかんやがあったりと楽しいギミックボスになっているのだけれども、例によって曲芸師にぶっ壊された。切ない。
そうだね、天敵だね。




