秘洞の果て
後になって知ったことだが、水の大精霊が棲み処こと【枯水の秘洞】……加えて残る三つの秘所にも共通するギミックは、至極わかりやすいものであった。
全二十六種のアルカディア文字、それぞれを内包する【剥離の水精】を見つけ出して討伐する。さすれば条件達成と相成り、迷路に敷かれた『正道』が光り輝くことで〝主〟のおわす最奥へと案内してくれるというアレだ。
ありがちと言えばありがち。そして王道であるからこそ、時間制限要素と併せて本来ならばイイ感じの緊張感を以って楽しめたことだろう。
そう、本来ならば。それ即ち――――水中という特異な環境を我が物とする水精の脅威、そして迫る刻限の切迫感など諸々に……鼻歌交じりで蹴りを入れるような埒外の集団を迎え撃つ、そんな想定のデザインではなかったということである。
「ギミックとやら、結局よくわからんかったな……?」
「道が光り始める条件、なんだったんでしょうね……?」
「ただただ、現れた相手を倒して進んでいただけのような……?」
「…………三人とも、あとで一般攻略者のアーカイブを見ときなよ」
辿り着いた〝最奥〟の入口にて。
口々に疑問を零しつつ首を傾げる俺、ソラ、ういさんの様子を眺めつつ、呆れたような声を投げるテトラと傍らで苦笑を滲ませるカナタ。
サーチ&デストロイならぬ前進前進全粉砕ってな具合で、最終的に道中踏破へ費やした時間は大体三十分弱程度だろうか。
立ちはだかる水精連中に関しては……途中からカモメだけではなく小型のスズメもどきや大型のタカorワシもどきなんかも参戦してバリエーションは増したものの、若干なり水泳機動のパターンが変わる程度で驚異度は大したことなく。
それらをバッサバッサと薙ぎ倒していく内に、ソラさんの言う気付けば発光して〝案内〟を始めていた道を進むこと暫く。こうして行き着く所に行き着いた訳だ。
なにがどうおかしかったのかは現状不明だが、我らがパーティがあらゆる意味でおかしいこと自体は流石に認識している。少年二人の反応を見るに、どうせ端から端まで普通とはかけ離れた攻略風景になっていたのは想像に難くない。
ま、もう仕方なしと開き直り胸を張っておくべきか――――ってなところで。
「ともあれ、なんというか…………『大精霊』ってのは、大体アレ系なの?」
「先輩が知ってるのは〝氷〟だっけ? まあ、そう。大体アレ系だよ」
正道を示す光の果て。現れた終点は真円……ならぬ、真球状の大空間。おそらくはいくつものルートがあったのだろう、俺たちが立っている場所を始め所々に複数の〝口〟が開いているのを除けば、引っ掛かりもない綺麗な曲線。
そんな壁面を覆うのは、ともすれば巨大な絵を構成しているかのようにも見える膨大数のアルカディア文字。光り輝くそれらが照らしているのは、相も変わらず空間を満たす水ならぬ〝水〟に浮かんだ螺旋を描く複数の柱……そして、
それら等間隔に並ぶ九本のオブジェクトの中心に存って、相応のプレッシャーを放ち闖入者を睥睨する埒外の巨体――――【水俄の大精霊 ラファン】。
一言で表せば、その姿は『鯨』と称す他にない。
しかしながら全身を羽毛に包み胸鰭は〝翼〟と化し、ぽっかり空いた頭部に青く輝く光核を備えた異様は……まさしく、どこぞの〝氷〟の同類たりて。
歪形と神聖の共存体。この世界の『精霊』というやつは、どうもそういった方向性の存在であるらしい。知り合いの妖精さんとはえらい違いだ。
で、そんな少々アレな異様の威容を見上げるソラさんはといえば……ふむ、どうやら別に平気らしい。先日の『土竜』で一段と耐性を上げたのやもしれぬ。
さておき、様子をチラ見した後に改めて相棒へ向き直り一言。
「それではクラマス。どうなさいましょうかね」
「えぇ……ど、どうと言われましても…………」
既知者として先導する場合ならばともかく、俺もソラも等しく初見。加えて『未知に対して意見を交わし対応を探る』という部分も含めて練習としているため、テトラとカナタは例によってお口チャックであるゆえに……。
「ういさん、どう思います?」
「ふむ……………………両断するには、少々厳しいサイズですね」
「そういうことじゃないんですけど、実に【剣聖】様らしいご意見なんで一周回ってオーケーです。そうですね、少々厳しいサイズですね」
「…………ハル君、目が笑っています」
「いえあの、微笑ましいなぁと――――ソラさんなに脇腹ギュってしないで」
「聞くばかりじゃなくて、ハルだって意見を出してくださいね」
「これから出すつもりだっ……ハイ、直ちに申し上げます。ハイ」
お師匠様も交えて、ボス戦を直前にやいのやいのと賑やかに意見を交わす。
これもまた協力プレイの醍醐味ってなやつということで、二人には存分に過程も余さず楽しんでもらおうと立ち回るべく……そんな俺の姿を見て。
「……ねぇ」
「あ、はい」
「僕たち、毎回イチャ付き見せられるのかな」
「た、む、むしろ、楽しむくらいに構えておけばいいんじゃないかな、と……」
「カナタはそれ端からじゃん――――はぁ……五人もいて、普通側は僕だけか」
少年二人の愉快な会話が聞こえたが……。
藪蛇には突っ込むまいと、迫真のスルーを決め込むものとする。
そのメンタル感の15歳を『普通』と呼ぶか否かは協議を要すものとする。




