水中正座
「――――ハイ、それでは臨時反省会を始めます」
「は、はい……」
傍目には見事極まる瞬殺劇であったのだろう一幕を経て、相も変わらず水の中。
身体を環境に慣らしがてら周囲でフヨフヨ遊泳している年少組(?)が見守る中、残る俺とお師匠様は二人で対面し仲良く正座。
シュール極まる光景かつ畏れ多くもあるが、これも事前に『至らぬことがあれば遠慮なく』と積極的な口出しを求めた彼女の意思を尊重するがゆえ。然らば不肖の弟子とはいえ、気合を入れてお説教に臨まねばなるまい。
ちなみに、
「とんでもない力押しのギミック破壊……」
「テトラ君、大丈夫ですか?」
「平気だよ。接触状態なら解放する必要もないし」
要タイムアタック案件らしき継続的なMP減少に関しては、カナタの言う『力押し』にて無効化中。俺の【九重ノ影纏手】とテトラの語手武装【真説:黒翼を仰ぐ影布】の併せ技により実現するノーリスクMPリジェネという無法中の無法である。
つまり、時間を気にする必要はナシ。ゆっくりじっくり語り合おう。
「さて、それじゃあまず初めに……至らぬところというか至り過ぎなところというか、とにかく悪い点をあげつらうつもりはないので、ションボリした顔しないでください。さっきから可愛いパートナー様にメッチャ睨まれてるんで」
「ぇ、に、睨んでませんっ」
はいダウト。ソラさんメッチャクチャじとーっとした目で見ていらっしゃいました――――心配せずとも、弟子が師を本気で責めたりできるはずないというに。
「といったところで、お師匠様」
「はい」
「なぜに『基本的にはソラの護衛役』というポジションから一歩を踏み出し、神業蹂躙劇を決行したのか意図を教えてくださいませ」
「それは、その……任された仕事だけをこなしているのでは、ぱーてぃに対する十分な貢献とは言えないかと思い…………」
「なんでそこで気負いがちな会社員みたいなこと思い立っちゃったんですか。いいんですってば最初は張り切り過ぎないで、パーティプレイ初心者なんだから」
「ですが」
「ですがも杓子もありません」
「ハル君、それを言うなら『猫も杓子も』です」
知ってます。敬愛する師に説教するとかいうMAXしんどい状況にテンパってるだけです――――ええい、無敵のほんわかワールドに呑み込まれてなるものか。
そもそも事情を理解していない他三人から『そんなわざわざ反省会するような部分あった?』的な目を向けられているんだ、さっさと本題を挙げなければ俺が口煩い奴という冤罪を掛けられてしまう。
「ういさん。さっきの《海鳴》……――――実戦で使ったことないですよね?」
「…………」
流石お師匠様、穏やかな表情で目は逸らさない。
だがしかし、不自然に目をパチパチさせたのは見逃さなかったぞ――――癖という程のものではないが、彼女がほんのり困っているときの仕草だ。
ついでに俺は結式の弟子として、実演交えて見せていただいた番外含めて三十余りの〝技〟全てをバッチリしっかり『記憶』している。
そりゃもう、一つ一つに対するご本人の説明注釈その他諸々まで、余すことなく完全無欠一言一句漏らさずに。だからこそ、確信を持って言えるのだ。
「少なくとも、周囲に味方がいる状態で使ったことはないですよね???」
「………………そ、それは、そうなの、ですが、私はこれでも【剣聖】などと呼ばれておりまして、ですね。己が技の精度に関しては自信と自負が――――」
「あぁ、それで……――――いや、頬を掠めて何事かと思ったけど、ぶっつけ本番の技でアレと思えば流石の腕前だね……ですね」
「……、……………………」
おそらく、最初の呟きは意図せずの独り言。次いで目を向けられてからテトラが並べた言葉は本心とフォローの半々なのだろうが……結果ピシリと動きを止めた【剣聖】様は、じわりじわりと頬に朱が差していき、
「…………私も、まだまだ未熟です。お恥ずかしい」
そんな訳で、俺は単に『張り切り過ぎて無茶しないように』と進言しただけ。
最終的に世間は見たことのないであろう大層お可愛らしい姿を披露してくれたことで、彼女の親近感と好感度が爆上がり結果オーライといったところだろうか。
いや、わりかし結構こういった御人なの俺は知ってるんだけども……――――
なお、その傍にて若干一名。
ガチ剣聖ファンお嬢様がフヨフヨしながら淑やかに身悶えしている光景は、相棒兼年上兼紳士として見て見ぬフリをしておくものとする。
◇◆◇◆◇
ともあれ、お師匠様の事故寸前やる気満々案件もあり【剥離の水精】に関する情報は一気に集まった。見立て通り弱点……というか、ほぼほぼ唯一攻撃が通る場所は核として内包した〝文字〟に間違いない。
でもって、物理攻撃に対して持ち合わせているのは『無効』ではなく『耐性』止まり。かの【剣聖】の一撃必殺を参考にしていいのかは甚だ疑問だが、核に当てさえすれば属性付与なしでも物理は通ると非物質系のエネミーにしては有情な仕様。
でもって、肝心の『体内を高速移動する核にどうやって攻撃を当てるか』については――――二度目のエンカウントを経て、答えを得た。
改めて対峙した【剥離の水精】の戦闘挙動は、正しく水を得た魚ってか宙を舞う鳥の如し。宙ではなく水中なのは「はいはいファンタジー」ってな具合で置いとくとして、ギュインギュインと自在な水泳機動は非常にアグレッシブだ。
敏捷値がどうこうというよりも、地を這う生物には絶対に不可能な三次元ムーブが中々に厄介。これは接近戦を嫌う魔法士は元より、前衛とて手を焼くだろう。
が、残念。三次元機動に関しては俺も一家言どころか三家言くらいあるのでね。
「はいはい、なるほど……」
端からそこまで脅威は感じていなかったが、挙動に慣れてしまえばなおのこと。暢気な声を漏らしながら六体のカモメもどきと水中ダンスを踊りつつ、宙を壁をと飛び回りがてら魔光を宿した得物を振るう。
水に紛れる水の色……他ならぬ自前の《水属性付与》である。
既に狙えるようになっている核から検証目当てに狙いを逸らし、属性付与された兎短刀の刃が容をなぞれば――――その度に、ガクンガクンと速度が落ちる。
奴ら自体の挙動がではない。奴らの内を廻る、核こと〝文字〟の速度がだ。
重ねてなるほど、大体わかった。つまるところ……。
「同じ〝水〟でも、自前の以外は不純物ってか」
こいつらは、ある意味で水属性が弱点の水属性。属性付与の刃だろうがなんだろうが、外から水魔法を打ち込んでやれば核の挙動が酷く鈍る。
でもって、目立つウィークポイントが目視可能な速度になれば、
「――――六連!」
流石の一言、背中を任せる相棒の手に掛かれば百発百中。
俺の脇を擦り抜けた砂剣は水中でも解けず溶けず、一刃一殺きっちりと敵を仕留めた後に霧散する。そもそも外すビジョンが見えないが、万が一に回避されたとしてもソラの魔剣は追尾する。連中が助かる未来は存在しないだろう。
先程は『水中で魔剣が問題なく編めるか自信がなかったから』と珍しく攻撃魔法を放ってみせたが、やはり俺の相棒の本領はこちら。特に違和感なく【剣製の円環】が働くことを確認できたので、今は平常運転の無敵モードである。
……と、まあそんな感じで。
道を進んでの第二戦。先と比べて少数とのエンカウントであったゆえ、情報収集も兼ねて俺とソラでじっくり相手をさせてもらったが……。
「流石に余裕だなぁ」
「そもそも、先輩たちならペア攻略でもいける範囲だろうし」
後ろで観戦していたテトラが隣へ並びつつ、思わず零した本音を拾う。次いで、後方でカナタ&ういさんに褒められ照れてれしているソラをチラと見やり、
「……ま、やっぱソラ先輩がヤバいね。万能無敵もいいとこだよ」
「最大級の同意を贈る」
浮かんだ苦笑に滲むのは、頼もしさと畏怖が半々か。ゆうて、ギミックの一つを涼しい顔で打ち消している後輩一号もぶっ飛んでいるが、
「断言できるもんな――――この先にいるボスが、どんだけ想定外の化物だろうと、ソラさんと戦り合うよりかは百倍マシだって」
「はは、言えてる。…………いや、もう、笑えるくらい言えてて笑えない」
温厚天使な性質に反して魔王の如き戦闘力を秘めた勝利の女神は我らに在り。加えて、最強の誰かさんに並ぶとされる【剣聖】様の加護も合わさり道行きに敵はなし。
然らば水の大精霊一体目、サクッと獲りに行くとしようじゃないか。
・【結式一刀流】十三の太刀《海鳴》
原理としては『空気を鋒に引っ掛けて刃の延長と成す』六の太刀《重光》の水中版。〝空気〟よりも触れている実在の認識が容易い〝水〟であるぶんイメージによる補強が効きやすい他、質量も明確な水を媒介に刃と成すため一閃の重みが《重光》とは段違い。更に【剣聖】は『外』のコントロールを交え実在の刀身⇒水の刃⇒水の刃と連鎖させることで刃を増やすため、一振りにて無数の斬撃を奔らせる。
全体的に何言ってんのか分かんないと思うけど当の私も顔中ハテナで書いてるから文句を言われても知りません。ツッコミ云々は現実とアレコレ都合が異なる物理法則が働くアルカディアワールドとお師匠様に宛ててください。




