過々剰戦力
戦闘指揮がどうのと言っても、このレベルの面子相手に細かな催促は必要ない。それは渋々かつ観念したといった様子で溜息をついた相棒も当然わかっている。
それゆえに、
「はぁ……――――カナタ君」
呑み込み&切り替えに要した時間は一拍ほど。表情と声色を整えたソラさんが口にしたのは、ただ一言。加えて指示ともつかぬ呼び声だけを放った後、
「『昇る灼陽、降る宵月、闇を染める星辰の連なり――――」
おもむろに、唄を詠み始める。
然して〝指揮〟は十二分。各々が考え自ら判断を下せるパーティであるならば、そして端的な振る舞いから意思を読み取ってくれるという信頼があるならば。
唯一好き勝手に行動を走らせることこそ、最も手っ取り早い〝指揮〟である。
「先輩っ!」
「あいよ」
名を呼ばれたカナタが身を屈めると同時、声音を寄越された俺は反転。前方と後方、それぞれへ身体を向けて――――
「《火属性付与》」
「《影属性付与》」
短剣と短刀。それぞれの腰から抜き放たれた一対と一本に色違いの魔光が灯ったのを最終合図に、互いの脚が一歩を踏み出す。
魂依器を起動し十八番の滑走機動へ入った後輩を他所に、こちらも十八番の《天――――……歩》を炸裂させるのは咄嗟に自重しつつ、いまだ慣れぬ不可思議な感覚の中で思い切り床を蹴りつけた。
あくまでも新たに獲得した空中歩行云々は任意起動の追加能力。《フェイタレスジャンパー》及び《ランド・インシュレート》時代から懇意にしてきた『クリティカルジャンプ』とかいう謎権能は《タラリア・レコード》の中で生きている。
更には大仰な名へ進化するに至り、過去にも増して威力を跳ね上げた《煌兎ノ王》の跳躍行動強化補正。
オマケに自前の技術で以って諸々のブーストを突っこんでやれば……多少の負荷など蹴飛ばして、この身は軽率に音速の尾へ触れる。
「ッそい!」
上下左右、天井やら壁やらで足場には事欠かない。やはり本来のソレと比べて遥かに抵抗が薄い『水中』を翔け抜けるまま、刃を携えピンボール。
後方、目測で十一。様子見同士とばかり、ゆったり揺蕩う【剥離の水精】を雑かつ適当に滅多斬りにして擦れ違い――――
「……それはズルくない?」
手応えナシ。振り向けば刃の通った軌跡は既になく、あるのは僅かに容を乱して揺れる、真実ノーダメの水精諸君の姿のみ。
概要だけは知っているというカナタ、そして俺の兎短刀に属性付与を施してくれたテトラの振る舞い。加えてあからさま物理の効きが悪いor無効の線がある流体存在に対して魔法攻撃が有効だというのはわかる。
ついでに、弱点も然り。氷の大精霊が統べる雪山で遭遇した【剥離の氷精】がそうだったように、体内で発光する文字がソレであることは想像に難くない。
ならば当然とばかりコアを狙って刃を振り抜いてきた俺が、一体なにを指して「ズルい」と宣ったのか。そんなもの、弱点が高速移動したからに他ならない。
二メートルに迫るカモメもどきの体内にて、元の形が捉えられないような速度で乱雑に飛び回る文字の一片。光が容の隅々まで行き渡って視認性は良くなったものの、面倒臭さ極まる一芸を前に苦笑を堪えつつ、
「――――天の杭、光の雨、振り落つ裁きが聖杯を満たす』」
試しの一当てを兼ねた数秒の時間稼ぎは果たした。ならばお次は、本命の次撃が通るか否かを鑑賞させていただこうか。
唄が閉じられた、その瞬間。
ぼんやりと輝く水精のソレとは比較にならない輝きが生まれ、容を成した魔力が圧力を以って水に確かな流れを創り出す。
光魔法適性中級魔法《ジオ・ステイク》――――少々の距離と水精たちを間に置いた先。【剣聖】及び【不死】と過剰極まるボディーガードに守られた少女の手に顕現するは、大水鳥どもの体躯に勝るとも劣らない光の大槍。
ではなく、一瞬の照準を経て躊躇いなく放たれたそれは、
「――――っ!」
術者の意によって敵を穿つ、無数の光杭の集合体。
一本から、まず二本。体積を二分して前後へ飛翔した光が水精たちの中心に達するや否や、ギュッと両拳を握ったソラのアクションに呼応して光が飛散。
言わずもがな、群体操作はお手の物。分裂縮小した杭は狙い違わず全ての標的を捉えて――――光が弾け、火炎の介在しない爆発が生まれ落ちた。
完璧が過ぎる恐ろしいまでの精度。千を超える魔剣と比べりゃ大したアレじゃないというのはわかるが、理解できるかといえば無理な話。
一応アーカイブなりで一般的な《ジオ・ステイク》を確認してみたことはあるが、本来は適当にバラして運用する絨毯爆撃魔法のはずなんだよなぁ……と、
「あら、思ったより……」
光が晴れて、所々の容が崩れた敵の姿がお目見えする。
頭上に浮かぶHPバーも全個体三割程度が残されており、水越しの爆風ってか水流に耐えつつ戦果を確認した俺が相変わらず緊張感薄めに感心の
「タフ、じゃ……――――」
言葉を零す、その瞬間。
見慣れた大太刀ではなく、冒険用に取り回しのよい小太刀。
しかし小柄な彼女が持てばそこそこ長い打刀にも見える得物……それを、抜き放った【剣聖】の姿が見えた瞬間。
右で放った刀身、その峰を右肩に担ぐようにして、刃を己が背に流す独特の構えを見た、その瞬間――――俺は咄嗟に、静止の声を上げようとして
「――――十三の太刀」
「ッぃ……!?」
止めること叶わぬと悟り、悲鳴混じりに身を伏せた刹那。
「《海鳴》」
三百六十度全周囲。彼女を基点に放たれた水を伝う刃が駆け巡り、光の爆杭を受けてなお生き残った水精たちを千々に裂いて迸った。
わぁ……。




