水底の秘洞
「なーんか、洞窟だけど洞窟っぽい雰囲気じゃないよなぁ」
「足元のせい、じゃないですかね」
「この文字、確かプレイヤーの方たちが熱心に解読を頑張ってるという……」
「そ、アルカディア文字。流石ソラ先輩、パートナーと違って物知りだね」
「ふふ……私よりも、ソラちゃんの方が博識でしょうね」
謎にディスられた疑惑を流しつつ、声の順に列を成して和気藹々と道を行く。
俺とカナタを先頭に、ほわほわにこにこ楽しげなういさんに殿を任せて『領域』を歩くこと早数分。面子が面子だけに過去最高レベルで危機感と縁遠い冒険ではあるが、そんなことより『身内パ』という甘美極まる響きが此処に在り。
ゲームを嗜んだことのある者であれば、誰しもが夢見たことだろう。真に気の置けない仲間たちと並び、未知なる攻略へ乗り出せる至上の環境を。
しかも内訳は世界の誰より信頼する相棒から始まり、素っ気なくも気遣い屋かつ頼りになる自称後輩一号の先輩に、少々困るレベルで俺を慕ってくれている自称後輩二号、果ては敬愛する偉大なお師匠様ときたものだ。
なにこのパーティ、まさしく理想郷で笑うしかない。
「…………なにさ。不気味な顔して」
「あ、はは……浮かれてるみたいなので、気にしないであげてください」
ポーカーフェイスでサラリと見回したつもりだったのだが、内心が表情に滲んでいたのかもしれない。目が合ったテトラが平常運転の生意気を投げ付けてくるが、ソラさんの言う通り浮きに浮かれて無敵メンタルの俺は余裕のノーダメージ。
あぁ、まだなんも起こっていないけれども楽しいこと楽しいこと。
「それにしても……足元を除けば見たところ鍾乳洞といった風景ですが、どうしたことか水の一滴も見当たりませんね。湿気も大して気になりませんし」
と、最後尾にて言う剣聖様は此処に関する知識がない模様。いや、ソレに関しては当然のこと俺も全く同様なのだが――――
「ごもっとも全く同意見……で、今更だけど此処に来たことある人っている?」
ういさんの言葉に乗ってパーティに問いを投げ掛ければ、意外と言うべきか否か手は一つも上がらず。けれども、肯定とは別の意味なのだろう視線は二つ。
「はい、えっと……来たことはないですけど、薄っすらと概要は知ってます」
「同じく。アーカイブでチラッと見た程度だけど」
多少の知識アリを示したのは、カナタとテトラの少年二名。なるほど。然らば、もしも行き詰ったら最悪この二人に道筋を問えばヨシと。
ついでに俺から問うた今ようやく示したところを鑑みるに、わざわざネタバレを控えてもらうようにと我儘を口にする必要もないだろう。
流石の配慮だぜ後輩(後輩じゃない)一号二号。
さぁ、ではそろそろ――――本格的に〝攻略〟へ意識を切り替えようか。
【水俄の大精霊 ラファン】の棲み処その一こと此処。その名も【枯水の秘洞】は後輩二人が知っているように、一般に知られている半分側の片割れだ。
と、事前に調べた知識はそこまでで、ダンジョンよろしくな〝迷宮〟と化している内部の攻略法云々に類する詳細までは当然のことノータッチ。
正しい道を進むには、なにやらギミックを解く必要があるらしいが……さて。目立つ手掛かりとしては、先程から会話に出ている足元。
アルファベットに近いような気もするが、しかし一文字たりとも読める気がしない謎の記号――――〝アルカディア文字〟なるモノが連なって記され、洞窟に沿って敷かれている『道』くらいだろう。
「まさか、これを読んで迷路を解けとは言わんだろうしな……」
「さ、流石に、違うと思いますけど……」
零した言葉に、すぐ後ろのソラさんが追従する。更に後ろの後ろでお師匠様も思案顔をされているが、彼女も『文字』についての知識はないようで。
「ちなみに。いくつかパターンというか法則性が発見されてるくらいで、肝心の文字自体に関しては一つも解読されてないよ」
「そもそも、文字が刻まれている物や場所の発見例が数少ないですからね……」
などとテトカナから追加の補足知識が齎され、無茶に頭を悩ます必要がないことは明示された。このくらいのサポートであれば素直に助かるのでありがたい。
ふむ……そしたらどうするかね。歩いても歩いても時たま分かれ道が現れるくらいで、特にイベントが起こるような気配もナシ。経験上、こういった時はプレイヤー側になんらかのアクションを求められている場合が多いが……。
「……………………………………ふーむ?」
「っわ、ぷ……!?」
薄暗い中で急に立ち止まった俺が悪いと言えるのか、身内だらけとはいえ人の目がある中でやたら距離が近かったソラさんが悪いと言えるのか。
ぼふっと背中に突っ込み、よろけた相棒をスイっと振り向きざまに支えつつ。ぼんやりと思考上に浮かんだ推測の尻尾を逃がさぬように追及する。
この場所は、大精霊のおわす秘所。
そして世界に四体の同一存在が隠れている精霊様の特徴といえば……全ての討伐を果たした暁には、司る属性を強化する特殊スキルが与えられるということ。
司る属性、つまりは水。
それ即ち、此処に在る恩恵に深く関わるのは……《水魔法適性》を持つ者。
――――鍾乳洞といった風景なのに、それにしては水の一滴も見当たらない。
なるほど、確かに不自然極まりない。そもそも川の底にあるというシチュエーションも相まって、一ミリたりとも水気を感じないのがおかしな話。
違和感は提示されている…………ならば、そうだな。物は試しというやつで、
「ちょっと一回、ここ水没させてみてもいい?」
痛みはないのだろうが、反射的に鼻を押さえて恥ずかしそうにしていた相棒殿。
そして攻略どうこうといった推理はあまり得意ではないのか、無限に首を傾げながらほわほわ考えていらっしゃったお師匠様。
そんな二人から一様に向けられた『突然なにを言っているのか』というキョトン顔はさもありなんってな具合に、俺もぶっ飛んだことを言っている自覚はある。
しかし、理屈も根拠も思考にあるのだから仕方ない。
そんでもって――――
「あは、流石です」
「相変わらず、頭の回転速いよね」
物知り顔の称賛二つも添えられて、推理は晴れて正答に。
然らばヨシ。片腕で支える相棒と、感心したような目を向ける師。双方と順に視線を交わして、それぞれから合意の頷きを賜った後……【九重ノ影纏手】起動。
万一にもバラバラにならぬよう、全員の身体を〝影糸〟で繋ぎ――――
「《フラッド》」
俺は躊躇いなく、瀑布を顕す名を詠んだ。
そこまず少量を試さず問答無用で大瀑布な辺りが最高に主人公。




