御一行の御到来
「――――ハイってな訳で皆さん、ごきげんようこんばんはー!」
「はい、こんばんは」
「こんばんは!」
「……いる? 毎回そのわざとらしい挨拶」
アトリエにて魔工の訓練八割、ニアの相手二割で時間を潰した後。現実での勉強やら夕飯やらを済ませる内に時間は流れ夜八時手前。
例によってクランホーム……ではなく。仮想世界の長い夜の闇に紛れて街の南端、待ち合わせ場所に集合したのは俺を含めたクラン【蒼天】のフルメンバー。
切り出しがてらの雑な挨拶に丁寧&元気な返事を返してくれたのは師匠と後輩二号の二名に留まり、後は寝起きか否かテンション低めなテトラの迷惑そうな呟きが一つ。加えて隣で俺の適当加減を見透かしたソラさんの苦笑いが一つ。
個性豊かで実に結構。どこを目指そうとも、このメンバーで愉快な道行きにならぬことなどないだろう。戦力的にも、どこを目指そうが問題ないし。
でもって、消去法により進行役は任せてもらう所存。
クランマスターことソラさんには戦闘中の指揮を預けるとして、テトラは断固として拒否、ういさんに任せると和み成分過多にて時間が溶ける、まさか残るカナタに「じゃあよろしく」というのもキラーパスが過ぎるってな訳で実質一択だ。
割と真面目に錚々たるメンバーだが、まあゆうてほぼ身内。この輪に望むところを示す意味でも、進んで気楽にやらせていただこうぞ。
「んじゃ、あんまりグダグダやってる時間もないので早速――――ハイそこ不必要に申し訳なさそうな顔しなーい。時間を作って来てくれるだけで万歳三唱大歓迎なんだから堂々としてればよーし――――ってことで早速出発しまーす!」
「はーい!」
「ふふ……はーい」
「どういうテンションなの……」
「あ、はは…………冒険前は、結構その、こんな感じではありますが」
やはり少々おねむな気配漂うローテンション黒尽くめボーイはさておいて、登校が再開した高校生様を遊びに連れ回せる時間は限られている。
現在の世間ではトップ層のプレイヤーともなれば学業や仕事よりもアルカディアが優先されるとんでもねぇ常識が蔓延っているらしいが、俺とソラさんは日常を両立する修羅道を選択したダブルライン勢。
現実に充てる時間を磨り潰すつもりは毛頭ない。ゆえに時は貴重なり。
――――然らば、出番だぜ我が〝翼〟よ。
「う、わ…………」
公開済みの調伏獣こと星屑の竜が初見の者は一人だけ。影から出でて大翼を広げた巨体を呆けて見上げるカナタから和を得つつ……。
「そしたら、行こうか――――クラン【蒼天】、記念すべき初遠征だ」
首元に輝く〝蒼〟の傍、背中の上にて仲間を誘う。
なお数百キロ単位の旅路は、既存の『遠征』の常識に蹴りを入れる超快速特急で爆速スキップさせてもらうものとする。
◇◆◇◆◇
アルカディアにおいて、ギミックダンジョンというモノは珍しい。裏を返せば、このゲームのダンジョンは基本的に『道を進んで敵を倒す』だけのモノが多い。
普通のゲームであれば『単調』だの『代り映えがしない』だの『手抜き』だのと散々な評価を受けそうな仕様だが、そこは神ゲーってかアルカディア。
まずもって圧巻の環境風景を直に視る迫力はそれだけで飽きることなき冒険を演出してくれるし、そもそもボスを含むエネミーの種類が無尽蔵なため下手にギミックを凝らさずともバリエーションが無限大。
ついでにギミックダンジョンが珍しいと言っても、数千を優に超える『ダンジョン』の全体数に比しての話。いちゃもんを付ける点は存在しない。
さておきそんな珍しいギミックダンジョンの筆頭として挙げられるのが、他でもない『大精霊』の棲み処。正確にはインスタンス式のダンジョンではなくフィールド上の環境なのだが、規模と難度を基準に『領域』と纏めて呼ばれる秘所。
以前に俺が挑んだ【氷守の大精霊 エペル】の根城こと【極白の万年氷峰】も、実のところ踏破に関わるギミックが設けられた『領域』の一つ。
リサーチなしの単身特攻した馬鹿が『なんだこの人類お断り領域は』と呆れかえっていたが、やはり呆れられるべきは環境ではなく馬鹿の方だったという訳だ。
然して、プレイヤーの街【セーフエリア】から南南東へ七百キロ弱。サファイア特急全速前進にて一時間強で辿り着いた此処――――
【水俄の大精霊 ラファン】の棲み処も、そういった『領域』に該当する。
「――――うぉおう…………なんだこの……なんだ。The・神秘」
とある小さな林に流れる川の底。
不自然ならぬ非現実ここに極まれりといった具合。水中にぽっかり口を開けていた〝亀裂〟に飛び込めば、空気の壁に間仕切りされて存在していたのは鍾乳洞。
光源らしきものがある訳でもないのに空間を薄く照らす青い光、加えて仮想世界のアバター特有の超視力のおかげで視界確保に難はナシ。現状で進むに難があるとすれば、入口から早速のこと見受けられる無数の分かれ道くらいだろう。
あ、もう一つってか二人ほど難アリだったわ。
「あー、と……大丈夫か?」
振り向けば、俺と同じくずぶ濡れの四人が立っている――――否、訂正。
「だ、大丈夫じゃ……」
「なさそう、ですね」
「「………………」」
平気そうに立っているのは二人だけで、残る二人は絶賛ダウン中。俺の問いに答えを返す元気もないようで、仲良く地に伏していらっしゃる。
はは、綺麗に男女で別れたようで。なおカナタは推定男子扱い。
一体どうしたのかといえば単純な話。時速五、六百キロ超のノンストップ&ノンブレーキ空中旅行で諸々やられた上、空中から水中へを経て力尽きたのだろう。
接触判定ついでに運搬判定も発生させられる便利な〝影糸〟を繋ぎ、四人丸ごと《月揺の守護者》の庇護下に入れはしたものの……ま、初体験なら仕方なし。
ちなみに最早アレコレ慣れ切っているソラさんはともかく、自前で人外機動を修めている【剣聖】様は余裕のノーダメージである。流石だぜ。
まあ、ともかく。
「んー……しゃあない。探索前に少し休憩するか」
「颯爽と川へ飛び込む前に思い至ってあげてください?」
と、グロッキーな二人の様子を眺めて呟いた俺に――――件の【銀幕】殿から渡された対価ことマップデータに記されたポイントの一つに到着するや否や、好奇心に負けほぼノータイムで水中へ身を投じた俺に、やや冷やりとした視線が刺さる。
ごめんて。大した深さじゃないってのと透き通る水面の奥に魚影が見当たらないのを確認した時点で、長旅中に蓄積されてたワクワク感が弾けてしまっ――――
「……ハル」
「はい」
「浮かれてるでしょう」
えぇ、そりゃもう。
身内パーティでの冒険だぞ? 最大級ぶち上がらなきゃ嘘ってなもんですよ。
なにこの過々々々々剰戦力パーティ、こわ。




