不可避のオファー
結局のところ、東西南北の例外なく『序列』が決定される詳しい仕組みはわかっていない。判明しているのは各陣営毎の大まかな選別基準に加えて、一つ例外的な立ち位置にある西陣営の序列更新時期くらいのものだ。
直接戦闘に関与するモノ以外、全てのスキルに恩恵を齎す『平和』の加護。それを掲げるヴェストールは当然のこと、生産活動を志すプレイヤーたちが集う陣営。
他陣営を選択した上で『戦闘』を諦め生産職に行き着くプレイヤーは数多いが、逆のパターンは稀有……というほどではないものの、多くはない。
斯くして名実ともに非戦陣営の位置に付いた西は、他三陣営と比べて様々な面で特別扱いをされている訳だが、システム側からも特殊仕様が割り振られている。
その最たる例が序列システム。
東南北が『戦士としての価値』を問うならば、西が問うものは『職人としての価値』に他ならず。冠……もとい〝徴〟を与えられる基準は、シーズン内で如何に素晴らしい作品を造り上げてきたかという一点に寄る。
この時期の範囲については簡単な話で、先日も大いに盛り上がった大祭こと『四柱戦争』が節目。四月、八月、十二月の末が開催日である四柱の翌日、つまり五月、九月、一月の始めとなる夜九時に更新が掛かるということ。
そうして定期的に順位や面子の入れ替わりが起こるゆえに、ぶっちゃけヴェストールの序列持ちは他三陣営と比して軽く見られている訳だ。
――――が、あくまで比較してという話であることを勘違いしてはならない。
ゆうて数百万人の中から選ばれた十人という極々少数の存在。一般人視点で天上人であることに違いはなく、肩書きの重さが僅かばかり〝軽い〟というだけで甘く見られている訳でも舐められている訳でもない。
それはもう、だからこそ……。
「いい加減に納得しろって。俺だって今では元気に有名人やってんだぞ」
「ん゛ぇえぇぇえぇええぇえええぇぇぇぇえええぇえぇぇええぇ…………」
「長い長い長い」
今期新たに……というより再びか。西の序列表に名前を記されてしまった我が専属細工師殿は、やだやだ目立ちたくないと駄々を捏ねている訳で。
もう色んな意味で今更だろとかツッコんではいけない。こういう時に正論など求められちゃいないことなど、他でもない俺がよく知っているゆえに。
アトリエのデスクに突っ伏すニアは、それでも辛うじて仕事人気質を繋いでのことか片手で継続して術式を紡いでいる――――魔工を齧った者として、怠惰な姿と両立する絶技に思わず湧き出す感心は置いといてだ。
もうさんざっぱら世間に名が売れている【藍玉の妖精】殿が、何故こうも序列復帰を嫌がっているのかといえば……ま、単純に時期が悪かった。
『緑繋』攻略作戦は間近。そしてソレには西陣営序列持ちの協力が必須。つまりニアにも参加していただかなくてはならない。
即ち――――これで〝名〟以外は世間に売れていなかった彼女が、避け得ず攻略映像に〝姿〟を初晒しすることが決まってしまったからである。
アルカディアには『プライベート設定』というシステムサポートが存在しており、初期設定では〝ON〟になっているコレを弄らない限りプレイヤーの姿は画像or動画問わず映像に映ることがない。
映らないというか、そもそもプラベONになっているプレイヤーが場に存在すると、映像機能が働かない。なんともはや、現代においては現実にこそ実装して欲しい類のアルティメットプライバシープロテクトってなやつだ。
裏を返せば、アルカディアには非許可の撮影が存在しないということでもある。
プライベート設定を〝OFF〟にしている者は、何時如何なる時でも姿を取られることを許諾していることになる。つまり、道行く有名人を仮にコッソリ激写したとしても、機能が働いたのであればそれは『盗撮』にはなりえないという訳だ。
これに関してはアルカディア――――【Arcadia】の発注に際して念入りに注意勧告がされる部分。開発運営たる四谷側がプレイヤーの行動記録をデータとして収集する権利の同意と併せて、自己の在り方を正しく制御しろという話。
つまり、仮に己の与り知らないところで『自分の姿』が取り沙汰されていたとしても、それは一切合切まるっと貴方のせいですよということ。
難しい話でも理不尽な話でもない、至極当然といえば当然のアレコレだな。
ちなみに、四柱戦争なんかは参加した時点で設定が〝OFF〟に強制される。当然のこと世間に公開するのを前提で執り行われる『色持ち』攻略なども含めて、最前線に来るのであれば姿を晒す覚悟を持って来いということだ。
然して、そういう訳で。
仮想世界デビューから一度たりともプラベ設定をオフっていないニアちゃんは、いまだに詳しい容姿を世間に晒していない仮想入り娘。
精々が『かわいい』だの『超可愛い』だの『男女分け隔てない天使』だの『いや妖精』だの『声がいい』だの『マルチプル美少女』だの『天然の男殺し』だの『声がいい』だの『動きがうるさい』だの『それもまたよし』だのとアレやコレや特徴が噂されているくらいで、顔出し経験は皆無とのこと。
前回の四柱直前まで巻き戻した場合の己がメンタルを考えれば、別に顔を隠せばいいだろってな具合にスパッと呑み込めない気持ちは……まあ、よくわかる。
そういう問題じゃないんだよな。顔を隠そうがなんだろうが、確かに『自分の姿が全世界に放映されている』という認識からは逃れられないのだから。
しかし、だ。しかしながら――――
「………………よし、わかった。こういうアレは本来なら気が引けるけども、背に腹は代えられんということで一つ交換条件を出そう。それで諦めてくれ」
正確には、気分を入れ替えて快く協力していただきたい。その思いから、ほぼ指定席のソファに埋まりつつ提案をチラつかせれば……。
「…………なに」
ぶすっとしたまま、けれども興味と期待には勝てずといった具合。突っ伏すままに藍の瞳を向けてきたニアへ、真摯な目を返しながら、
「今月一杯、スキンシップに関するガードを少しだけ緩め――――」
「――――はい乗ったぁッッッ!!!!!!!!!!」
俺が提案を言い終えるのを待つことなく。術式が光り瞬き完成した『作品』を投げ付けると同時、ヒュバっと見事な身のこなしでデスクを乗り越え直線距離。
貧弱ステータスの限界値が如き挙動を経て。腹に埋まった藍色を見下ろしながら『はやまったか』……と、昨日の今日で懲りない己に溜息を一つ。
「少しだからな? 裁定権は俺にあることを忘れ……こら、聞いてんのか貴様」
「あーしょうがないなぁそんなどうしてもって頼まれちゃったらなぁふへへへバッチリ顔隠せるクロークでも作っとかないとなぁ仕方ないもんなぁ」
「清々しいまでに現金な奴め……」
まあ、うん。まあね、こちらとしても仕方ないのだ。『緑繋』攻略の糸口を掴むため――――彼女の〝眼〟には、大きく期待するところであるゆえに。
それはそれとして、せっかく一緒の舞台に立てる機会があるのなら……と。
本心の方はまあ、機会があれば伝えるとしよう。
提案を待っていたまである。




