連なる名は還りて
「――――『なんて?』」
翌朝、ではなく翌昼。現実世界は四谷宿舎のプライベートレストランこと憩いの食卓にて、一人の声と一人の文字が重なり合った。
ニアとアーシェ。共に仮想世界では名高い【藍玉の妖精】と【剣ノ女王】を冠する彼女たちが揃って視線を向けるのは、予期していた通りのリアクションを他所に諦観から来る暢気と併せて出汁巻き卵を噛み締める俺。
うむ、和定食も良い味してる。我らがシェフは流石だぜ。
さておき、疑問と困惑に対して再度『報告』を繰り返すとしようか――――
「諸々あって【剣聖】ういさんが俺らのクランに合流しました。再来週のトラデュオを皮切りに、これからは積極的に表へ顔を出すつもりなのでよろしくってさ」
顔を合わす機会があれば本人からも挨拶するとは言っていた――そう二度目となる連絡事項を並び立てれば……ほけーっとしているニアはともかくとして。
「…………………………………………そう。…………そう、大体、わかった」
なにごとかを『わかった』らしきアーシェが、珍しく素直に驚きを表出させた顔のまま静かに珈琲のカップを置き息をついた。
なお、定食に関しては言うまでもなく完食一等賞である。
「考え方が変わった……のではなく、思考はそのまま視方が変わったと、そう思えばいいのかしら。その要因は言わずもがなとして」
でもって、この通り頭の回転速度も相変わらずである。いや速度というよりも、単純に理解力が怖ろしいレベルで高過ぎるだけなのかもしれないが。
「まあ、なんというか、そんな感じで。次回からは四柱にも参加したいって仰ってたから、それ込みでしばらく俺たちは〝練習〟と自己強化に集中する」
「ういが集団側に属した場合の連携訓練、ね」
「そ。後者に関しては、主に俺とソラさんとカナタが対象だな」
はす向かいのニアが『これ以上まだ強化成長するつもりなのか』と呆れ混じりの目を向けてくるが、忘れることなかれ。
俺、まだ仮想世界デビュー半年未満、オーケー?
「ってことで、ひとまずは『緑繋』を見据えて行動開始するつもりだが……予定は、変わりなくで大丈夫だよな?」
「大丈夫。攻略決行は『トライアングル・デュオ』から一週間後。改めてのミーティングはイベントが終わった翌日に、南の城で」
『緑繋』――――【緑繋のジェハテグリエ】攻略に関するアレコレの話は、二ヶ月以上も前から何度となく重ねている。
同じ『色持ち』こと『五色の御柱』の一つである【白座のツァルクアルヴ】並びに【赤円のリェルタヘリア】とは……いや、他に存在する既存レイドボスとは根幹からして異なるのであろう、特殊極まる探索型レイド。
全体的な方向性、参加可能人数、延いては〝枠〟の特殊性など、限定仕様だらけの『緑繋』は単純に言い表すと超特大のギミックボス。
それも『ギミックを解けば倒しやすくなるor倒せるようになる』といった類のモノではなく、比喩なく『ギミックを解けば攻略完了』といった類のモノではないかと推察されている訳だが……まあ、当然と言えば当然。
直径数キロに及ぶ巨体という言葉でも不足する超巨体。更には『神与器』の一撃を以って眼球にすら傷一つ付かないとなれば、ギミック云々による弱体化が生じたところで真っ向から倒せる存在ではないと察せられるだろう。
ま、ある意味で『白座』以上に攻略法不明なため、こちらがどれだけ考えを巡らせようが推察止まりなんだけどもさ。ぶっちゃけ一発攻略は望み薄だが、それでもせめて手掛かりは掴もうと躍起になっているのが今回ってな訳だ。
んで、それを成すための革命的な新要素ってのが【星屑獣】――――正確には、高速移動手段となり得る調伏獣を手懐けた騎手の存在である。
総面積不明の舞台を駆け巡る探索行。
そんな『緑繋』攻略に際して、敏捷型か非敏捷型かを問わず遍くヒトの〝脚〟になってくれる調伏獣の登場は、正しく光明という他なかったと言えよう。
自らの脚に自信がないものどころか、戦闘職ですらないプレイヤーの参加が絶対条件ともなれば猶更である。騎乗可能調伏獣は、真の意味での必須要素だ。
と、さておき――――いや、さておきというか、さておかずというか。
「なーにを素知らぬ顔で無関係を装ってるのかな???」
話が『緑繋』云々に移った途端、ビクリと反応してわかりやすく気配を消したニアチャンへ目を向ける。仮想世界と色は違えども、身振り素振りで騒がしい〝藍〟が重なる彼女はヒューヒューと音のならない口笛を吹き……。
「申し訳ないけれど、西の現序列持ちには全員参加してもらう」
容赦なきアーシェのお言葉により、それさえもヒュフっと情けなく途絶える。
然して、藍色娘ことニアちゃんことリリアニア・ヴルーベリ嬢こと専属細工師殿こと――――西陣営ヴェストールは現序列六席【藍玉の妖精】殿はといえば、
「――――……………………………………」
「そんな目で見ても」
「ダメなものはダメなんだよ。諦めて力を貸してくれたまえ」
心底『勘弁して』といった様子で、力なく卵焼きをモシャりと食んだ。
そりゃ誰かさんのためにヤバいもの量産してたら功績も貯まるでしょうよ。




