甘さの種類
年に三度の大祭がまた一つ過ぎ去り、けれども間近に一つ二つ。終わりなく来襲するイベントは待ってくれず、歩みを止めぬ時と共に確実に迫ってくるものだ。
そうしたアレコレが尽きない環境に慣れ始めてきたのは、果たして良いのか悪いのか。なんやかんや一般人メンタルは縮小の一途を辿っているのではと思われるが……それでも、まだまだ天上人たちに比して庶民派感性は健在である。
ゆえに――……と、庶民として共感すべき相手かどうかは疑問だが。
「うぅ――――――――――――――――…………」
「なーっがい鳴き声だこと」
今現在こと九月の頭に至り、不満気かつ気だるげかつ納得いかないといった具合に唸っていらっしゃるパートナー様のお気持ちは、段が違えど同じ『学生』というカテゴリに属する者として心から理解できるってなもんだ。
苦笑交じりの揶揄い言葉にも、俺の背中を占領するソラさんは特に反応を見せず。ういさん並びにカナタの加入式解散後……バチッとアイコンタクトで要求を受理した流れで、クランホーム内の部屋へ招待してから早数分。
物がなさ過ぎる俺の部屋が悪いのだが、腰を下ろせるものと言えばログイン&ログアウト用の復帰地点に設定してあるベッドが一つだけ。
なので、もし第三者に見られたら割とアウトな光景ではある。
縁に腰掛けている俺。遠慮なし上にあがり俺の背へ額を押し付けているソラさん。時も所も場合も完全無欠に悉くがよろしくない。
よし決めた。たとえ使わずとも、とりあえずテーブルとイスだけでも用意しよう。別に誰かを招き入れたりしないしとか、適当思考で面倒臭がった結果がコレである。そもそも前に似たような状況が起きた時点で――――
「――――大学生ってズルいです……」
「お? あぁ……はは、うん。それは俺も思った」
と、ようやく何某かが満ち足りたのか、威嚇とも悲鳴ともつかない不思議な鳴き声を中断したソラが背中越しにモゴモゴを届けてくる。
然して、愚痴めいた呟きの意味をバッチリ拾っている俺は薄く笑うのみ。
「夏季休暇二ヶ月ってヤバいよなぁ……いや、普通はその間に将来云々のやるべきことが詰まるんだろうけどさ。ゆうて字面のインパクトよ、二ヶ月休みて」
学校にもよるのだろうが、俺が通っている大学の長期休暇は夏と春に二ヶ月ずつ。なんだかんだで既に半分を消化しているものの、裏を返せばまだ折り返しだ。
つまり、このまま九月末までは自由の身儘――――ちょうど今日が夏休み最終日になってしまう彼女が『ズルい』と言うのも、さもありなん。
しかしまあ……。
「うぅぅうぅう――――――――――――…………!」
「そして始まる第二弾……」
ソラは別に、夏休みが終わり登校が再開することを嘆いている訳ではないだろう。ならば何故かといえば、それくらいは以心伝心を用いずとも察せられる。
「――――会うたび、会うたび、仲良くなってませんか……!」
「否定はしない」
なにがってそんなもの、俺とお師匠様の仲についてのアレだろう。見たまんま、誤魔化しようのない事実確認であるゆえノータイム首肯も致し方なし。
つまり、そういうこと。
以前は【剣聖】様に手ほどきを受ける俺に嫉妬などしていたものだが……。
「こんなこと、言ったら、いけないのかもしれませんけど……!」
「俺しか聞いてないから大丈夫だ。多分、おそらく、きっと」
「正直なところ、ニアさんやアイリスさんよりも……!!」
「ちょっと不安感が出てきたな? 俺も聞かない方がいいやつかもしれ」
「こうなると、ういさんが飛び抜けて強敵に思えてしまうのですが……!!!」
と、このように。
関係性が複雑化した今に至っては、俺と仲の良い彼女へ嫉妬が向いたらしい。
嬉しいような、照れくさいような、申し訳ないような――――憧れの人に嫉妬を向けているという事実を抱いて、若干なり自己嫌悪を患っていそうなソラの内心を鑑みれば……まあ、三つ目が比率的にやや重めか。
結局のところ、一緒に居られる時間が減る自分に対して、クラン加入によって一段と距離が近くなった女性に対する不可避のモヤりが生じたってな訳だろう。
誰と誰の間でとかそういう問題ではなく、人間ならば仕方のない感情の動き。
ならば、すべきことは一つだけだ。
「よし、不安は承知した――――ならばこうする」
「なん――――っへ!?」
《フラッシュ・トラベラー》起動。自分でも笑ってしまうくらい馬鹿馬鹿しいレベルでスキルの無駄遣いだが……ほら、もう時間も遅いんでね。
遅々としたジャブで様子見してたら相棒の明日に差し支えるだろうし、意志と譲歩を振り絞った渾身のアッパーカット一発で納得してもらうしかあるまいて。
「な、にゃっ……な、……!?」
「いや、ほら。今日の三十秒がまだでしたし」
ソラさんの背後へ短距離転移、からのガッ。
別に不埒な真似を働いた訳ではない――――なんてキッパリ潔白の判定を自身では下せないが、少なくとも関係性を鑑みて通報されるようなことはしていない。
ただ背中にじゃれついてくるパートナーと前後を入れ替え、俺を見失った彼女をガッと抱え上げ、緩く組んだ胡坐の上にヒョイっと招待しただけだ。
一体全体、なにをしてんのかといえば。
「お師匠様には絶対できない、しようとも思わないことですが、如何ですかね」
絶対的にカテゴリが違うのだということを、行動を以って示させていただいた。
加えて言えば、心を分け合ったパートナーとしての関係性を持つソラさんぐらいにしか、実行へ移す勇気など湧かないことでもある。
……といった具合に、すべきことは一つだけ。
「諸々『安心しろ』って言うのも無理な複雑怪奇極まる状況だからさ。少なくとも俺に、不安解消のためなら全力でフォローする意思があることだけは示しとく」
ので、そっちも遠慮せずガッと来てくれたらいい。可能な限り、出来得る限りで対応しましょうぞ――――と、そう続けて言い募れば。
羽根のように軽い小柄なアバターは振り向かぬまま、ソラは膝の上で小さく二、三度揺れた末にポツリと言葉を零した。
「…………今日は、三十秒じゃイヤです」
「……はいはい。んじゃ一分」
「五分くらい」
「倍から更に五倍要求だと……?」
「あと頭、撫でてください」
「追加注文までは聞いてないよ???」
なんだかんだ強かなパートナー殿は、思いの外に元気だったらしい。
俺は結局それから十分近く、お嬢様のご機嫌取りに励みつつ。使命感に突き動かされたゆえの状況に対して、無限に『はやまったな馬鹿め』と悔いながら。
終始、アバターに伝わる体温を意識し過ぎないよう苦心していた。
そして発生する埋め合わせに対する埋め合わせ案件。




